第5話
その日、私は伴侶のナリオと息子のマリノと共に、南大陸を旅していた。
人間のいる南大陸は好きじゃなかったけど、マリノにどうしても行ってみたいとねだられたのだ。
私の友達のセリオから南大陸の話を聞いて、興味を持ったらしい。
半角にもなってないマリノにはまだ早いと言ったけど、ナリオが先に折れてしまったから、なるべく人間のいるところを避けて大陸の外側を回るという条件でしぶしぶ受け入れた。
マリノに合わせてゆっくりと飛んで、南大陸の南端の人のいないあたりで休憩を取る。
疲れて寝てしまったマリノをナリオに預けて、マリノが好きそうな果物を探しにいった。
戻ってくると、ナリオは寝ていて、マリノがいなかった。
あわててナリオを起こして聞いてみたけど、眠る前までは確かに一緒にいたということしかわからなかった。
手分けして探し回ったけど、マリノの気配はまだ弱くて、なかなか見つからない。
ようやく感じ取った気配をたどっていくと、なぜか大勢の人間がいた。
「親ドラゴンが現れたぞ!」
「捕らえろ!」
人間の言葉はわからないけど、込められた感情は理解できる。
不快な内容にいらだちながらもマリノの気配を探して、息を飲んだ。
マリノは、大きな鉄の檻に入れられていた。
全身のあちこちに剣で斬りつけられたような傷があり、ところどころ鱗がはがれていた。
首と両手首と両足と、胴体にも、太い鉄の鎖が巻きつけられていた。
ぐったりと伏せているマリノの首筋に、檻の横にいた白い服の男が檻の隙間から剣を突きつける。
「親ドラゴンよ、動くな! 動くと子供の命はないぞ!」
兵士らしきそろいの白い服を着た男たちの背後で、青い盾を描いた旗がひるがえる。
その下にいた太った男が叫んだ。
「なんとしてでも捕らえろ!
ドラゴンさえ手に入れれば、小国の若造などに負けるものか!
大陸の覇者になるのは私だ!!」
兵士が一斉に弓を構えて、射られた矢がひょろひょろと飛んでくる。
檻の中のマリノがうっすらと目を開け、首を持ちあげて私を見た。
すがるように私を見上げる瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
【かぁ、さま、たすけ、て……】
【……!!!!】
その瞬間、自分が何をしたのかはわからなかった。
ただ心の底から湧きあがる怒りのままに咆哮し、力を放った。
気がつくと足下には大きな丸い穴ができていて、人間はいなくなっていた。
目の前に、風にくるまれて浮かぶマリノがいた。
【アリア! マリノ!】
ふいにナリオが横に現れる。
【アリア、何があったんだ。
マリノは誰にこんな仕打ちを受けたんだ】
ナリオがマリノに角の力をそそぎながら、険しい表情で問いかけてくる。
【……人間よ。
人間がマリノを捕らえていて、私も捕らえようとしたの。
大陸の覇者がどうとか言っていた】
答えながら、私もマリノに角の力をそそぎこむ。
マリノの負担にならないよう少しずつそそいでいると、傷がゆっくりと癒えていき、ぐったりと目を閉じていたマリノが目を開けた。
【マリノ! ああ良かった!】
【本当に良かった、心配したよ】
【とうさま……ごめんなさい……かあさま、助けてくれてありがとう……】
弱々しい声ながらもそう言ったマリノは、動きを確かめるように何度か翼を広げる。
【無理して飛ばないほうがいい。私の背中に乗るといい】
【そうね、そのほうがいいわ】
【うん……ありがとう、とうさま……】
風を操って、マリノをナリオの背中に乗せる。
マリノはぐったりと身体を伸ばした。傷は癒えても疲れは残っているのだろう。
【マリノ、どうして私から離れていったんだい?
私かアリアから離れないって、里を出る前に約束しただろう?】
ナリオの問いかけに、マリノは気まずそうな表情になる。
【ごめんなさい、ぼく、甘い果物が食べたくなって、ちょっとだけのつもりで、果物を探しにいったんだ。
おいしそうな果物をつけた木を見つけたから、おりて食べてたら、人間に見つかって、捕まっちゃって……】
言葉をとぎらせて、マリノは大きく身体をふるわせる。
よほど恐かったのだろう。
【人間は恐ろしい生き物だとわかったでしょう。
もう二度と人間がいるところにおりちゃダメよ】
【……うん……】
素直にうなずいたマリノにほっとして、ナリオと目を合わせてうなずく。
【さあ、里へ帰ろう】
【そうね、帰りましょう】
それ以来、私は極度の人間嫌いになった。
【確信持ったのは、こないだティアスの奴らが王城に来た時だ】
ディドさんは私を見つめて、ゆっくりと答える。
【奴らの話を聞いてたら、『神の裁き』ってのが出てきた。
ウィルと巡視に行った時に見た穴と、そこから感じた力のことを思い出したら、それがおまえから感じる力の名残りと同じだってことに気づいた。
おまえがよく言ってることと考えあわせりゃ理由はすぐわかったから、なるべくおまえを関わらせたくなかったんだが……あいつらが現れた時点でぶっとばしゃよかったな】
悔やむような響きで言われたことに、わずかに首をかしげる。
「私がよく言ってること、って、何……?」
【『ドラゴンは子供を守るためなら容赦なく攻撃する』って、よくウィルに言ってただろ】
「……うん」
【子育て中のドラゴンはほとんど里から出ねえし、同族で争うこともしねえから、子供を守らなきゃいけない状況になることなんてありえねえ。
だがおまえはまるで自分がそうなったことがあるかのように、何度も言ってた。
ドラゴンだった頃のおまえに子供がいて、『神の裁き』におまえの力の名残りがあって、おまえが人間嫌いだってことを考えあわせりゃあ、子供が人間に攻撃されて反撃した結果が『神の裁き』だってわかるさ】
「そっか……」
自覚せず言っていたことなのに、ディドさんはその意味に気づいていたのか。
「……私の息子、マリノが、南大陸に行きたがって、連れていったら、ちょっと離れた隙に人間に捕まったの。
助けにいった私の目の前で、騎士っぽい人間が傷だらけの息子に剣を突きつけて、子供の命が惜しければ従えと言ってきた。
ティアスの、たぶん国王の命令。
ドラゴンさえ手に入れば、自分が大陸の覇者だ、とか言ってた。
怒りに我を忘れて、気がついたら、あの穴ができてたの……」
人間から見たら大量虐殺で、無関係の人も巻きこまれていたかもしれない。
だけどドラゴンだった私にとって、人間は夏場に畑を埋め尽くすハーブのような、短期間で急激に増えて自然を壊す鬱陶しい生き物だったし、何より子供を傷つけられて怒っていたから、手加減なんてできなかった。
ぽつりぽつりと語ると、ディドさんは顔をしかめる。
【そりゃ、おそらく俺のオヤジのせいだな】
「え……?」
【その頃のリーツァは攻めてきた国をオヤジの力で退けて併合するのをくりかえしてて、だんだんデカくなっていってた。
それに脅威を感じたティアスの国王が、自分もドラゴンを手に入れれば勝てるとか考えたんだろう。
オヤジにとっちゃあ暇つぶしでしかなかったが、そのせいでおまえやおまえの子供に迷惑かけちまったんだな。
悪かった】
ディドさんの声にも表情にも、深い後悔がにじんでいた。
「……謝らないで。
ディドさんも、ディドさんのお父さんも、悪くないんだから」
【それだけじゃねえ、あの時のこともだ。
ヘタにティアスを警戒しておまえを刺激したくなかったんだが、そのせいで後手後手に回っちまって、結局おまえを苦しめた。
あいつらがおまえの名前を出した時点で城から追い出して、ティアスを更地にしときゃよかった。
すまねえ……】
確かに、やけにティアス一行を気にするディドさんが不思議だったから、その理由を考えているうちに、記憶がよみがえったかもしれない。
だけど、そもそもは私自身の問題で、ディドさんは何も悪くないのだ。
それでも、そうくりかえしたところで、ディドさんは納得しないだろう。
だから、かわりの言葉を探す。
「……ありがとう、ディドさん」
【なんだ?】
「私を心配してくれて、助けてくれて、そばにいてくれて、ありがとう」
なんとか笑みを作って言うと、ディドさんはじっと私を見つめて、かすかに笑った。
【……ああ】




