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第1話

 私が目覚めてから五日後の夜、風を集めて王城内の話を聞いていたディドさんは、呆れたようなため息をついて私を見た。


【明日の朝、王太子がウィルと共にやってくるらしい。

 ドラゴン必要派とドラゴン不要派と竜騎士団不要派にそれぞれせっつかれて、だいぶあせってるみてえだな】


「そう……。

 ……ドラゴン不要派と竜騎士団不要派って、どう違うの?」


 なんとなく気になったことを聞いてみる。


【ドラゴン不要派は、主に前の軍務大臣みてえに属国になった王家の血筋の貴族だな。

 ドラゴンさえいなくなればリーツァに勝てると思いこんでる奴らだ。

 竜騎士団不要派は、主に騎士団の関係者だな。

 自分たちの出番を奪う竜騎士団はいらねえが、非常時の戦力としてドラゴンを一体は確保しときたいっていう、必要派と不要派のまんなかどりみたいな考えだ。

 王太子は、今は竜騎士団不要派に近い考え方をしてるみてえだな。

 『国を守るためには、やはりドラゴンが必要だ。なんとしてでもアリア嬢とディド殿を説得するしかない。誠心誠意言葉を尽くせば、わかってくれるはずだ』と、王太子が言ってたぞ】


 静かな分怒りを感じさせる声に、私もため息をつく。


「……勝手だね」


 リーツァ王国とドラゴンの関係は、あくまで取引の上に成り立っていた。

 ドラゴンにずっといてほしいなら、取引の内容を守ればよかったのだ。

 自分たちの都合で約束を破りドラゴンを裏切っておきながら、行かないでくれなんて、自分勝手すぎる。

 そんな薄っぺらい『誠心誠意』が通じると思われるのも不愉快だ。


【そうだな】


 人間は、身勝手で、ずるい。


 自分が生きるために食料や住処を求め、他の者と争うのは、生き物としては普通のことだ。

 けれど人間は、生き残るため以上のものを求めて他の生き物の命を奪い、住処を奪い、それでもたりないと同族どうしでも争い、騙しあい、奪いあう。

 

 六年前の流行り病で、私の両親は私よりも兄を生かそうとして、兄だけに薬を飲ませた。

 村長は、流行り病の噂を聞いてすぐ自分の家族だけに薬を飲ませ、孤児になった私たちへの補助金を横取りしていた。

 ウィルさんは、私を守ると言っておきながら、王太子の決定に従って私たちとの約束を破った。

 前の軍務大臣は、自分の目的のために他人が犠牲になるのは当然だと思っていた。

 王太子は、ドラゴンとの約束を守ることよりも国を守ることを優先しておきながら、そのためにドラゴンを使おうとする。

 ティアスの聖王たちは、自分たちが権力を得るためにドラゴンという存在を利用してきた。

 私の息子をさらったティアスの国王は、リーツァに勝つためにドラゴンを利用しようとした。


 みんな身勝手で、ずるい。


「だから、人間って嫌い」


 もう一度ため息をつくと、ディドさんが優しい声で言った。


【アリア。ちょっとでかけようぜ】


「え?」


【今夜はよく晴れてるから、月がきれいだぞ。

 ちょっと遠出して、月見しようぜ】


 気晴らしを提案してくれるディドさんの優しさが嬉しくて、くすりと笑う。


「……そうだね。行きたい」


【おう。

 服は、そのままでもかまわねえか?】


「うん、大丈夫」


 この五日間の間、まったく眠くならなかったから、自分の身体の変化を詳しく調べてみた。

 肌も強くなってるようで、包丁で指先を軽く突いてみたけど跡さえつかず、真冬の水に手を入れても冷たく感じなかった。

 真冬の夜の外出でも、今着ている厚手のワンピース一枚で十分だろう。


【動かすぞ】


 ディドさんの尻尾に座らせてもらってた姿勢のまま風にふわりと持ちあげられて、うつぶせになったディドさんの背中にゆっくりと乗せられた。

 ワンピースの裾を整えてからうつぶせに寝そべり、首に腕を回すと、私たちの周りをゆったりと覆うように張られていた風の膜が、ぴったりと包むように縮んでいく。


【もう動いてもいいか?】


「うん」

 

【よし、行くぞ】


 ディドさんは首を持ちあげると、うつぶせの姿勢のまま滑るようにして竜舎の外に出た。

 そのまま上空にあがっていき、空の高いところまでいって、いったん止まる。

 ちらりと見上げると、夜空は雲ひとつなく澄んで、大きな月が輝いていた。


【飛ばすぞ、しっかりつかまってろよ】


「うん」


 ディドさんの首に回した腕にぎゅっと力を込めると、ディドさんは広げた翼と手足を身体に沿わせて伸ばして流線型にして、風の抵抗が一番少ない姿勢になった。

 大きく一度翼をはばたかせてから、一気に加速する。

 以前砦にでかけた時の夜の散歩と同じぐらいのスピードだったけど、風の膜越しに感じる風の圧力は、やはりあの時より弱い。

 ドラゴンだった頃に自分で飛んでいた感覚に近くなっていたけど、あの夜の散歩の時のような高揚感は、なぜか感じなかった。


 かなりの速度で飛ぶディドさんは、私が黙っていたせいか、何も言わなかった。

 どれぐらい経ったのか、ふいにスピードがゆるやかになったのを感じて、顔を上げる。


【そろそろだな】


「……あ」


 肘をついて少しだけ身体を起こすと、見慣れた山脈が月明かりに浮かんでいた。

 山脈の麓には、古い家がぽつぽつと並ぶ小さな村がある。

 遠目では雪に埋もれて見えたけど、だんだん近づいていくと、村のまんなかの大通りも、家の屋根も、きちんと雪かきされていた。

 深夜だから明かりがついている家はなかったけど、命の気配があちこちから感じられた。

 

【なあ、アリア】


 村の中心部の上空で止まって、ディドさんが静かに言う。


「……なあに?」


【本当は、わかってるんだろ?】


「……………………うん」


 本当は、わかっている。


 人間は、身勝手だけど、優しい。

 

 六年前の流行り病で、両親が兄にだけ薬を飲ませようとしたのは、私を見捨てたからじゃない。

 私の症状が、薬を飲まなくても助かりそうなぐらい軽かったからだ。

 自分たちはもう手遅れだけど、兄が助かれば、兄妹二人で助けあって生きていけると思ったのだろう。

 薬を飲まなかった両親は、どんどん弱っていって、死んだ。

 薬を飲んだ兄は、症状が重かったせいかあまり薬が効かず、結局死んだ。

 三人とも、息をひきとる直前まで、残していく私に何度も詫びて、生きろと言った。


 村長が流行り病の噂を聞いてすぐ自分の家族全員に薬を飲ませたのは、自分たちが助かるためだけじゃない。

 もしも村に流行り病が来た時、動ける元気な者が必要だったからだ。

 村の半数以上の者が寝込んだ中で、村長一家は重病人の看病や家畜の世話に休む間もなく村中を動きまわっていた。

 

 村長が生き残った孤児を集めて面倒を見ていたのは、補助金が目的だっただけじゃない。

 人口が激減した村を維持するための人手の確保と、私たちがこの村で暮らし続けられるようにするためも兼ねていた。

 流行り病で親を喪った子供たちは、親戚などにひきとってもらえなければ、領主が住む領都の孤児院に入れられた。

 領主が運営する孤児院だと聞いたから、そちらのほうが待遇がいいだろうと思っていた。

 けれど王都に来てから聞いた話では、孤児院では食事が一日一回だけで、服はぼろぼろの古着しか与えられず、狭い部屋の床に雑魚寝する生活で、領都の民がいやがるようなゴミ集めや掃除などの汚れ仕事にこき使われるらしい。

 村に残った私たちは、働きながらとはいえ、家族は喪っても知りあいがいる生まれ故郷で暮らせて、食事は一日二回食べられたし、家族が残した服や小物をそのまま使え、二人で一つとはいえベッドで眠ることができていた。 

 ウィルさんから聞いた国からの補助金の額は、一人当たり月に銀貨二枚。ほぼ自給自足の村でも最低限の生活ができる程度でしかなかった。

 私の予想よりはるかに少なく、横取りしてもほとんど儲けにはなってなかっただろう。

 それでも村長は、孤児全員を自分の家に住まわせて面倒を見ていた。


 ウィルさんは、ティアス一行の接触は防げなかったけど、今に至っても私の前世がドラゴンだということと、フィアの幼生のことは、王太子に話していない。

 『その約束すら守れないようでは交渉なんてできないだろう』と、団長室で一人きりの時につぶやいていたと、ディドさんが教えてくれた。

 

 私の息子を傷つけた人間たちは、今でも許せない。

 ずるさを正当化する身勝手な人間たちも、許せない。


 それでも、すべての人間がそうじゃないことは、わかってる。


 村長も。

 ウィルさんも。

 王太子も。

 副団長やサラさんや竜騎士たちも。

 それぞれの立場の中で、せいいっぱい生きていると、知っている。


「わかってる。

 わかってる、けど……」


 言葉を続けられずに黙りこむと、ディドさんが深みのある優しい声で言う。


【人間を好きになれとは言わねえ。

 だが、認めてはやれ。

 同族を否定することは、自分を否定することになる。

 好きにならなくてもいいから、受けいれろ】


「……うん」

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― 新着の感想 ―
[一言] ディドさんは基本的に人間が好きなんだな。 まあ多少のことがあっても子供でもなければ、人間から出来ることにはさほど大したこと無いというのもあるんだろうけど。
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