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第3話

 詰所を模した私の家は、王城の敷地の隅の人があまり来ないあたりで建設されることになった。

 最初は竜舎の近くで造る予定だったけど、王城勤めの人でさえ近寄らせないようにしてる竜舎近辺に、王城指定の業者とはいえ外の人間を近寄らせたくないってディドさんが言って、ウィルさんも賛成したから、目立たない遠い場所で造って、ディドさんが風で持ちあげて運ぶことになった。


 ディドさんが風の使い方が上手なのは知ってるけど、建物をまるごと動かすのはさすがに難しいかもしれないと、ちょっと心配になった。

 ディドさんにそう言ったら、試してみようってことになって、参考に見にいった詰所でやってみると、浮かせることも運ぶことも問題なくできた。


 後の問題は、新たに造られた詰所が一晩でなくなってしまうことだけど、これはもともと人目につかない場所で板や布で囲って造らせることと、散歩に出たディドさんが力加減を間違えて『うっかり』壊してしまったとウィルさんが報告することで、ごまかすらしい。

 強引な気がするけど、それよりいい案は浮かばなかったし、王太子も了承済らしいから、反対はしなかった。





 建設が始まってからしばらくした頃、ウィルさんと一緒に現場を訪ねた。

 責任者から、台所の竈の高さについて質問が来たからだ。

 通常は女性が料理をすることが多いから、女性が使いやすいよう低めにするけど、詰所として使うなら男性である騎士が使いやすいよう高めにするから、どちらがいいかと聞いてきたらしい。

 かなり急ぎで造ってもらってるらしいのに、そういう細かいことを質問してくるなんて、さすが王城の指定業者だけあって優秀だ。

 ウィルさんに質問されて、実際に竈の前に立って確認するのが一番早いって答えたら、なぜか渋られたけど、ディドさんが口添えしてくれた。

 もちろん今回もディドさんも一緒で、建設現場まで私とウィルさんを運んでくれた。

 念の為の風の膜もつけてもらって、出迎えた責任者の中年の男性と話をする。

 私しか使わないから私に合わせてほしい、とは言えないから、料理を担当する侍女の代表として私を連れてきたと、ウィルさんが説明する。

 そのために、侍女の制服に着替えて、色で所属を示すリボン状の腕章も右腕に結んである。

 制服は形式的すぎて好きじゃないけど、しかたない。

 半分ぐらい造られた竈の前に立って、使いやすい高さを確認して手で示し、それを責任者の男性が巻尺ではかって、数値を紙に書く。

 ついでにいくつか細かいところの調整も頼んだ。



 責任者の男性に話しかけられたウィルさんを置いて、外に出る。

 作業してる人をさけて建物の横にまわりこんで、見えないけど上空にいるディドさんに話しかけようとした時、背後から声がした。


「おい、そこの娘、こっちを向け」


 ここは建設中で、作業しているのは男の人だけだ。

 建物の周囲は板と布で囲まれ、さらにその周囲に杭と縄で囲いがしてあるから、迷いこんだ侍女もいない。

 何より、今このあたりにいるのは私だけだ。

 だから、背後の声が呼んでいるのは、私なのだろう。

 一瞬で判断をくだしながらも、偉そうな言い方に少しむっとしつつ、ゆっくりふりむく。

 背後にいたのは、二十歳すぎぐらいの近衛騎士だった。

 顔立ちはまあまあ整ってるけど、ウィルさんよりは普通だ。

 見下すようなまなざしが、雰囲気を下卑たものにしている。

 じろじろ私の全身を見回した騎士は、にやりと笑う。


「身体つきはいまいちだが、顔はまあまあだな。

 その髪の色は、今まで見たことがない色だ。

 僕は珍しいものを集めるのが好きなんだ。

 よし、おまえ、僕の侍女にしてやろう」


 まるでそう言われたら私が喜ぶと思ってるみたいな、偉そうな言い方だった。

 ある意味感心しながら、その騎士を見つめる。

 故郷の村にいた頃に聞いた貴族の噂話から想像してた通りの、『わがままな貴族の若君様』だったからだ。

 ウィルさんに初めて会った時は、貴族らしくないと思ったし、竜騎士団の人たちもだいたいそうだったから、噂と違って貴族にもまともな人はいるんだと思いなおしてたけど、噂通りの貴族もいたようだ。

 その背後にもう一人騎士がいて、何か言いたそうに私と彼を交互に見ていた。


「どうした、返事をしろ」


 また偉そうに言われて、むっとする。

 私に声をかけてくる貴族がいるかもしれないとは、ディドさんに今回も言われてたけど、こういう内容は予想外だった。

 『侍女』と言ってたけど、あの下卑た視線からすると、実際は妾だろう。

 いや、『珍しいものが好き』とも言ってたから、収集品扱いだろうか。

 それは、妾よりひどい扱いだ。


「嫌です。お断りします」


「なっ」


 きっぱりと言うと、私が断ると思ってなかったらしい騎士は、一瞬驚いたような表情になったけど、すぐにまたいやらしい笑みを浮かべる。


「見たことない腕章の色だが、下働きか。

 ならば僕を知らなくてもしかたないな。

 特別に教えてやろう。

 いいか、僕は、今は亡きリセシァ聖公国の、正統なる王家の血を引くクローク侯爵家の、ウォルト・クレイ・リナク・クロークだ。

 本来ならおまえごとき下賎の者は、声を聞くことすら許されない、高貴なる身だ。

 それを、特別に侍女として使ってやるんだ、感謝しろ」


 バカな大臣も似たようなことを言ってたけど、こういう言い方が貴族に流行ってるのだろうか。


「……ディドさん、あの人のこと、知ってる?」


 唇をなるべく動かさないようにしながら、囁き声で問いかける。

 少しの間を置いて、耳元で声がした。


【リセシァ聖公国ってのは、一角いっかく、百年ぐらい前にリーツァに併合された国だ。

 併合された国の王家は侯爵家に格下げされるし、今更そんなこと自慢にもならねえんだがな。

 しかもこいつは確か、妾腹の次男だったはずだ。

 正妻が生んだ長男が病弱だから、予備として本家にひきとられたらしい。

 甘やかされて育った典型的なバカ貴族で、近衛騎士になれるような実力はなかったが、金と権力でゴリ押ししたらしい。

 役に立たねえくせに権力ふりかざすから扱いに困ると、小隊長がぼやいてたのを聞いたことがある。

 ウィルがこのあたりの警備を近衛騎士に頼んでたから、前の奴と交替で来たんだろう】


 そういえば、ウィルさんとここに来た時は、囲いの外側に騎士が二人いた。

 この二人はその交替に来て、目をつけられたということなんだろう。

 もう一人の騎士が何も言わないのは、おそらくバカ騎士より身分が低いからだろう。


「なんだその顔は。

 頭が高い、跪け」


 むっとしたように言われて、ため息をつく。

 近衛騎士なら一応は丁寧に接したほうがいいかと思ったけど、そんな必要はなさそうだ。


「いやよ」


 そっけなく言うと、バカ騎士はさらにむっとしたような表情になる。


「ふん、どうやら頭が悪すぎて僕の高貴さが理解できないようだな。

 いいか、僕がその気になれば、おまえだけでなく、おまえの同僚も、上司も、全員王城から追い出せるんだぞ。

 それだけじゃない、おまえの家族もだ。

 仕事も家も奪って、故郷から追い出してやるからな。

 僕にはそれだけの力があるんだ」


 偉そうに胸を張って言うバカ騎士は知らないようだけど、私が右腕に巻いてる腕章は、ディドさんたちの体色と同じ砂色で、竜騎士団の侍女であることを示す。

 だから私の『同僚』は、サラさんたち使用人と、伯爵家以上の家柄の竜騎士たちだ。

 そして私の『上司』は、団長のウィルさんで、公爵家の次男で王族だ。

 サラさんたちはともかく、ウィルさん含め竜騎士の数人は、バカ騎士と対等以上の身分のはずだ。

 

「ディドさん。

 この人に本当にそんなことできるの?」 


【こいつ程度じゃあ無理だな。ウィルならできるだろうが】


 囁き声で問うと、また囁きが返ってきた。

 確かに、ウィルさんは王位継承権五位の王族だから、王族に対する侮辱罪を使えるだろう。

 王族侮辱罪は、証拠も目撃者も必要なくて、王族が『あいつに侮辱された』と一言言うだけで、一番軽い罰で本人の死刑、一番重いと実家の爵位と財産没収のうえ三親等の親族まで全員死刑になると、以前ディドさんが教えてくれた。

 聞いた時は罰が重すぎると呆れたけど、リーツァはいくつもの国を併合して大きくなっていってるから、リーツァ王家の権力を絶対的なものにするために、侮辱罪や反逆罪の罰がどんどん重くなっていったらしい。


 バカ大臣も、王太子に対する侮辱罪と反逆罪で捕まって、近いうちに死刑になり、実家も爵位と財産没収になるらしい。

 ここ五十年ほどは王族侮辱罪による死刑はなかったから、最近増長している一部の貴族への見せしめにするところまで、王太子の策略らしい。


 でも、私に侮辱罪が適用されることはない。

 『そんなことは俺が許さねえから、ウィルだろうが王太子だろうが気にすることはねえ』と、ディドさんに言われてる。

 これはウィルさん本人にも言われたから、最初の頃と変わらない態度で接している。


「おい、聞いてるのか!」


 どなるバカ騎士を見て、ため息をついてから、にこりと笑いかける。


「じゃあ、やってみて」


「……は?」


 間抜けな返事をもらしたバカ騎士を無視して、すたすた歩く。

 建物の入口から少し身体を入れて呼ぶ。


「ウィルさん、ちょっと出てきてください」


 しばらくの間を置いて、あわてた様子でウィルさんが出てきた。

 

「どうしたんだい?」


 おそるおそる聞いてくるウィルさんに、笑顔で言う。


「あの人に、髪の色が珍しいから自分の侍女にしてやると言われました。

 断ったら、『僕がその気になれば、おまえだけでなく、おまえの同僚も、上司も、全員王城から追い出せるんだぞ』と脅されました。

 鬱陶しいので追い払ってもいいですか?」


「なっ、あ、いや、ちょっと、待ってくれ」


 目を見開いたウィルさんはあせったように言葉をつなぎながら、私の背後のバカ騎士と私を交互に見る。


「私に、任せてもらえないか」


 またおそるおそる言われて、わざとしばらく間をおいてから、小さくうなずいた。 

 最初は鬱陶しいから実力行使しようと思ったけど、権力をふりかざすバカ騎士は、直接たたきのめすより、より強い権力で押さえつけるほうが効果があるだろう。

 ウィルさんは無駄なほどに権力を持っているのだから、たまには役に立ってもらおう。


「じゃあ、お願いします」


「ありがとう」


 ほっとしたように言ったウィルさんは、すぐ表情をひきしめて、私の横をゆっくりと歩いていく。

 ふりむくと、バカ騎士は呆然と立っていて、その背後でもう一人の騎士があわてて跪いていた。

 バカ騎士の三歩手前まで近づいて、ウィルさんは足を止める。


「警備ご苦労、私は竜騎士団団長、ウィレスリッド・クレアス・リドル・クローツァだ。

 君の所属と名前を教えてくれ」


 私に背中を向けているから表情はわからないけど、その声は今まで聞いたことがないような冷淡さだった。

 バカ騎士は、あわてたようにその場に跪く。


「ぼ、いえ、私は、近衛騎士団第十一小隊所属、ウォルト・クレイ・リナク・クロークです」


「そうか。

 君が侍女にしてやると言ったのは、私の専属侍女だ。

 彼女に対する無礼は、私に対する無礼と同じだ」


 淡々と続けられた言葉に、バカ騎士はぶるっと身体をふるわせる。


「も、申し訳ございません、あの、そんな、つもりはなくて、あの、軽い冗談のつもりで」


「『王城から追い出せる』などということは、冗談でも言っていいことではない。

 君がふりかざした権力は、君の父上のものであって、君自身のものではない。

 そして、権力には相応の責任がついてくる。

 それを理解せずに借りものの権力をふりかざすのは、最低の行為だ」


 さらに冷たくなった声に、バカ騎士はさらに身体をふるわせた。


「申し訳ございませんっ、その娘がクローツァ様のお手つきとは知らなかったんですっ、どうか、お許しくださいっ」


 その瞬間、上空のディドさんと、目の前のウィルさんの両方から、殺気に似た怒気が放たれる。


「ひぃっ!」

 

 それをまともに受けたバカ騎士は、情けない声をあげて尻餅をついてへたりこんだ。


「彼女は、侍女だ。

 下世話な憶測で彼女を侮辱するな」


 ウィルさんの声は、低く冷たく、抜き身の剣のような鋭さだった。


「ぅ、あ、あ……」


 バカ騎士が意味不明の言葉をもらし続けるのを見て、ウィルさんはゆっくりと大きく息を吐いて、怒気をおさめる。


「どうやら君は、王城で勤めるには、品位も教養も足りていないようだ。

 実家に戻って、しっかりと教わってくるといい。

 君、彼を実家まで送ってやってくれ。

 第十一小隊の隊長とクローク侯爵には、私から話しておく」


「は、はいっ、かしこまりましたっ」


 ウィルさんに視線を向けられたもう一人の騎士は、うわずった口調で答えると、へたりこんだままのバカ騎士をかつぐようにして連れていった。

 バカ騎士の姿が見えなくなると、ディドさんの怒気もおさまった。 

 ウィルさんはもう一度大きなため息をついてから、ゆっくりと私をふりむく。


「……不快な思いをさせて、すまなかった。

 彼はもう二度と王城に入れないように手配しておくから、許してもらえないだろうか」


 いつもの気弱そうな表情で言われて、答える前に気になったことを聞いてみる。


「さっきあの人が『お手つき』とか言ってましたけど、どうしてですか?」


「そ、それは……」


 言葉をとぎらせたウィルさんは、迷うように視線をさまよわせる。


【『専属侍女』ってのは、本来は所属するところの全員の世話をする侍女の中から、役職持ちの奴が目をつけた相手を自分専属にするのがほとんどで、つまりは妾ってことだ。

 だからさっきのバカも、おまえをウィルの妾だと思ったんだろ】


 かわりにディドさんが不機嫌そうな声を送ってくれて、納得すると同時に呆れた。


「それって、王城ではあたりまえのことなの?」


【まあそうだな。

 だが、さっきのバカみてえに、権力ふりかざして無理強いする奴は少ねえな。

 最初から妾狙いの女が、金持ってそうな奴がいるところの侍女に立候補することが多いからな】


「そうなんだ……」


 だとしたら、持ちつ持たれつで、いいのかな。


「……私が君に私付きの侍女になってほしいと言ったのは、決して不埒な意味じゃないんだ。

 ただ、そのほうがディドたちの世話をしてもらうには都合がいいだろうと、思っただけなんだ」


 ウィルさんにはディドさんの声は聞こえてないはずだけど、内容を察したのか、あせったような表情で言い訳めいたことを言ってくる。


「わかってます」


 ウィルさんにそんな度胸があるとは思えないし、もしあったとしても、応じる気はない。

 押し倒されそうになったら、遠慮なくたたきのめして、ディドさんたちとこの国を出ていけばいい。


「……ありがとう」


 ウィルさんはほっとしたように笑った。


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