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特別編 愚痴

アリアが寝込んでいる頃のウィル視点です。

 食堂で夕食を取った後、執務室に戻って書類の処理をする。

 淡々と今日中に処理するべきものを片付けると、部屋を出た。

 一階に下りて通用口から出て通用門に近づくと、門の外にいた当直の騎士が気づいて敬礼してくる。


「ご苦労。異常はないか」


「はっ、問題ありません」


「そうか。引き続きがんばってくれ。

 私は王太子殿下のところに行ってくる」


「はっ」


 鉄柵の門を外から開けられ、通りながら会話をかわす。

 敬礼して見送る騎士にもう一度軽く手を上げてから、城に向かう。

 夕食の前にやってきた王太子殿下の侍従から、今日の職務が終わったら執務室に来てほしいと伝言を受けた。

 理由はわかっているから、急ぎはしない。

 ちらりと竜舎がある方向に目を向けても、見えるはずのものはやはりなく、思わずため息がもれた。



 三日前のあの時、私はレシスに執務室に呼ばれて、ティアス一行にアリアの情報を流した貴族の処罰について相談を受けていた。

 レシスが緘口令を敷いていたのに、他国にアリアの情報を流したことを、王族への不敬罪とするか国家反逆罪とするかで、処罰対象の範囲が変わってくる。

 問題の貴族が数十年前に併合された国の王族の血筋だったことが、判断を悩ませる点だった。

 同じことを考える者が出ないよう厳罰が必要だが、かといってよけいな反発を招くのも良くないと、二人で頭を悩ませていた時に副団長から届いた知らせに、思わずめまいがした。

 レシスも同様だったようだが、なんとか立ち直って二人して慌てて竜舎に駆けつけると、竜舎がなくなっていた。

 呆然としたが、近づいてよく観察すると、建物ごとなくなったわけではなく見えなくなっているだけで、おそらくディドがやったことだろうとはわかった。

 近づこうとしても風に押し返され、何度呼びかけても応答はなく、アリアやドラゴンたちが出てくることもなかった。

 ティアス一行のことで怒ったのはわかるが、閉じこもるというのは、ディドやアリアらしくないやり方だ。


 副団長や門番だった者からの話を総合すると、ティアス一行が竜騎士団の敷地を区切る門に突然やって来て『団長に呼ばれている』と言って通ろうとし、来客があると聞いていないと止めようとした門番に聖王の従者が数人がかりでしがみついて妨害している間に、聖王たちが門を通ってしまったらしい。

 そしてたまたま通りがかったアリアに話しかけようとして、止めに入った竜騎士ともみあいになり、アリアの様子がおかしくなり、突然その姿が消えた。

 直後に突風が吹いて聖王たちがどこかに飛ばされ、『ティアス』『拒絶』『入れるな』とディドかららしき単語が伝わってきて、さらに竜舎が見えなくなった、ということらしい。


 その後の調べで、聖王たちは王城の門の外に飛ばされたことがわかった。

 門番の話だと、突風と共に落ちてきたらしい。

 落下の衝撃で目を覚ました彼らは何かを叫びながら門内に入ろうとしたが、門番が止めるより早く何かにはじかれるようにして拒まれ、何度くりかえしても門の中に入ることができなかった。

 困った門番からの知らせで居所がわかり、レシスは即座に近衛騎士を送って彼らを拘束した。

 『門を通れないのはドラゴン殿に拒絶されたからだ』と近衛騎士が伝えると、文句を言っていた聖王たちは茫然自失となり、王都内の警備隊の詰所に送られてもまともに会話もできない状態だった。


 さらにレシスが王城内の動きを調べさせた。

 聖王一行には護衛の名目で監視の騎士がついており、彼らが滞在していた来賓用の棟から竜騎士団の敷地までにも警護の騎士がいたはずだった。

 なのに、なぜやって来れたのかを調べると、情報を流していた貴族が自分の派閥の騎士と監視や警護の騎士を入れ替えて、ひそかに案内していたことがわかった。

 来賓とはいえ他国の者を、国の守護の要であるドラゴンに近づけるよう便宜を図るのは重大な罪だと、レシスの命令で貴族は国家反逆罪で捕らえられた。

 厳しい尋問の結果、貴族はドラゴンをティアスに誘致すると同時に、自分もティアスに亡命し、ドラゴンの補佐として厚遇されるという裏取引をしたと白状した。

 話を持ちかけてきたのは聖王のほうで、『ドラゴン様と話すことができれば必ず我が国にお招きできる』と断言したそうだ。

 もともと祖国が我が国に併合されたことを恨んでおり、ドラゴンが機嫌をそこねて我が国から出ていったら、その隙に反乱を起こそうと裏工作を重ねるうちにティアス一行と接触が深くなり、取引を持ちかけられた。

 聖王の言葉を信じて賭けに出たようだが、ティアス一行は王城から追い出され門を入ることすらできなくなったと聞いて、自分の見通しの甘さをようやく自覚したらしく、それ以降は素直に尋問に応じているらしい。

 実行する前に気づけばよかったのだが、すべてが遅かった。


 尋問の結果を竜舎の前で説明しても、中からの応答はなく、竜舎も見えないままだった。

 副団長は『自分がアリアさんを送っていれば防げたかもしれません』と謝罪してきたが、聖王たちが現れた時点で『面会を断る』という約束を破ったとみなされたのだろうから、アリアの横に副団長がいてもいなくても結果は同じだっただろう。

 ドラゴンだけならともかく、生身のアリアがいるのだからいずれは出てくるだろうと思っていたが、今日になっても変化はなかった。

 サラから一週間分の食料が運びこまれた直後だったと聞いて、自分も見通しが甘かったことを知る。

 竜舎の中に『家』があり、充分な食料があるのだから、ひきこもることに問題はない。

 最近のアリアは数日に一度しか竜舎を出てこなかったのだから、食料がなくなるまで出てこない可能性もある。

 食料が尽きたらさすがに出てくるだろうという希望と、やはりもう中にはいないのかもしれないという疑惑と、どうしてこうなってしまったのかという後悔とが心の中を渦巻いている。


 その思いは、レシスも同様のようだった。

 『干渉しないという約束を破ったら出て行く』と事前に言われていたのに、一度その約束を破ったことを見逃してもらって次はないと宣告されていたのに、なぜティアス一行が王城を出て行くまで直属の近衛騎士に命じて行動を制限し監視をつけておかなかったのかと、後悔していた。

 不手際を詫びたくても、ディドもアリアも閉じこもったままだ。

 全員で出て行かれるよりは、閉じこもられるほうがはるかにマシだが、閉じこもる理由がわからないから、対処の方法がわからない。

 いったいなぜ。


 足を進めながらも考えに没頭していた意識が、強い視線を感じて浮上する。

 いつの間にか王太子殿下の執務室近くまで来ていた。

 前方で立ち止まっている人物を見て、またもれそうになったため息をそっと抑えこむ。

 私が王城内で会いたくない人物筆頭の、レンドル公爵だった。


 王女の結婚相手は、七つある公爵家の中から選ばれる。

 王族の血が濃くなりすぎないこと、家の影響力が強くなりすぎないこと、さらに年齢なども考慮して、最終的には国王が決定する。

 王女だった母の婚約者に選ばれたのは、レンドル公爵の長男だった。

 だが、母がクローツァ公爵家の長男だった父に一目惚れしたせいで、二人の婚約は解消された。

 政治的な理由による婚約だったことは周知の事実でも、婚約を解消されたのは彼にとって屈辱的なことだったらしく、分家の侯爵令嬢と結婚し爵位を継いだ今も、私の父や竜騎士団に対して批判的な態度を取っている。

 私も幼い頃から冷ややかな視線を向けられてとまどっていたが、レシスに理由を教えてもらって納得した。

 レンドル公爵からすれば、母と顔立ちが似ていて父同様にドラゴン好きの私は、さぞ憎らしいことだろう。

 両親の奔放さの犠牲になったようなものであり、父親になるはずだった人ということもあり、罪悪感混じりの苦手意識がいまだに残っている。


 それでも逃げるわけにはいかず、意識してゆったりと歩いていくと、レンドル公爵は壁際に下がって軽く礼を取る。

 爵位は私のほうが下だが、王位継承権を持つ王族でもあるから、公爵であっても礼を取らねばならない。

 表情には出さないものの全身から不満をにじませているのがわかって、器用なものだと内心苦笑しながら、儀礼に則って軽く会釈してその前を通りすぎた。

 さらにしばらく歩いて、ようやく王太子殿下の執務室の前に着く。

 扉の前にいた近衛騎士に来訪を告げると、騎士が扉を細く開けて控えていた侍従に話をする。

 出てきた侍従によって、隣の私室に案内された。

 ソファに座っていた王太子殿下レシスは、疲れた表情をしていた。

 理由はわかっているから、苦笑しながら向かいに座る。

 私室に通された時は、臣下としてではなく従兄弟として接するのが、最近の暗黙の了解だ。


「ここに来る途中で、レンドル公爵と会ったよ」


「だろうね。何か言われたかい?」


 レシスはぐったりとソファにもたれかかったまま言う。

 

「いや、何も。

 ……君は、何を言われたんだい?」


「いつもの話だよ」


 レシスは答えながら、私たちの前に紅茶のカップを置いた侍従に軽く手をふって退室させる。

 部屋に二人きりになると、深いため息と共に呆れたような笑みを浮かべた。


「『竜騎士団の廃止について』。

 何度も同じ話をしてくるあの粘り強さには、ある意味感心するよ」


「……そうか」


 予想どおりの答えに小さくうなずいて、ゆっくりとカップを持って紅茶を一口飲む。


「建国前から初代国王に仕えていた公爵家の当主でありながら、国の守護者たるドラゴン殿を邪魔者扱いするんだから、呆れるしかないね」


「……そこまではっきりとは言ってないだろう?」


 あからさまな言葉に思わず言うと、レシスは軽く肩をすくめる。


「言っているのと同じだよ。

 『ドラゴンが起こした騒動のせいで、イシュリアやティアスとの国交が危ぶまれています。国のためには、今こそドラゴンに頼るのを止めるべき時なのです』だそうだ。

 仕掛けてきたのはイシュリアやティアスのほうだし、ドラゴン殿たちを失うぐらいなら、対応に苦慮していた彼らと国交断絶したほうが、よっぽど国のためだよ」


 ため息をつきながら紅茶を飲み干したレシスは、横に置いてあったティーポットをちらりと見てから立ちあがる。

 背後の棚から酒の瓶とグラスを二つ取ってくると、半分ほど酒をそそいで、片方を私にさしだした。

 飲みたくなる気分はわかるから、苦笑しながら受け取る。

 自分のグラスを取って一口飲んだレシスは、またため息をつく。


「そもそも、周辺国が対ドラゴン殿用の武器を開発していないのは、どんな武器を作ろうが効果がないからだ。

 歴史上もっとも攻撃力の高い武器は攻城戦用の投石機だが、巨大な岩が直撃しても無傷ですむ頑丈な肉体を見れば、弓や剣に意味がないことぐらいすぐにわかる。

 だから周辺国もここ数十年は武器による攻撃を諦め、人海戦術であちこちから攻めこもうとしていた。

 だが、半日で王都から国境まで移動でき、武装した侵略者数千人を翼を動かしただけで撃退できる相手に、人間が敵うわけがない」


 突然語りだしたレシスの言葉を、酒を少しずつ飲みながら黙って聞く。


「あっさり撃退されてようやくドラゴン殿と敵対する無意味さを思い知ると、今度はその庇護下で安全を得たいと併合を懇願してきた。

 歴代の国王たちは、戦争が続くよりはマシだとその願いを受け入れ、それをくりかえした結果、リーツァは大陸一の国となった。

 すべてはドラゴン殿の恩恵だと重々わかっていながら、その恩恵を受けて安穏と暮らしながら、自分が気に入らないという理由だけでドラゴン殿を排除しようとするのがどれほど愚かなことか、なぜわからないのか。

 そもそもドラゴン殿に頼るのをやめろと言うのなら、最低限ドラゴン殿に替わる手段を用意してから言うべきだ。

 ドラゴン殿と同様は無理だとしても、せめて十分の一でもいいから替わりの移動手段や戦力を用意してからなら、協議のしようもあるのに。

 代案のない提案は、子供の我が儘と同じだ。

 それをいい年した公爵や高位貴族たちが声高に言うのだから、バカらしくて泣けてくる。

 なんのために私が」


 身振り手振りを交えて熱く語っていたレシスが、ふいに言葉をとぎれさせる。

 振りあげていた手の平で目元を覆うと、ソファの背もたれにななめに寄りかかった。

 黙って見守っていると、長い沈黙の後に、ぽつりとレシスが言った。


「私は、どこで間違えたのだろうか」


「…………」


「国を、民を守るために、ドラゴン殿に頼りすぎず離れすぎず、友好的な関係を続けられるように、努力してきたつもりだった。

 なのに今、話をすることすらできなくなってしまった。

 私は、どこで間違えてしまったのだろう……」


 深い悔恨をにじませた声に、思わずグラスを握る手に力がこもる。

 意識してゆっくりとグラスを置いてから、動かないレシスを見つめる。


「間違えたのは、君じゃない。

 私だ。

 アリアを連れてきたのは私だし、王族であり公爵家の血筋でありながら竜騎士になったのも私だし、そのことでレンドル公爵の機嫌を逆撫でしてしまったのも私だ」


 『剣にかけて守る』と言ったのは、本心だった。

 剣を持って向かってくるなら、どんな相手でも払いのけられる自信も覚悟もあった。

 だが、正面からではなく裏から搦め手でこられると、自分が無力だということを思い知った。

 幼い頃からドラゴンのことしか見ず、竜騎士になるための知識しか求めずにいたから、貴族としても王族としても必須といわれる搦め手対策が全くわからない。

 今回のことでそれを思い知った。

 すべては、私の責任だ。


「悪いのは私だ。君じゃない」


 せいいっぱいの慰めを込めて言うと、目元を覆った手をゆっくりとおろして私を見たレシスは、苦笑いを浮かべる。


「アリア嬢と竜騎士のことはともかく、レンドル公爵のことは、君というより君のご両親のせいだろう。

 さらに言うなら、二人の結婚を許した当時の国王、おじいさまのせいだね。

 許すにしても、クローツァ公爵家から出して地方に行かせるとか、レンドル公爵と関わらずにすむ方法を取るべきだった」


「…………そう、だな」


 まだ声は弱いが、笑みを浮かべてくれたことに少しだけ安堵する。


「それに、おじいさまがイシュリアの王女をきっぱり拒否して送り返してくれていたら、イシュリアからよけいな干渉を受けることも、軍務大臣の騒動もなかったはずだ。

 祖父としても国王としても尊敬してるけれど、よけいな問題を残してくれたものだ」


 普段レシスは酒を飲んでもあまり態度が変わらないが、どうやら今夜は愚痴りたい気分らしい。

 ならば、つきあうべきだろう。

 酒瓶を取ってレシスのグラスにたっぷりと酒をそそぎながら言う。


「私は、ひいひいおじいさま、六代目国王に文句を言いたいかな。

 あの時代が一番周辺国の併合が多かった。

 併合ではなく友好国にしておいてほしかったよ。

 そうすれば、国土は今の二分の一ですんだはずだ」


 勉強はさぼりがちだったが、自分の祖先のことだから、歴代国王とその主な業績はおぼえている。

 今回の貴族の祖国も、その時代に併合されたうちのひとつだ。


「ああ、確かにな」


 私の意図が伝わったのか、レシスは笑って私のグラスに酒を注ぎ返す。


「私は、百年前に竜騎士団を設立した五代目国王にも恨みがあるな。

 他国から攻めこまれた非常時のみドラゴン殿の協力を願うだけなら、ここまで問題は大きくならなかったはずなんだ。

 なのに竜騎士団を設立して、平時にもドラゴン殿による巡視で威圧することで、かえって他国の危機感をあおることになってしまった。

 あ、そういえば、今更なんだが聞いてもいいかな」


 いつもより早いペースで飲みながら愚痴っていたレシスは、ふと私を見る。


「ん? なんだ?」


「ドラゴン殿たちと騎士が協力するなら、名前は『ドラゴン騎士団』になるはずなのに、どうして『竜騎士団』という名前になったのか、君は知ってるかい?

 以前歴史学の教師や父上にも聞いてみたんだが、詳しいことはわからないとのことだった。

 だがみんな当然のようにそう呼んでいるから、改めて聞くのも気まずくて今まで来てしまった。

 竜騎士団にはその理由は伝わっているのかな」


「ああ、そのことか……」


 一口酒を含みながら思案する。

 竜騎士団の中でも団長にしか伝わっていないことだが、騎士団総帥であり次期国王でもあるレシスには伝えてもかまわないだろう。


「……その理由には、実はティアスが関わっているんだ」


「ティアスが?」


「ああ。

 設立当時は、君が言う通り『ドラゴン騎士団』という名前だった。

 だが、ドラゴンを神の使いと崇めているティアスの聖王が直接抗議にやってきて、『ドラゴン様を馬のように使役するなどとんでもない、神に対する侮辱だ』と大騒ぎしたそうだ。

 使役しているわけではないし、ドラゴン殿が納得してくれたことだけやっていると伝えてもおさまらず、あまりにもしつこいから、ティアスで崇めているドラゴンと我が国にいる竜は見た目がそっくりでも別の種族だというこじつけでその批判をかわして、『竜騎士団』に変更したんだ。

 ああ、『竜』というのは、建国王がドラゴンという種族名を教えてもらう前に付けた名だよ。

 なんと呼べばいいかわからないが、名前がないと不便だから、勝手に付けたんだそうだ」


 ディドは王都に来た当初からある程度会話をしてくれたが、最初のドラゴンであるディドの父親は、そうでもなかったらしい。

 単語のみとはいえ返事を返してもらえるようになるまでに五年ほどかかって、それからようやく少しずつ彼らのことを教えてもらえたらしい。

 だから『ドラゴン』という種族名を教わってそちらの名で呼ぶようになってからも、『竜』という呼び名もドラゴンの世話をしていた者たちの間では代々伝わっていたそうだ。


「へえ……でもどうしてその話が王家には伝わっていないのかな」


「『設立直後にティアスの抗議を受けて名前を変更した』というのが対外的に良くないからと、最初から竜騎士団として設立したことにしたらしい。

 当時の資料などもすべて修正されたから、当事者である竜騎士団の団長にしか情報が残らなかったようだ」


「なるほど……確かに国防の要である竜騎士団が他国の圧力で変えられていたというのは、良くないからね。

 だが、結局ティアスでは我が国の『竜』を『ドラゴン』と認めて招致しようとしているのは、なぜなんだい?」


 レシスのもっともな疑問に、苦笑してこくりと酒を飲む。


「また抗議されないように、巡視中にティアスの国内、というか国の上を飛ばないようにしていたら、近隣国で『ドラゴンはティアスを避けている』という噂が広がったらしい。

 それを知ったティアス国民に不満と不安が広がって、神の使いとして崇めているのに国に来てくれないのは、聖王がドラゴン様の機嫌をそこねたからだと、抗議しにきた聖王への批判が高まり、ついに解任されたそうだ。

 次の聖王は就任直後に我が国に謝罪に来て、『塩を優先的に輸出するし他国に売るより安くするから、どうか我が国にもドラゴン様の御姿を見せていただきたい』とえんえん懇願して、それ以降巡視ルートにティアスも加えたそうだ。

 名前を『ドラゴン騎士団』に戻してほしいとも言われたが、ティアスの言いなりにはならないと断ったそうだ」


「つまり、ティアスの聖王がしつこいのは昔からなんだね」


 聖王たちとのやり取りを思い出したのか、レシスは疲れた表情で言う。


「もしかして、今もしつこいのは、当時の五代目国王が彼らの要求を受け入れてしまったから、リーツァに対してはしつこく粘れば要求が通るとティアス上層部に伝わっているんじゃないかな」


「……そうかもしれないな」


 聖職者というのは話術が巧みな印象があるが、ティアスの一行はとにかくしつこかった。

 何度断っても同じ話をくりかえし、こちらが疲れて根負けするまでひたすら粘る。

 粘り勝ちした過去があるから、というレシスの推測は、当たっているかもしれない。


「……それも五代目国王のせいか……恨むよ」


 不満を飲みこむように、レシスはぐいっとグラスをあおる。

 からになったグラスに、また酒を注いだ。

 




 二人で歴代国王の業績に愚痴りながら、夜更けまでちびちびと飲み続けた。

 レシスの侍従に止められてようやく解散し、竜騎士団の兵舎に戻る。

 思わず向けた視線の先、三日前まで竜舎があった場所には、やはり闇があるだけだった。


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