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第5話

 私の『家』ができあがったと報告があった翌日の早朝、予定通りディドさんが家を風で浮かせて竜舎に運びこんでくれた。

 さらにサラさんが買い集めて竜騎士団の倉庫に入れてあった家具類や生活用品も、ディドさんが風を使って運びこんでくれて、引越し作業は午前中で終わった。

 さらに、窓から顔を入れたディドさんが、私の希望にあわせて家具を風で動かして配置してくれた。

 服や小物や調理器具や食器も、全部ディドさんが箱から出すところから使いやすい場所にしまうところまで手伝ってくれたから、その日の夜にはすべて片付いた。

 今まで使っていた家具類は、ほとんどを竜騎士団の倉庫にディドさんが運んでくれた。


 フィアは目を覚ましたけど、幼生はまだほとんどを寝てすごすし、耳がいいドラゴンたちには私の生活音はうるさいだろうから、ディドさんに頼んで、以前と同じように私の家のまわりに風の膜を張ってもらって、音やにおいがもれないようにした。

 用がある時は、家の中のどこにいても風で声を耳元まで届けてくれるから、呼び声を聞き逃す心配もない。

 ディドさんのおかげで快適さを増した家で、新しい生活が始まった。





 新しい家で暮らし始めて数日が経ち、実感したのは、一人分の家事というのは意外と面倒だということだった。

 家族と暮らしていた時も、村長の家で他の子たちと暮らしていた時も、家事はすべて五人分以上のものをまとめてやっていた。

 だけど今は、すべてが私ひとり分だ。

 掃除も料理も洗濯も風呂の用意も、ひとり分だと、数人分をやるより手間がかかる。

 掃除は毎日するのはよく使う食堂兼居間だけにするとか、洗濯は数日分まとめるとか、工夫してみたけど、料理はさすがに同じ物を数日食べ続けるのは飽きる。

 材料や調理法で変化をつけて、毎日飽きさせないメニューを考えているサラさんたち料理人はすごい。


 ウィルさんには『家があっても兵舎を利用していいんだよ』と言われたし、そうしてほしがっているのを感じた。

 私が家に、というより竜舎にひきこもってしまったら、接する機会が減るからだろう。

 そういう意味では、ひとりのほうが気楽でいいけど、やっぱり家事は面倒だ。

 妥協点を考えつつも、とりあえずは家での生活に慣れるために、できる限り外に出ないようにしながら暮らしていた。





【アリア、ちょっと出てこいよ】


 夕食後、ディドさんに薪を運んでもらって火の番をしてもらったお風呂から出てくると、ディドさんの声が届いた。


「なあに?」


 髪を拭いていたタオルを置いて、寝巻がわりのシンプルなデザインのワンピースのままで、外に出る。

 王都は私の故郷の村に比べるとだいぶ南だから暖かいけど、それでも十二月半ばとなると、外に出る時は上着が必要な程度には寒い。

 しかもドアのない竜舎の中は、外とあまり変わらない寒さだ。

 家を包む風の膜を抜けたとたん、ひやりとした空気が肌にふれる。

 窓からもれる灯りで、吐いた息が白く見えた。

 お風呂で温まった身体にはちょうどいいかと思って、上着を着ないで出たけど、今夜はいつもより冷えこんでいるようだ。

 上着を取りに戻ろうかと思っていたら、ふわりと風に包みこまれた。

 風自体に暖かさはないけど、外気を遮ってくれるおかげで、暖かく感じる。


「ありがと、ディドさん。

 ところで、なんの用?」


 お礼を言いながら歩いて、ディドさんの仕切りに行くと、ディドさんは軽く翼を動かしていったん起きあがり、竜騎士を背中に乗せる時のように、翼をたたんでおなかをぺったり地面をつけるような姿勢でうつぶせになっていた。

 近づく途中で風が動いて、ふわりと身体が浮いた。

 ふわふわと空中を漂うように運ばれて、ディドさんの背中の上のほう、肩と翼の間あたりに乗せられる。

 とまどいながらも、ワンピースの裾を整えて座ると、身体を包んでいた風のうち、頭のまわりだけ流れが変わって、髪をふわりと持ち上げられた。

 そのまま、正面から強い風を受けてるみたいな位置で浮いた髪が、ふわふわと揺れる。


「なあに?」


【冬場は髪が乾くのに時間がかかるだろ。

 特に今夜は冷えこんでるからな、濡れたままじゃあ風邪引いちまう】


 軽く頭を持ちあげて私を見たディドさんは、優しい声で言う。


「……もしかして、出てこいっていった理由って、これ?」


【おう】


 あっさりうなずかれて、思わず苦笑する。


「ディドさん、私を甘やかしすぎだよ。

 ディドさんの風の膜のおかげで家の中は暖かいから、髪が濡れてるぐらいじゃ、風邪引いたりしないよ。

 それに、私は大人の男の人より力があるんだから、薪を運ぶぐらいできるんだよ」


【知ってるけどよ、俺がやったほうが早えんだから、いいじゃねえか】


「それが甘やかしすぎだって言ってるの。

 手伝ってくれるのは嬉しいけど、あんまり何もかもやってもらっちゃったら、身体がなまっちゃう」


 引越しの時だけでなく、普段の生活でも、風で埃を集めて掃除したり、洗濯物のまわりに強い風を起こして乾かしたり、物置から料理に使う野菜を運んだり、ありとあらゆることを助けてくれる。

 村にいた頃は朝から晩まで働いていたけど、王都に来てからはほとんど身体を動かしていない。

 そのうえ毎食栄養のある物を食べていたから、ちょっと太ってきた気がする。

 ひとり暮らしなら食事は自分で調節できるし、身体を動かして痩せようと思っていたのに、ディドさんが手伝ってくれるから楽してばかりだ。


【自分で家事してるおまえは、動いてるほうだろ。

 貴族の女は、着替えや風呂でさえ使用人任せで、自分じゃあ何もしねえんだぞ】


「そういう話は聞いたことあるけど、私は貴族じゃないから、自分でやるのが当然なの。

 怠け者になりたくないから、あんまり甘やかさないで」


 軽くにらむと、ディドさんはくつくつ笑って、顔を近づけてくる。


【いいじゃねえか、俺がそうしてえんだから。

 それに、ここじゃあ必死になって働かなくても生きていけるんだ。

 今まで苦労してたぶん、のんびりすりゃあいいだろ】


 確かに、ここでの『仕事』は、村にいた頃に比べたら遊んでいるようなものだ。 

 貧しい村では怠け者は生きていけないから、少しでも手があいたら何か仕事を探して、他の人を手伝ったりしてた。

 だから、ここでのんびり暮らしてると、気楽な半面おちつかなかった。

 ディドさんは、それに気づいてたから、わざと私を甘やかしてくれてるのかもしれない。


「……ディドさんは、私に優しすぎるよ」


【何言ってんだ、俺が本気出したらこんなもんじゃねえぞ】


 まじめな口調で言われて、思わずくすくす笑う。

 なんとなく手の平でディドさんの背中を撫でて、ふと思いつく。


「ねえ、ディドさん。

 ワガママ言ってもいい?」


【おう、なんでも聞いてやるよ。

 なんだ?】


「あのね、ディドさんの背中に寝そべってみたいの」


 以前西の砦に行った夜に、ディドさんに背中に乗せてもらって散歩した。

 その時に寝そべった背中は広くて暖かくて、尻尾に座らせてもらうのとはまた違う安心感があった。

 だけど、ドラゴンは基本的に肌にふれられるのを好まない。

 普段尻尾に座らせてもらうのも、かなりの特別扱いをしてもらってるのだ。

 空を飛ぶためという理由もないのに、背中に乗せてほしいとお願いすることはできずにいたけど、今なら許してくれるかもしれない。


【なんだ、そんなことぐらいワガママでもねえよ】


 声と共にふわりと身体が浮いて、翼の間あたりにおろされた。


「ありがと」


 ワンピースの裾を整えてから、ゆっくりとうつぶせになる。

 ディドさんの背中はベッドよりも広くて、両腕を伸ばしても、ようやく脇腹に指先が届く程度だ。

 体表は小さな鱗に覆われているけど、冷たくはなく、むしろ暖かい。

 サラさんが選んでくれた、やわらかすぎておちつかない布団とは違って、適度な硬さが心地いい。

 ふれている部分が多いせいか、尻尾に座らせてもらってる時よりもさらに安心できた。

  

【俺の背中がそんなに気に入ったのか?】


 首を伸ばして私の顔をのぞきこんだディドさんが、からかうような口調で言う。

 きっと今の私は、ゆるみきった表情なのだろう。


「うん、すごくきもちいい。

 このまま眠っちゃいたいぐらい」


 くすりと笑って、ディドさんの背中に頬を押しあてる。

  

「でも、不思議だな。

 ふれあうのが嬉しいって感じるのは、人間の考え方のはずなのに」


 ディドさんに会って以来、私の考え方はどんどんドラゴン寄りになっている。

 なのに、どうして人間のように直接的なふれあいを求め、それを嬉しいと思うのだろう。


【おまえの考え方がドラゴンでも、身体は人間だってことだろ。

 どっち寄りだとしても、おまえはおまえなんだから、気にすることはねえよ】


「うん……」


 確かに、毎日食事も睡眠も必要なのだから、身体は人間のままなのだろう。

 わかってはいたけど、少し悔しい。

 思わずため息をついて、目を閉じる。


【眠いのか?】


 優しい声に、目を閉じたままうなずく。


「うん……このまま寝ちゃってもいい……?

 ディドさんが寝にくかったら、ベッドに放りこんでくれればいいから」


【かまわねえよ。

 俺は一晩ぐらい眠らなくても平気だから、気にすんな。

 髪もそろそろ乾いたな】


 言葉と共に、髪を包んでいた風がほどけた。

 ふわりとおりてきた髪を目を閉じたまま手探りで一房握ってみると、確かに乾いていた。


「うん……ありがと」


 頬にかかった髪を軽く払って、もぞもぞ動いて寝やすい姿勢になる。


【何があっても俺が守ってやるから、安心してゆっくり寝ろ】


「……うん。おやすみなさい……」


【おやすみ】


 優しい声を聞きながら、眠りに落ちた。

 

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