第7話
ウィルさんは、しばらく考えるような間をおいてから、ゆっくり言う。
「君がディドの、ドラゴンの言葉がわかるのは、前世がドラゴンだったから、なんだよね」
「はい」
「それを、誰かに話したことはあるかい?」
「いえ、誰にも言ってません」
「家族にもかい?」
「はい。
あ、でも、家族は六年前の流行り病でみんな死んだので、今はいません」
ウィルさんはなんだか苦しそうな表情になる。
「そうか、すまない」
「いえ、同じような境遇の子は、村にたくさんいますし。
村長夫妻が面倒みてくれてるので、大丈夫です」
毎日いろいろな作業を割り当てられているし、小遣いはほとんどないし、食事はほぼ毎食固パンと豆のスープだけだし、部屋は四人まとめてで二人でひとつのベッドを使ってるけど、それでも、毎日食事ができてベッドで寝られるんだから、人間の生活としてはマシなほうだろう。
「そうか、よかった」
ウィルさんはほっとしたように笑ったけど、すぐ真面目な表情になって私を見つめる。
「……君がドラゴンと話ができるということは、誰にも言わないでほしいんだ」
「どうしてですか?」
「竜騎士団は、この国の防衛の要だが、実質はドラゴンの力だ。
他の国で、ドラゴンを擁しているところはない。
ドラゴンの機動力と戦闘力があるから、この国は優位な立場でいられる。
だが、私を含めて、竜騎士団の者でも、ドラゴンと複雑な意思疎通はできない。
彼らがいくつかの単語を伝えてくれても、その意思を正確に理解するのは難しく、すれちがいが起きることもある。
それこそ、今日の私たちのようにね」
小さくため息をついてから、ウィルさんはちらっとディドさんを見る。
「だが、君のように、人間どうしのように会話できるなら、意思疎通は確かなものになる。
それだけでなく、ドラゴンを招聘することができるかもしれないと、考える者が出てくるだろう」
【つまり、戦力にするドラゴン集めのために他国の奴らに狙われるかもしれねえから、誰にも話すなってえことだ】
意外な言葉に驚いて、ディドさんをふりむく。
「狙われる……?」
【おうよ】
「ディドはなんて言ったのかな」
ディドさんの言葉を伝えると、ウィルさんは真剣な表情でうなずいた。
「ディドの言う通りだ。
だから、君の前世がドラゴンで、ドラゴンと会話ができるということは、誰にも話さないでほしい」
「わかりました……」
この村は、ほんとに辺鄙なところだから、近隣の村の村人以外のよそ者が来るのは行商人ぐらいで、それも一月に一度同じ人が来るぐらいだ。
誰かに話したとしても、それが他国にまで伝わるとは思えないけど、用心はしておいたほうがいいってことだろう。
私は元から無口なほうだし、誰かに話したいようなことでもないから、黙っていられるだろう。
小さくうなずくと、ウィルさんはほっとしたように表情をゆるませる。
「ありがとう。
できれば、今日ここで私たちに会ったことも、話さないでほしい」
【けどよ、俺らがここに下りたのは、村人にも見られてるぜ?
そしたら、森にいたアリアが見てねえってのは、不自然じゃねえか?】
ディドさんが言って、通訳すると、ウィルさんは再び真剣な表情になって考えこむ。
「それは……そうかもしれないが……」
【見かけたってぐらいは言ってもいいだろ。
話をしたのを黙ってりゃいいんだ】
「私も、そのほうがいいと思います。
それに、ディドさんの声を聞いたのは友達と一緒に野草摘みをしていた時で、友達を置いて走ってきちゃったので、何か見たってことは言わないとかえって不自然だと思うんです」
ディドさんの意見を通訳して、私の意見をつけたす。
『声が気になって探しにいったけど何もいなかった』とごまかした場合は、あの声の正体が問題になる。
エリンは怖がりだからほかの子たちにおおげさに話すだろうし、そうしたらすぐに村中に話が広がる。
大型獣が山から下りてきたのかもしれない、などと噂になったら、襲われる前に山狩りをしたほうがいいという意見が出てくるかもしれない。
今の季節は冬に向けて少しでも食料や薪の備蓄をしないといけないのに、よけいな手間を増やされたくない。
「そうだな……」
しばらく考えこんでいたウィルさんは、ゆっくりと言う。
「じゃあ、不思議な声が聞こえたから声がしたほうに行ってみたら、湖のほとりでドラゴンが休憩していて、しばらくして飛びたっていった、とでも言っておいてくれ」
「わかりました」
変化も娯楽もない生活の中で、一生に一度見れたら幸運だっていうドラゴンが来ちゃったんだから、みんなにいろいろ聞かれそうだけど、なんとかごまかそう。