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第4話

【アリア! おちつけ!!】


 強い声が、白く塗りつぶされた視界を揺さぶった。


【そのままじゃおまえの身体がもたねえ!

 力を抑えろ、アリア!!】

 

「……ィ……」


 呼んだはずの名前は、かすれてとぎれた。

 小さく咳きこんだとたん、かくんと足から力が抜ける。


【アリア!】


 ゆっくりと倒れた身体が、途中でふわりと何かに受けとめられた。

 何度か瞬きすると、白くかすんだ視界の中で心配そうな表情で私をのぞきこむディドさんの顔がすぐ近くにあった。


【どこか痛むか? 苦しいところはあるか?】


 答えようとしたけど、声を出すどころか呼吸することすら苦しくて、目を閉じる。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 何度かくりかえして、ようやく少し楽になった。

 目を開けると、ディドさんがやっぱり心配そうな表情で私を見ていた。

 ゆっくりと視線を動かして、ディドさんに支えられていることに気づく。

 あおむけに寝た姿勢で、肩と太ももの下を前脚で、頭と脚を翼の端でやわらかく支えられていた。


【すぐ運んでやるから、ちょっとだけ我慢してろよ】


 優しい声で言ったディドさんは、私を抱きあげたまま滑るようにして竜舎に向かう。

 中に入ると、私の『家』の扉を風を使って開けるのを見て、小さく首を横にふった。


「……いや」


【なんだ?】


「そばに、いて」


 なんとか言葉にすると、ディドさんは迷う表情をしてから、『家』の中から布団と枕を風で取り出した。

 それを横に浮かせながら、自分の仕切りに向かう。

 仕切りのまんなかに布団を敷き枕を置いて、そこにそっと私を寝かせた。


【つらくねえか?】


「……うん……」


 ディドさんは私に添い寝するように寝そべると、長い尻尾を布団に添わせ、自分の身体で私をぐるりと囲むようにする。

 背中にディドさんのぬくもりを感じて、ほっとした。

 目を閉じると、とたんに意識がぼやけてくる。


【しばらく眠れ。

 何も心配いらねえ。俺がずっと付いてるからな】


「……うん……ありがと……」


 いたわるような優しい声に、ひどく安心する。

 大きく息を吐いて、意識を手放した。































 長い夢を見た。

 夢の余韻にたゆたいながら、ゆっくり目を開ける。

 暗闇の中にぼんやりと浮かんだ竜舎の天井の輪郭が、徐々にはっきりとしてくる。

 それを不思議に思いながら見ていると、ディドさんが首を伸ばして顔をのぞきこんできた。


【起きたか。気分はどうだ? どこか痛むか?】


「……へいき……」


 小さな声で答えると、ディドさんは少し顔を引いて、かわりに水が入ったコップがふわふわと目の前にやってくる。


【水飲め】


「うん、ありがと……」


 布団ごと上半身を風にくるまれてゆっくりと起こされる。

 浮かぶコップを取って両手で持って、少しずつ飲む。

 からになったコップを手元に置くと、またゆっくりと寝かされた。


「今、何時ぐらい……?」


 竜舎には窓がないから中は暗いはずなのに、天井もディドさんの顔もはっきりと見える。

 元々夜目が利くほうだったけど、以前よりも鮮明に見えている気がする。


【真夜中だな。

 ついでに言うと、おまえが眠ってから五日経ってる】


「え……?」


 数時間眠っただけだと思っていたのに。


【身体はつらくねえか?】


「……うん、全然……」


【そうか。まあ身体が平気なら問題ねえだろ】


 優しい声で言われて、ついうなずいてしまいそうになったけど、人間は五日も寝込むともっと身体が弱るはずだ。

 私の身体は鍛えている竜騎士よりも丈夫だけど、それでも数年前に流行り病にかかって数日寝込んだ時は身体が重く感じて、思うように動かせなかった。

 だけど今は、だるくはあるもののつらくはなくて、それがよけい違和感をあおる。


【どうした?】


「なんだか……おかしいの……明かりがないのに、ディドさんの顔も竜舎の中もはっきり見える……それに、五日も寝込んだのに、身体がそんなに弱ってないみたい……」


 とりあえずの疑問を話すと、ディドさんはじっと私の身体を見回してから、小さくうなずく。


【おそらく、力が戻ったからだな。

 記憶と一緒に封じこんでた力が解放されたせいで、身体能力が上がってるんだろう。

 前は力の名残がわずかに感じられる程度だったが、今ははっきりわかるほど強くなってるからな】


 静かに言われて、ようやく思い出す。

 あふれた記憶とあふれた力。

 あの記憶を持ったまま人間として人間の中で暮らすのは、無理だっただろう。

 ドラゴンの力を受け入れるには、人間の幼い身体は耐えられなかっただろう。

 だから無意識に記憶と力のほとんどを封じていたのだろう。


 なのに、あいつらに会ったせいで、思い出してしまった。


「……っ」


 心の揺らぎに同調したように、身体の中で力がざわめく。


【アリア、苦しいのか?】


「……だい、じょぶ……」


 目を閉じて大きく深呼吸をくりかえし、なんとか心を鎮める。

 ゆっくりと息を吐いて目を開けると、ディドさんが心配そうに私を見つめていた。


「……ディドさん」


【なんだ?】





「……ティアスの『神の裁き』をやったのが、私だってこと、いつから気づいてたの?」


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