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第1話

この章はシリアス&急展開です。



 新年祭が終わり、寒さが本格的になってきたある日の午後、ウィルさんが竜舎に訪ねてきた。


「君とディドに聞きたいことがあるんだが、今かまわないかな」


「かまいませんけど、なんですか?」


 いつものように寝そべるディドさんの尻尾に座らせてもらった私の前に、椅子を持ってきたウィルさんが座る。


「まず確認しておきたいんだが、アリアはティアスという国を知っているかな」


 ウィルさんの問いかけに、ディドさんが地面におろしていた頭を軽く持ちあげた。

 だけど何も言わなかったから、不思議に思いながらも答える。


「以前ディドさんに教えてもらいました。

 大陸の南端にある小さな国で、ドラゴンを神の使いとして崇めていて、塩作りが盛んってことぐらいですけど」


 ウィルさんはゆっくりうなずく。


「うん。

 正式名称はティアス聖王国で、我が国とは間に二つ国を挟むが、友好関係にある。

 国王は聖職者の中から五年ごとに選ばれ、聖王せいおうと呼ばれている。

 ドラゴンを神の使いとして崇めているせいか、聖王が代替わりするたびに我が国に挨拶に来て、ドラゴンを自国に招待したいと言ってくるのが困りものだが、おかげで塩を他国より安く取引できているから邪険にもできず、毎回対応に困る、と王太子殿下が以前おっしゃっていた」


「へえ……」


 リーツァは広大な国だけど、海に面しているのは北端だけだ。

 だけど北端の土地は、海に接してはいない。

 海に面しているのは断崖絶壁で、南の海のような砂浜はない。

 人が通れるような道も、人が住めるような平地もなく、当然塩を作ることもできない。

 だから大陸最北端だった私の村は、距離は一番海に近いのに実質一番遠くて、行商人から買うしかない塩は金貨以上に幻の品だった。

 料理には塩の味がする野草の絞り汁を使っていたから、王都に来てサラさんに厨房で袋いっぱいの塩を見せてもらった時は、驚いた。

 王都では安く手に入ると聞いて、さすがは大国だと感心したけど、そんな裏事情があったのか。


「そのティアス聖王国の聖王一行が、一昨日王城に訪れたんだ」


 なんとなく言いにくそうに言葉をつなぐウィルさんを見て、首をかしげる。


「代替わりしたからですか?」


「……いや、今代の聖王は四年前に就任して、挨拶も四年前に来ている。

 今回来たのは、その…………」


 言いよどんだウィルさんは、ちらちらと私とディドさんを見比べる。

 ディドさんは不機嫌そうな表情でウィルさんをにらむと、私をふりむいた。


【おまえに会いにきたんだよ】


「……私? どうして?」


【塩取引で儲けてるかわりにティアスに情報流してる貴族がいて、そいつからおまえのことを聞いたらしい。

 『ドラゴン様の聖女』だと言ってたぞ】


「せいじょ? どういう意味?」


 聞いたことのない言葉にきょとんとすると、ディドさんが教えてくれる。


【あの国独特の役職で、神に仕えて神の声を聞き、それを民に伝える役割の女って意味だな。

 実際に神の声を聞いてるのかどうかは知らねえが、男なら聖人、女なら聖女って呼ばれてて、聖王は聖人か聖女の中から選ばれる。

 この国でいうなら、大神官みたいなもんだ】


「なるほど」


 ドラゴンを神の使いとみなすなら、会話ができる私は確かに『聖女』だろう。


【おまえを通じて俺らと話をして、国に招きたいんだとよ。

 塩の取引価格を今までの半分にするかわりに、おまえと話をさせろとごねてるんだ。

 王太子やウィルがやんわり断ったが、しつこく粘られたんで、『本人の意思を確認する』ってことにしたんだよ。

 王太子は、おまえや俺の機嫌をそこねるとわかってても、重要な取引がある国の、しかも国王が相手じゃ、さすがに強気に出られなかったみてえだな】


「ああ、それでウィルさんが言いにくそうにしてたんだ」


 視線を向けると、ウィルさんはびくりと身体をふるわせる。


「……ディドはなんと言ったのかな」


「ティアスの人が、この国の貴族から情報を得て私を『ドラゴン様の聖女』と呼んでいて、塩の取引額を半額にするのを口実に私に会いたいと言ってると、教えてくれました」


 簡単にまとめて言うと、ウィルさんは軽く目を見開く。


「どうしてそこまで……」


「城内でのことで、ディドさんが調べる気になったら隠せることなんてありませんよ」


 たとえ人払いをして関係者しかいない密室で話をしていたとしても、風は通る。

 風が通るなら、ディドさんはその風を集めて話を聞くことができる。

 今までのことがあるから、念入りに情報収集したのだろう。


「…………そう、か……」


 ため息をついたウィルさんは、きもちを切りかえるように姿勢を正して私を見る。


「ディドが言う通り、彼らは君に会いたいと言っているんだ。

 私も会談の席に呼ばれたから、君は聖女じゃなく私付きの侍女だと説明したんだが、とにかく会わせてくれ、会わせてくれるまで帰らないと粘られた。

 それで、君の意見を聞いてくるよう王太子殿下に頼まれたんだが……君はどうしたい?」


「会いたくありません」


 きっぱりと言うと、ウィルさんはほっとしたような表情になる。

 私がはっきり断れば、王太子も断りやすいからだろう。


「わかった。

 そう王太子殿下に伝えて、はっきり断ってもらうよ」


「お願いします。

 ……もしも彼らが、私に会えないなら塩の取引をやめると言ったとしたら、どうなりますか?」


 ふと思いついたことを聞いてみると、ウィルさんは困ったような表情になってしばらく黙りこむ。


「……ティアスは南大陸最大の塩の生産国だし、我が国の塩もティアスからの輸入量が一番多いが、すべてというわけじゃなくて、何割かは他の国からも仕入れているらしい。

 ティアスとの取引がとだえても、そのぶん他の国との取引量を増やせば、今より割高になるとしても、不足することはないんじゃないかな」


 自信がなさそうな言い方なのは、詳しく知らないからだろう。

 竜騎士団団長のウィルさんが、塩取引について詳しくないのは当然だけど、もう少し情報がほしかった。


「ディドさん、どう思う?」


【ウィルが言ったとおり、他の国から仕入れりゃなんとかなるだろう。

 ティアスに次ぐ塩の生産国は、西隣のファルミカのさらに隣のエチューだ。

 リーツァとファルミカは友好国で、ファルミカとエチューも友好国だから、仕入れ量を増やすのは問題ないはずだ。

 王太子もそう考えてたようだ。

 ティアスの奴らも、取引中止とまでは言わねえだろうよ。

 最大の取引相手国ってこともあるが、俺らに近づく唯一の手段だからな】


「そっか、じゃあ大丈夫かな」


 たとえ取引中止にすると脅してきても会う気はないけど、この国を混乱させたいわけでもない。

 そのあたりは、王太子がうまくやってくれるだろう。


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