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第4話

 ディドさんたちの朝食のフルーツを持ってきたウィルさんと、朝食を食べに兵舎に向かう。

 その途中で、ウィルさんが言った。

 

「君の『家』が、そろそろできあがるらしい」


「……早くないですか?」


 最初の説明では、一ヶ月以上かかると言っていたはずだ。


「別に手抜きというわけじゃないよ。

 なるべく急いでくれと頼んだら、普段の倍の人数で作業してくれてるらしい」


「ああ……なるほど」

 

「とはいえ、できあがるのは家だけで、家具や生活に必要な物は何もない。

 王城の家具や小物を扱っている業者を呼ぶから、好きな物を選んでほしい。

 竜騎士団の経費を使うから、支払いについては気にしなくていいよ」


 ウィルさんにそう言われて、しばらく考える。

 

「自分では何が必要なのかよくわからないので、サラさんに頼んでもいいですか?」


 村では古い物を誰かに譲ってもらうか、自分たちで作るかだったから、店で買うとなると、どういう店で扱っているのかわからない。

 だから、今まで買い物はすべてサラさんに頼んでいた。

 今回は特に、家一軒分の物資を自分で買い集める気にはなれない。


「……君がそれでいいなら、かまわないけど……」


「ありがとうございます。

 じゃあ、朝食の時にサラさんに話して頼んでみます。

 あ、そのぶんの手間賃をサラさんに払ってもらうことってできますか?」


 今まで買い物を頼んで断られたことはないけど、本来の仕事じゃないうえに、今回は量が多いから時間もかかるだろう。

 さすがにただでお願いするのは、失礼だと思う。


「ああ、うん、問題ないよ。私の権限で手配しておこう」


「ありがとうございます。

 今までの分も含めて、ちょっと多めでお願いします」


「わかった」


 ウィルさんがうなずいた時に、兵舎についた。

 食堂に入ると、いつものようにサラさんがテーブルに朝食の準備をしていた。


「おはようございます」


「おはようアリアちゃん、もうちょっとで準備できるから待っててね」


 軽く答えたサラさんが厨房のほうへ歩いていくのを見送って、テーブルにつく。


「君に渡したいものがあるから、朝食の後で団長室に来てもらえるかな」


 隣に座ったウィルさんが、なぜか小さな声で言う。


「かまいませんけど、ここじゃだめなんですか?」


 早朝だから、食堂にいるのはサラさんたち使用人だけだ。


「だめ、というわけではないんだが、物は団長室にあるし、渡すにはここよりいいと思うんだ」


 ウィルさんは、なぜか言い訳のように言う。

 食べ終わった後ずっとテーブルを占領していたら、サラさんたちに迷惑だし、朝食を食べにくる騎士たちにも気を使わせてしまうだろう。

 何かを決めるなら、竜舎に戻ってディドさんも一緒に聞いてもらったほうがいいけど、何かを受けとるだけなら、私一人でもかまわないだろう。


「わかりました。じゃあ団長室で」


「ありがとう」


 ウィルさんがほっとしたように言った時、サラさんが両手にトレイを持って戻ってきた。





 他の女性の使用人も含めて数人で食事をして、食後の紅茶を飲みながら、サラさんに言う。


「サラさん、もうすぐ私の『家』ができるので、家具とか小物とかの必要な物一式をそろえるのをお願いしてもいいですか?

 私では、何が必要かも、どこで売ってるかも、よくわからないので。

 手間賃を払ってもらえるように、ウィルさんに頼んでおきましたから」


「サラ、私からも頼む。

 費用は経費で落とすから、気にしなくていい」


 サラさんは紅茶のカップを置いて、私とウィルさんを見比べる。


「かまわないけど、自分で好みに合うものをそろえたほうがいいんじゃないの?」


「特に好みはないんです。

 使いやすくて丈夫なら、どんなものでもかまわないので、お願いします」


「うーん……それって意外と難しいのよね。

 だけど、うーん……」


 うなるように言葉をとぎらせたサラさんは、紅茶を一口飲んでから、私を見る。


「前から気になってたんだけど。

 アリアちゃん、ここに来てから今まで、一度も城下に行ってないわよね?」


「えっ」


「はい」


 隣でなぜかウィルさんが驚いたような声をあげたけど、無視して小さくうなずく。

 そもそも、ここに来てから王城の外に出たのは、西の砦に行った一回だけだ。

 それも、ディドさんに乗せてもらって空からの出入りだから、城下には行ってない。

 必要な物はサラさんに買ってきてもらってたし、村にいた時も村の中だけで生活してたから、それで不自由はなかった。


「大事なお役目があるのはわかってるけど、せっかく王都にいるんだから、たまには観光を兼ねて買い物に行ってもいいんじゃない?

 お店がわからないなら、私が案内してあげるわよ。

 若い子向けのお店は、うちの娘が詳しいし」


 なぜかサラさんは熱心に言ってくる。

 一緒に行くというなら、買い物が面倒というわけではなく、単に私を連れだしたいだけなのだろう。


「ありがとうございます。

 でも私、人混みの中に入ると、気分が悪くなるんです。

 数十人しかいない村の祭でもそうだったから、王都の人混みは無理だと思います」


 これは断る口実ではなく、本当のことだ。

 幼い頃から、収穫祭や新年祭などの祭で人が集まっていると、中に混じらず離れたところから見ているだけでも、気分が悪くなった。

 無理やり人混みの中にひきこまれたら、ひどい頭痛やめまいがして、気を失った。

 毎回そうなったから、家族は悪い病気かと心配したけど、私が病気ではなく人混みがいやなのだと主張したから、そのうち祭の時はひとりで家で留守番するようになった。


 理由は、わかっている。

 人間嫌いのドラゴンだった前世の記憶のせいだ。

 人間が群れているのを見ているだけでも嫌な気分になるのに、その中に入って囲まれたら、耐えられるわけがない。

 ドラゴンの力の名残りが暴走しそうになって、頭痛やめまいになるようだ。

 数十人しかいない村でさえそうだったのだから、その何千倍も人がいる王都で買い物をするなんて、想像すらしたくない。


「それに私、お金を持ってないので、買い物しようにもできないんです」


「えっ!?」


 不満そうなサラさんを納得させるために、ふと思いついたことを言うと、サラさんが驚いたような声をあげる。


「アリアちゃん、お給料もらってないの!?」


「はい」


「なんでっ!?

 ウィル坊ちゃん、どういうことですか!?」


 サラさんににらみつけられて、ウィルさんは飲みかけていた紅茶のカップをあわてて置く。


「いや、あの、区切りが悪かったんだ。

 アリアが来たのは、先月の半ばだったから。

 途中から働きだした場合は、翌月分と合わせて渡すことになってるだろう。

 合わせた分の給料が今日出るから、この後渡すつもりだったんだ」


 さっき言っていた『団長室で渡したいもの』は、給料のことだったのか。

 そういえば、待遇についてはディドさんにも一緒に聞いてもらって決めたけど、給料については話をしなかった気がする。

 もともと村ではお金を使うことはほとんどなかったし、ここでもそうだったから、気にしてなかった。


「そうでしたか、よかった、ただ働きじゃあんまりですもんねえ」


 サラさんはほっとしたように言う。


「でもそれなら、買い物できるわよ」


「……お金があっても、人混みに入ると気分が悪くなって、気を失ってしまうので、やめておきます」


「えっ、気分が悪くなるって、そんなにひどいの?」


「はい」


「そう……私の知りあいにも、あんまり人が多いと気分が悪くなるから、なるべく人の少ない時間帯に買い物に行くっていう人がいたけど、アリアちゃんもそうなのね。

 だったら、しかたないかしら。

 うーんじゃあ、私の判断で選んじゃうけど、かまわない?」


「はい」


 今までサラさんに買ってきてもらった服や小物は、かわいらしい感じのものが多かった。

 私の好みとはちょっと違うけど、使いたくないというほどじゃないから、気にしてない。


「わかったわ。

 じゃあ、後で必要そうなもののリストを作っておくから、チェックしてちょうだい」


「ありがとうございます、お願いします」





 久しぶりに訪れた団長室で、ウィルさんは私にソファを勧めると、自分は執務机のほうに歩いていった。

 ソファに座って見ていると、ウィルさんはひきだしから何かを取り出してきて、私の向かいのソファに座る。


「これが君の給料だよ。よく働いてくれてありがとう。

 王城で働く者の給料は、毎月十日に支払われるんだが、さっきも言ったとおり君が来たのは先月の半ばだったから、今日まで渡せなくてすまない」


「いえ、かまいません」


 さしだされた小さな布の袋を取ると、やけに重かった。

 膝に乗せて、口を縛ってある紐をほどいて中を見ると、金貨が数枚入っていた。

 見たのは初めてだけど、銀貨と同じ模様で金色だから、間違いないだろう。

 袋から出して、スカートの上に広げてみる。

 六枚あった。


「……………………」


 私の故郷の村はほぼ自給自足だから、生活費を現金に換算するとどれぐらいなのかはよくわからないけど、大人一人が国に納める一年分の税金が、銀貨四枚だった。

 税金は地域によって違うけど、だいたい大人一人の一か月分の生活費に相当する値段に決められてると、以前村長の手伝いをしている時に聞いた。

 辺境で特に産業もない小さな村だから、生活費も税金も王国内で最低額らしい。


「……足りないかい?」


 私が黙りこんでいるのをどう解釈したのか、ウィルさんがおそるおそる聞いてくる。

 答える前にふと思いついて、念の為に確認する。


「初めて見たんですけど、これ、金貨ですよね」


「ああ」


「数年分まとめ払いとかじゃなくて、約二ヶ月分なんですよね」


「そうだよ。

 本来なら、先月の分は働いた日数分の日割り計算になるんだが、かなり強引に来てもらったから、そのぶんを上乗せした形で、一ヶ月すべて働いてもらったことにしたんだ。

 だから、ちょうど二ヶ月分だよ」


「……そうですか」


 金貨一枚は、銀貨百枚の価値がある。

 つまり、私の一ヶ月分の給料だけで、村の大人一人が六年以上暮らせるということだ。

 思わずため息をついて、金貨を袋に戻しながら言った。


「窓を開けてください」


「え?」


 ウィルさんがきょとんとしている間に、その背後の窓が勝手に開いて風が入ってくる。


「ディドさん、聞こえてた?」


【おう】


 風に乗って、ディドさんの声が耳元で響く。  

 ディドさんは、私が竜舎を離れてる間は、常に私のことを気にしてくれてる。

 だから、私の声も聞いていて、風を使って窓を開けてくれたのだろう。


「一ヶ月の給料が金貨三枚って、いくら王城とはいえ多すぎない?」


【侍女としては多すぎるだろうが、それだけウィルや王太子はおまえの役割を重要視してるってことだ。

 俺らとの意志疎通って意味では、竜騎士全員よりおまえひとりのほうが、役に立つからな】


「それは、そうなんだろうけど……。

 なんだか裏の意味がありそうで、ちょっと恐い」


【おまえが金で懐柔できるような性格じゃねえってことは、ウィルはともかく王太子はわかってると思うがな。

 なんならウィルに、その金額にした理由を聞いてみろよ】


「そうだね……ウィルさん」


「えっ、あ、何かな」


 ディドさんの声が聞こえてないからか、不思議そうに私を見ていたウィルさんは、あわてたように答える。


「私の給料の金額を決めたのは、誰ですか?

 それと、この金額にした理由はなんですか?」


「金額を決めたのは、王太子殿下と私だ。

 その金額にした理由は、私の給料と同じにしたからだ。

 君の役割の重要さは王太子殿下もよくわかってらっしゃるが、具体的にどれぐらいの給料がふさわしいのか判断がつかなかったから、とりあえず団長である私と同じ金額にしたんだ。

 ただ私は若輩者で年配の団長と比べると少ないほうだから、君が望むならその五倍までは出してもいいと王太子殿下がおっしゃっていたが……どうする?」


 ウィルさんの身分と役職なら、この金額で妥当なのかもしれない。

 王太子が増額できると言ったのは、ウィルさん以上に私を重要に思っていると示すためだろう。

 増やしてもらいたいとは思わないけど、減らしてもらうのも無理そうだ。

 お金はいらないと言ったら、物を送りつけてきそうだ。

 ちょうど私の『家』の物を買おうとしているところだから、最高級品をそろえられたりしたら、使いにくくなるし、もったいない。

 今の生活では、お金は必要ないし使う機会もないけど、とりあえず貯めておこう。

 この国を出て行くことになったら、返せばいい。


「……このままでいいです」


「わかった」


 ほっとしたような表情でうなずいたウィルさんは、『お坊ちゃま』なんだと、改めて思う。

 ウィルさんにとっては、これぐらいの金額はあたりまえなのだろう。 

 買い物を頼む相手を、サラさんにしてよかった。

 ウィルさんに頼んでいたら、最高級品ばかり選ばれて、とんでもない金額になっていただろう。

 内心呆れながら見ていると、なぜか照れたように微笑まれて、もう一度ため息をついた。

 

金貨一枚≒百万円です。


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