第3話
ドラゴンは角の数で年齢を数えます。平均寿命は五角で、一角≒百年です。
二日後の夜、セリオに連れられてやってきたマリノは、嬉しいような困ったような緊張したような、複雑な表情をしていた。
【……久しぶり、母さん】
「久しぶりね、マリノ。元気そうで良かったわ。
私の言葉は、伝わってるかしら」
ドラゴンは、相手の言葉がわからなくても、込められた意味はわかる。
でも、セリオと違って人間に慣れていないマリノとは、込み入った話は難しいかもしれないとディドさんに言われたから、まずは確認をする。
【伝わってるよ、大丈夫。
こっちに来た時に人間の話をこっそり聞いてみたことはあるけど、その時よりはっきりわかる気がする】
「そう、良かったわ」
伝わりにくい時はディドさんが通訳してくれると言ってたけど、どうやら大丈夫なようだ。
「驚かせてごめんなさいね。
どうしてこうなったのか、私にもわからないんだけど、それでも、またあなたに会えて嬉しいわ」
微笑みかけると、マリノもぎこちなく笑ってくれた。
【……うん。僕も、嬉しいよ】
「ありがとう。
あ、紹介するね。
こちら、砂の一族のディドさん。
すごくお世話になってて、守ってもらってるの」
いつもどおり座らせてもらっていた尻尾から立ちあがりながら紹介すると、ディドさんはゆったりとした動作で起きあがった。
翼をきちんとたたみ前に回した尻尾の先に右手を添えて、ドラゴン式の挨拶をする。
【砂の一族のテャリンジルディドだ。
ディドと呼んでくれ】
マリノもドラゴン式の挨拶を丁寧に返す。
【風の一族の、シェリオンチェマリノです。
マリノと呼んでください。
母さんを守っていただいて、ありがとうございます】
【俺はアリアを仲間だと思ってるからな。
守るのは当然のことだ】
元の位置に身体を横たえたディドさんに視線で促されて、再び尻尾の上に座らせてもらうと、マリノはまた困ったような緊張したような、なんともいえない表情になった。
「ところで、セリオから聞いたけど、何か悩んでるんですって?
今の私が力になれるかはわからないけれど、良かったら話してくれる?」
回りくどい言い方は好きな方じゃないから、率直に聞いてみると、マリノはさらに複雑そうな表情になって、視線をさまよわせる。
【あ……うん……そう、なんだ】
【聞かれたくないことなら、私は離れていようか?】
マリノの背後で黙って見守っていたセリオが静かに言うと、ふりむいたマリノはさらに迷う様子を見せながらも、小さく首を横にふった。
【……いえ、セリオさんにも、聞いてもらいたいです。
以前、声をかけてもらった時は、言えなくて、すみません。
意見を聞かせてもらえますか】
【もちろん、私でわかることならなんでも答えよう】
【ありがとうございます】
【俺も、聞いてもいいか?
アリアから離れたくねえし、砂の一族としての意見で良かったら言えるぞ】
ディドさんの申し出に、私達に向き直ったマリノは、小さくうなずく。
【……はい。砂の一族の意見もいただけると、助かります】
【ありがとよ】
「それで、悩んでいることって、なんなの?」
【…………うん】
マリノは、翼を軽く広げてから、ゆっくりとたたむ。
人間が深呼吸をして気持ちをおちつかせるようなものだ。
黙って見守っていると、やがてゆっくりと言った。
【伴侶に、出会ったんだ。
母さんたちに聞いてたように、目が合った瞬間に、『伴侶だ』ってわかった。
だけど、相手はそう思わなかったようなんだ。
……しかも、相手は、風の一族じゃないし、……成体でもないんだ。
それで、どうしたらいいか、わからなくなったんだ……】
途方にくれたような告白に、驚きと喜びと困惑を同時に感じ、マリノが悩んでいたことに納得した。
ドラゴンにはいくつかの種族があり、種族ごとに里を作って暮らしている。
砂漠に住む、砂の一族。体色は砂色。
森に住む、木の一族。体色は若葉色。
海や湖に住む、水の一族。体色は藍色。
高山に住む、風の一族。体色は空色。
里の間で行き来はあるけれど、住むのは自分が生まれた一族の里で、伴侶も同じ一族だ。
そして、ドラゴンの伴侶選びは、『選ぶ』のではなく『わかる』、人間で言えば互いに一目惚れしたようなもので、お互いに運命の相手だと理解する。
たとえ生まれたころから知っている相手で、『その瞬間』までは友達でも、それ以降は伴侶となり、その愛は生涯続く。
私とナリオもそうだったし、私の友達も、親も、皆そうだった。
けれど、『その瞬間』が訪れるのは、成体になってからで、伴侶を知るのは相手と同じ瞬間だ。
人間の貴族なら他国の者や未成年と結婚するのも珍しくないらしいけど、ドラゴンにはありえない。
マリノが悩むのは当然だろう。
「それは、確かに悩むわね」
ゆっくりと言うと、マリノはほっとしたように表情をゆるめた。
【うん、そうなんだ。
だけど、今までそんな話聞いたことないし、僕の勘違いかもしれないと思ったけど、伴侶を間違うわけないとも思って、混乱して、誰にも言えなくて……】
「そうね。『その瞬間』を間違えることはないと思うわ。
だけど……」
考えながら、ディドさんに視線を向ける。
「ディドさん。
砂の一族で、他の一族と伴侶になった例はある?」
【……いや、俺は聞いたことねえな。
俺がこっちに来てからのことは、詳しくはわからねえが、後からこっちに来た奴らや、訪ねてくる奴らからも、そんな話を聞いたことはねえ。
セリオ、おまえはすべての里を回って噂話を聞きこんでるだろ。
他の里で、聞いたことあるか?】
ディドさんの問いかけに、セリオはしばらく考える表情をしてから、小さく首を横にふる。
【……いや、私も聞いたことはないよ。
伴侶を知る瞬間についてはともかく、他の一族と伴侶になったなら、すぐ話が広まるだろう。
誰にも言わずに互いの里を離れて、二体だけでどこかに隠れ住んでいるなら、噂にならないかもしれないけど、そんなふうに姿を消した者の話も聞いたことがないしね】
【…………】
マリノは困ったような表情でうつむく。
【ただ、伴侶となる時に成体かどうかは、一族によって違うから、一概には言えないな】
【……え?】
マリノが驚いたようにふりむくと、セリオは諭すようにゆっくりと言う。
【成体になったとみなす時期は、一族によって違うんだよ。
風の一族と水の一族では二角だが、木の一族では二角半で、砂の一族では一角半なんだ】
「ああ、前にフィアがそう言ってたね」
以前フィアに聞いた話を思い出しながら視線を向けると、ディドさんは軽くうなずく。
【ああ。砂の一族では一角半で成体扱いだな。
もしマリノの相手が砂の一族で一角半を過ぎてるなら、珍しくはあるが、ありえなくはねえかもな。
『相手がそう思わなかった』ってえのも、違う一族だからっつう思い込みかもしれねえし】
「そうだね。
マリノ、どうかしら」
問いかけると、マリノはうつむいたまま小さく首を横にふった。
【……違う。
彼女は、木の一族だし、……まだ二角なんだ……】
「…………そうなの」
ならば確かに成体ではないけれど、マリノの勘違いだとも思えない。




