第3話
翌日の午後、兵舎にサラさんを訪ねるために、三日ぶりに竜舎を出た。
私の『家』用の食材は兵舎の厨房から分けてもらってるけど、午前中に届けられた物の中に見たことないキノコがあったから、それがどういうもので、どういう料理が合うのかを教えてもらいたかったのだ。
実物を手に聞いてみると、王都でも冬しか出回らないものらしく、煮込むとおいしいらしい。
今夜シチューを作って入れてみよう。
竜舎まで送ると言う副団長さんを断って、兵舎を出る。
昼間だし、ディドさんに風の膜をつけてもらってるし、竜舎の前で目隠しの膜をまとったディドさんが見てくれているから、護衛なんて必要ない。
シチューに入れる野菜を考えながらのんびり歩いて、竜舎までの距離が半分ほどになった時、横手から叫び声がした。
「聖女様っ!」
思わず足を止めて声がしたほうを見ると、ゆったりした白い服を着た数人が、木の陰から走り寄ってくる。
「聖女様っ、私はティアス聖王国第三十二代目聖王ホロネスでございますっ。
どうか、私の話をお聞きくださいっ」
先頭にいたひときわ豪華な刺繍が施された服を着た白髪の老人が、叫ぶように言う。
今朝訪ねてきたウィルさんが、ティアス一行は今日帰ってもらうことになったと言ってたけど、追いだされそうになってついに押しかけてきたのだろうか。
呆れていると、ふいに突風が吹いた。
「聖、あっ」
「わっ!」
「あぶな……!」
彼らにだけ吹きつけた風が、ゆったりとした裾をその足にからませる。
聖王と名乗った老人が前のめりに倒れると、背後にいた者たちも次々と折り重なるように倒れた。
私の横に、目隠しの風の膜をまとったディドさんがおりたつのを感じる。
【アリア、バカどもはほっといて、竜舎に戻れ】
「うん」
耳元に届けられた声に小さくうなずいて歩きだそうとした時、今度は背後で叫び声があがった。
「お戻りください!
竜騎士団の敷地内は、関係者以外の立ち入りは禁止されておりますっ!」
ちらりとふりむくと、竜騎士たち数人がこちらに走ってきていた。
当番の人が窓から私の様子を見ていて、彼らに気づいたのだろう。
さすがに日々鍛えてるだけあって素早く駆けつけて、聖王たちが起きあがる前に私との間に割って入った。
彼らより少し遅れて駆けつけた副団長が、かばうように私の横に立つ。
「ここは彼らに任せて、アリアさんは竜舎にお戻りください」
「はい」
促されるままに歩きだそうとしたけど、また叫び声がした。
「お待ちください聖女様っ、どうか私の話をっ」
「お下がりください、たとえ他国の方といえど、我が国にいる以上は我が国の規則に従っていただきます!」
「無礼者! 騎士ごときが聖王陛下に対してなんたる暴言、許されんぞ!」
「お下がりください!」
もみくちゃになった聖王たちと竜騎士たちがどなりあう。
呆れながらちらりと見ると、竜騎士に押さえこまれた聖王の背中が見えた。
そこに描かれたものを見たとたん、息が止まる。
【アリア、どうした?】
青い盾をぐるりと囲むように波のような模様が描かれ、盾の上には白い星のようなものがいくつかちりばめられている。
おそらく、ティアス聖王国の紋章なのだろう。
初めて見たはずのそれが、記憶の奥底で何かに重なった。
「アリアさん?」
ディドさんの声も、副団長の声も、遠くでうつろに響く。
かわりに、潮騒のような、強い風の音のような、大勢の怒声が、耳元でうなる。
目の前の景色に、違う景色が重なる。
【おい、アリア】
押し寄せる兵士の、白い服。
【アリア、どうした】
掲げられた剣の、にぶいきらめき。
【どこか痛むのか?】
ひるがえる旗に描かれた、青い盾。
【アリア、おい、アリア!】
小さな身体のあちこちについた傷。
【……ま、……け、て……】
記憶が、視界が、意識が、白くはじけた。
「……マリノ!!」




