第6話
【んで、伝えてほしいことなんだけどよ。
鞍留めの紐の右後ろのやつがゆるんでて、そのうちはずれそうだからしっかり締めろって、言ってくれねえか】
「あ、うん」
そのまま伝えると、ウィルさんは顔を上げて驚いたようにディドさんの背中の鞍を見た。
「それは、すまない」
すばやい動きでディドさんの横にまわりこんで紐を確かめ、いったんほどいて締めなおす。
【どうせまた考えごとしながらやってたんだろ。
しかも飛びながらもずっと考えこんでて、俺が念じて伝えてやろうとしても伝わらねえし。
あのまま飛んでたら、絶対途中ではずれて落っこってたぞ。
だからここに下りたんだよ】
「……そうだったのか」
【おうよ。
なのにおまえは、『この森に何かあるのか』とか見当違いのこと言って、森に入ってっちまうしよ】
「……すまない」
【落ちても拾ってやるけどな、落ちねえように気をつけろや。
鞍の紐ゆるんで落っこちるなんざ、新人でもやらねえぞ】
「……そうだな。すまない」
【そんな間抜けじゃ、竜騎士団長とは名乗ってられねえぞ】
「え、ウィルさんて竜騎士団長なの?」
通訳に専念してたけど、その言葉に思わず声をあげてしまった。
ウィルさんはどこか気まずそうな表情になって、ディドさんはにやっと笑ってうなずく。
【おうよ。
これでも実力は竜騎士団一、歴代団長の中でも最強とか言われてんだぞ。
つっても、ここ三十年ほど戦争はねえから、乗り方がうまいって程度だがな】
「そうなんだ……」
エリートの中のエリートの、さらにエリートってことだ。
だけど、目の前のウィルさんは、そんなに優秀なようには見えない。
まじまじ見つめていると、ディドさんがにやにや笑いながら言う。
【こいつは竜騎士の父親に俺らの話を聞かされて、自分も竜騎士になるんだってガキの頃から思ってたらしくてよ。
ちっせえ頃から竜舎に出入りして、俺らの世話とか手伝ってたんだ。
俺らの考えがある程度わかるのは、才能だけじゃなく、つきあいが長いからだ。
まあそれでも、まともに会話できるおまえとは比べもんにならねえけどな】
「そうだね、でもしかたないよ。
私だって、豚や鶏の世話を毎日してるけど、考えてることなんて、なんとなくしかわからないもの」
【まあ種族が違うとそんなもんだよな。
しっかし、人間とまともに会話できる日が来るとは、さすがに俺も思わなかったな】
「私も、同族に会いたいとずっと思ってたけど、会えるとは思わなかったから、すごく嬉しい」
【今日ここに下りておまえに会えるきっかけになったっつー意味では、ウィルが鞍つけそこねてよかったのかもしれねえな】
「ふふっ、そうだね。
ウィルさんに感謝しないとね」
笑いあって、二人してウィルさんを見ると、ウィルさんはまだ気まずそうな表情をしてた。
「……話がはずんでるところ申し訳ないんだが、私も参加させてもらえないかな」
「ああ、ごめんなさい」
そうだった、私が通訳しないと、ウィルさんにはディドさんの言葉がわからないんだ。
面倒だけど、しかたない。
「いや……まずは、改めて自己紹介させてくれ」
ウィルさんは背筋を伸ばして立つと、右手を拳に握って左胸に当て、きれいな動きで礼をする。
「私は、クローツァ公爵家次男、ウィレスリッド・クレアス・リドル・クローツァだ。
リーツァ王国竜騎士団長を拝命している」
高位貴族で、そのうえ竜騎士団長なら、王国内でもそれなりの権力者だろう。
なのに、ただの村娘にするには、ずいぶん丁寧な挨拶だった。
不思議に思いながらも、スカートの裾を押さえて両膝をつき、両手を重ねておなかに当て、頭を下げる。
「レッシ村の娘、アリアです」
身分の高い人に対する礼はこれしか知らないから、なるべく丁寧にやってみた。
「私のことは、さっきまでと同様ウィルと呼んでほしい。
君のことは、アリアと呼んでもいいだろうか」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。
ではアリア、そのままでは話しにくいし、いったん立ってくれ」
「はい」
促されてゆっくりと立つと、ウィルさんはふんわり笑う。
笑った顔を初めて見たけど、村の男のひとと違って優しい印象だった。
貴族だから、生活する厳しさなんて知らないのだろう。
ドラゴンとして長年生きた記憶があるせいか、人間としては十歳近く年上に見えるウィルさんでも、『かわいい男の子』としか思えない。
「少し話をしたいんだが、時間は大丈夫だろうか」
「あー……えっと」
ちらっと空を見上げて、太陽の位置を確認する。
今日の当番は、この後は夕食の手伝いだけだ。
エリンは臆病だから、一人で私を探して森を歩きまわることはせずに、村に戻ってるだろう。
言い訳は後で考えればいい。
「……一時間ぐらいなら、大丈夫です」
ウィルさんよりディドさんと話したいけど、ディドさんに通訳を頼まれてるし、しかたない。
「ありがとう。
じゃあちょっと待っていてくれ」
ウィルさんはそう言って、面白そうに私たちを見てたディドさんの横手にまわりこみ、鞍につけてた何かを取ってくる。
私の横まで戻ると、持ってたそれをふわっと広げて、草の上に敷いた。
「そのまま座ると服が汚れるからね、その上に座ってくれ」
「え、でも」
ソレは、厚手のマントのようだった。
生地も刺繍も、今まで見たことないぐらい立派なものだ。
そんなものの上に座って汚してしまったら、弁償なんてできない。
「大丈夫だよ、汚れても洗えばすむ」
【おうよ、気にすんな。
こいつはムダに金持ってるから、そんなもんぐらい千枚でも買える】
ディドさんがそう言うなら、気にしなくていいだろうか。
「……ありがとうございます」
それでもなるべく汚さないようそっと座ると、ウィルさんは私の横に座る。
ディドさんも、私たちの前で身体を伸ばして寝そべった。