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第4話

「……その子のことを、もう少し詳しく教えてちょうだい。

 いつごろ知りあったの?」


 なるべく穏やかな声で言うと、マリノはゆっくりと顔を上げて私を見る。

 安心させるように微笑むと、マリノのこわばっていた表情がほぐれた。


【……彼女、ソニアと知りあったのは、一角前ぐらいかな。

 彼女は、ようやく半角をすぎたぐらいの頃だった】


 マリノは思い出をたどるように、ゆっくりと話す。


【旅の途中で木の一族の里に寄ると、いつも旅の話を聞きにくる幼体こどもが何体かいるんだ。

 ソニアは、そのうちの一体で、いつも一番熱心に話をねだってきた。

 僕の話を楽しそうに聞いて、たまに南大陸の果物を土産に渡したら、すごく喜んでくれた。

 『成体になったら南大陸に連れて行ってね』とねだられて、約束していた。

 他の里の子にも同じようにねだられて、南大陸の案内をしたことが何度かあったから、ソニアを特別扱いしていたわけじゃなかった。

 だけど、しばらく前に木の一族の里を訪れて、ソニアに会った時、突然『この子が僕の伴侶だ』と、わかったんだ】


 きもちをおちつけるように少しの間を置いて、マリノは話を続ける。


【ソニアは、驚く僕に『わたし、二角になったの!』と嬉しそうに言って、何度も首の向きを変えて、二本の角を見せた。

 『毎日すごくがんばって、たくさん眠って、角を伸ばしたの! 二角半になるのももうすぐよ。そうしたら、約束通り南大陸に連れて行ってね』と言って笑った。

 すごく、嬉しそうだったけど、でも、…………それだけだった】

 

 最後のほうで、だんだん声が小さくなっていく。


【……何か、言おうとしたけど、他の幼体たちが集まってきて、旅の話をねだられた。

 おちついたら改めて話をしようと思っていたけど、成体の知りあいとも話したりしているうちに、ソニアは眠ってしまって、話せなくて……。

 そうしたら、だんだん自分の勘違いだったんじゃないかと思えてきて……。

 まだ幼体だし、そもそも、違う一族の者と伴侶になるなんて、ありえないはずで、……だけど、あの時感じたことが、勘違いのはずがないとも思えて、……どうしたらいいか、わからなくなってしまったんだ……】


 ため息のような声で言って、マリノはうなだれた。

 人間に襲われた出来事のせいで臆病な性格になってしまったし、自分の常識で考えればありえないことだから、よけい悩んでしまったのだろう。

 

 ドラゴンだった頃の私は、あまり深く考えない性格だったから、今の話を聞いたら、おそらく『あなたの勘違いよ』と答えていただろう。

 けれど、今の、人間になった私には、違う答えがあった。


「ねえ、マリノ」


 ゆっくりと言うと、マリノはどこかおびえたような表情で、少しだけ顔を上げる。


【……なに? 母さん】


「『ありえないこと』ってね、意外と少ないみたいよ」


【……え?】


 きょとんとするマリノに、あえて軽い口調で言う。


「私は、ドラゴンだった頃に、自分が死んだら記憶と力を持ったまま人間に生まれ変わるなんて、想像すらしたことがなかった。

 でも、実際に私は、人間に生まれ変わって、こうしてあなたと話をしてる。

 人間嫌いだった私が人間に生まれ変わることがありえるなら、違う一族の子が伴侶になるのも、ありえるんじゃない?」

 

【……そう……なの、かな】


 マリノが戸惑うようにつぶやくと、ふいにディドさんが頭を持ちあげてマリノを見た。


【そうだな、俺たちみたいに、果物めあてに人間に力を貸す、なんてことがありえるんだから、違う一族と伴侶になるってことぐらいありえると、俺も思うぞ】


 どこかからかうような言い方に、苦笑する。

 確かに、『ありえない』度合いでいけば、私よりディドさんたちのほうが上だろう。


「そうだね、しかも砂の一族は、それがディドさんのお父さんだけじゃなくて、複数なんだもんね。

 最初にセリオからその話を聞いた時、嘘じゃないとわかってても、なかなか理解できなかったわ」


 私もからかうように言いながら視線を向けると、セリオが苦笑してうなずく。


【そうだね、私も最初にディドさんの父君に話を聞いた時は、すぐには理解できなかったし、アリアに話した時、ああ戸惑うのは自分だけじゃないんだなって安心したおぼえがあるよ。

 ありえないことだとずっと思ってたけど、その後で、他の砂の一族も同じ取引をして果物をもらってると聞いた時は、さらに驚いた。

 そのうえ、ディドさんたちが力を貸すだけじゃなく人間を背中に乗せて飛んだりしてると聞いた時は、驚きを通りこして呆れたよ。

 それに比べたら、マリノの伴侶が違う一族の子だというのは、驚いたけど、まあそういうこともあるかも、と思える程度だよ】


【……………………そう……かな?】


 マリノは戸惑う表情のまま、私とディドさんとセリオを順に見て、また私を見たから、しっかりとうなずく。


「そうよ。

 相手が『その瞬間』に気づかなかったのは、二角になったことが嬉しくてはしゃいでたからじゃないかしら。

 まだ成体じゃないのは、セリオが言っていたように一族によって差があるからかもしれないし。

 とにかく、ひとりで悩むよりは、彼女に会いにいって話をするべきだと思うわ」


 ありえないことだからと悩んでしまったのはわかるけど、自分だけで解決できる問題じゃないのだから、まずは話し合いをしにいくべきだ。


【……そう、か……そうだよね、……うん。

 確かに、母さんが人間になってるのに比べたら、同じドラゴンどうしなんだから、まだありえるよね】


 マリノは気合を入れるようにばさりと大きく翼を動かすと、何かがふっきれたようにまっすぐ私を見た。


【ありがとう、母さん、セリオさん、ディドさん。

 僕、ソニアに会いにいって、話をしてみるよ】


「がんばって。

 私はそのうちディドさんに北大陸に連れていってもらうから、どうなったか教えてね」


【そうなの?

 だったら、僕が里に連れていこうか?】


「え?」


 突然の申し出に、きょとんとしてマリノを見返す。


「いいわよ、あなたは彼女と話をしにいくんだから、急いだほうがいいでしょ」


【里に母さんを連れていくぐらいなら、たいした手間じゃないよ】


【私はまっすぐ里に戻るから、なんなら私が連れていこうか?

 君に会いたいと思ってる者は何体かいると思うし、皆会えたら喜ぶよ】


 セリオにも言われて、答えに困ってディドさんを見る。

 北大陸に渡っても、今まで通りディドさんと一緒だとなぜか思っていたけど、里が違うのだから、ずっと一緒とは限らないんだと、今になって気づいた。

 だったら、今マリノかセリオに頼んだほうが、ディドさんに迷惑をかけずにすむだろうか。


【おまえが一緒に行きたいなら、かまわねえぞ。

 ただし、俺も同行するし、しばらくは風の里にいさせてくれ】


 ディドさんに優しい声で言われて、よけい困った。


「どうして?」


【他のやつらは、人間と暮らしてた俺ほど人間の生活を知らねえだろ。

 風の里は、砂漠の中の砂の里よりは暮らしやすいだろうし、おまえの『家』をそのまま持ってけば、最低限の生活はなんとかなるだろうが、それじゃあ心配だ。

 おまえが安全で快適に暮らせる環境を整えるまでは、そばにいさせてくれ】


 私は、肉体がドラゴン寄りになったし、ディドさんが一緒なら何も心配いらないと、北大陸に渡った後の生活のことなんて何も考えてなかったのに、ディドさんはいろいろ考えてくれていたのだ。


「……でも、それじゃあ、ディドさんが大変じゃない?」


【かまわねえよ。最初からそのつもりだったからな。

 おまえは何も心配いらねえって言っただろ。

 全部俺に任せとけ】


 にやりと笑って言われて、言葉に詰まる。


「ディドさん……」


【…………ええと、じゃあ、アリアのことはディドさんに任せて、私たちは帰ろうか、マリノ】


 セリオの声にはっと我に返ると、マリノがなんともいえない表情で私を見ていた。


「あ、えっと、気遣ってくれてありがとう、マリノ、セリオ。

 でも、ディドさんに連れてってもらうから、大丈夫よ」


 あわてて言うと、マリノは苦笑めいた表情になる。


【わかったよ。

 ディドさん、母さんをよろしくお願いします】


 マリノが丁寧に頭を下げると、ディドさんは大きくうなずいた。


【おう、任せとけ】


【じゃあ、またね、アリア。

 里で会えるのを楽しみにしてるよ】


「ええ、またね、セリオ。

 マリノを連れてきてくれてありがとう。

 マリノも、来てくれてありがとう。

 彼女との話し合い、がんばってね」


【うん。またね、母さん】



 帰っていく二体を見送って、ぽつりとつぶやく。


「マリノと彼女、うまくいくといいけど」


 木の一族は、里がある森に自分たちで果物の木を植えて育てている。

 そのせいか、のんびりした性格のドラゴンの中でもさらにのんびりおっとりしている。

 臆病な性格のマリノとは気が合いそうだけど、『その瞬間』に気づかないほどだと、前途多難かもしれない。


【大丈夫だろ】


 ディドさんは首を伸ばして私の顔をのぞきこむと、優しい声で言う。


【ドラゴンが伴侶を間違えるなんて、それこそ『ありえない』からな。

 話の持っていきかたを失敗しなけりゃ、うまくいくさ】


 深いまなざしが、心にわだかまる不安を溶かしていく。


「……そうだね、きっとうまくいくよね」


【ああ、大丈夫だ】

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