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第2話

  

 朝食の後、私を送るためについてきていたウィルさんが、話したいことがあると言った。


「君の『家』のことなんだが、今かまわないだろうか」


「いいですよ、ディドさんもいますし」


 何か話しあいをする時は、必ずディドさんも同席してもらうようにしている。

 竜舎に近づくと、いつものように出入口近くに座って私を見守ってくれてたディドさんが外に出てきた。


【おかえり】


「ただいま、ディドさん。

 ウィルさんが、私の『家』のことで話があるんだって。

 一緒に聞いてくれる?」


【ああ、聞こえてた。

 場所は、どこにする?】


「ここのほうがいいかな?」


【そうだな。

 じゃあここにするか】


 ディドさんの言葉とともに、私たちの周囲にふわりと風の膜ができあがる。

 中の見えない音のもれない膜に、ウィルさんも慣れてきたのか、軽く周囲を見回しただけで何も言わなかった。

 軽く身体を丸めて寝そべったディドさんの尻尾の上に座っておなかにもたれる定位置におさまると、ウィルさんは数歩離れたところに私と向かいあうように腰をおろした。


「アリアの『家』についてだが、王太子殿下の許可が正式に出て、王城の出入り業者に注文を出すことになった。

 それで、参考のために君に離宮を見てもらいたいんだ。

 気に入ったものがあれば、それを模して造るほうが設計図から描くよりは早くできるらしい」


「まあ、そうでしょうね」


 元からあるものを真似て作るより、一から作るほうが時間がかかるのは、当然のことだ。

 村の家はほとんどが木造だったけど、王城ではほとんどの建物が防衛のために石造りで、木造なのは竜舎ぐらいらしい。

 私の知っている『家』の知識が役にたつとは思えないから、実際の建物を見て参考にしたほうが楽だろう。


【ちょっと待った。

 アリアの『家』を造るのに、離宮が参考になるわけねえだろ】


 ディドさんに言われて、思わず首をかしげる。


「どうして?」


【離宮ってのは、妾妃ひとりのための家ではあるが、住んでたのは妾妃だけじゃなくて、使用人もだろ。

 それ以外にも、護衛だの客だののための部屋もあるから、『ひとり暮らし用』の家の参考にはならねえぞ】


「ああ、なるほど……」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 貴族の令嬢は着替えすら自分でしないらしいし、当然使用人が複数いて、使用人の部屋も同じ建物内にあるのだろう。


「ディドさん、詳しいんだね」


【長年ここに住んでるからな。

 入ったことはねえが、上から見たサイズだけで考えても、離宮は参考にならねえだろ。

 竜騎士団の兵舎と同じぐらいの大きさだからな】


「そっか、それなら確かに見る意味ないね」


 苦笑しながらうなずいて、何か言いたそうに私たちを見ていたウィルさんに説明すると、ウィルさんは不思議そうな表情になった。


「『家』とは、そういうものだろう?」


「え?」


 不思議そうに言われて、また首をかしげると、ディドさんが説明してくれた。


【ウィルは騎士だから自分のことは自分でできるが、結局は公爵家の坊ちゃんで王族だからな。

 基準が全然違うんだよ。

 使用人の部屋や服だけの部屋とかも、『あって当然』だからな】

 

「そっか……」


【離宮は参考にならねえし、ウィルもあてにならねえから、おまえの好みを言って造らせたほうがいいだろうな。

 なるべく具体的にな】


「そうだね」


「……どうか、したのかい?」

 

 ウィルさんが、遠慮がちな口調で聞いてくる。


「ウィルさんの基準と私の基準がだいぶ違うみたいなので、自分の好みを具体的に言ったほうがいいと、ディドさんに言われました。

 必要な設備は、厨房、風呂、トイレ、食堂兼居間、寝室、物置で、他にはいりません」


「……それだけでいいのかい?」


 また不思議そうに言うウィルさんに、はっきりうなずく。


「それだけでいいんです。

 私ひとりが暮らすだけなら、それだけで充分ですから。

 一部屋ずつも、そんなに大きくなくてよくて、そうですね、竜騎士団の団長室の半分ぐらいでいいです」


「そんなに小さいと、暮らしにくいだろう」


「いえ、私にはそれで充分です。

 それと、壁にも床にも天井にも装飾とかはいりませんから。

 丈夫で、掃除しやすいほうがいいです」


 以前王太子に呼ばれて行った時に見た王城の内部を思い出して、念の為に付け加える。

 ハデではなかったけれど、それでも細かな細工が床にも壁にも天井にも柱にも扉にもあった。

 あんな細工があったら、おちついて暮らせないし、掃除が大変だ。


「装飾……?」


 首をかしげてるウィルさんには、それらもまた『あって当然』で、装飾として意識してなかったのだろう。

 どうやら根本的に思い描いているものが違いそうだ。

 これでは私の望むようなものができそうにないけど、だからといって自分で設計なんてできない。

 どうしたものか悩んでいると、ウィルさんが言う。


「それだと、まるで詰所みたいだな。

 住むには不便じゃないか?」


「詰所? 騎士のですか?」


「ああ。王城は広いから、何箇所かに巡回の騎士の詰所があるんだ。

 数時間いるだけだから、最低限の設備しかない。

 何度か立ち寄ったことがあるが、窮屈そうだったよ」


 貴族のお坊ちゃまのウィルさんが不便に感じるなら、庶民の私にはちょうどいいかもしれない。


「その詰所を、見せてもらえませんか?」


「どうしてだい?」


「参考にしたいんです」


「……君が見たいならかまわないけど……」


 とまどいながらもウィルさんがうなずくと、黙って私たちの話を聞いていたディドさんが、軽く頭を持ちあげて言った。


【俺も行くぞ】


「え、でもディドさん、詰所には入れないでしょ?」


【それはわーってる。

 だから上空にいる。風の膜をまとってりゃ見えねえからな。

 それと、念の為に、おまえに風の膜をつけさせろ。

 ウィルだけじゃ心配だ】


「ついてきてくれるのは嬉しいけど、詰所って王城内でしょ?

 巡回してる近衛兵もいるんだし、危険なことなんてないでしょ?」


 もしあったとしても、自分で対処できる。

 ディドさんは、私に顔を近づけて目線を合わせると、ゆっくり言う。


【直接的な危険だけとは限らねえ。

 バカ大臣がらみでちょいとハデにやったからな、あれ以来俺らの周りを探りにくる奴らが増えてる。

 他国の間諜どもは俺らの弱点を探してるし、国内の貴族どもは俺の『お気に入り』のおまえに取りいろうとしてんだ。

 国内の貴族っつっても、ほとんどは併合した国、つまり元敵国の奴らだ。

 おまえを通じて俺らの弱点を握ったり、操れるようになったら、反乱を起こしてこの国を乗っ取れる、とか考えてるんだろう。

 普段竜舎と竜騎士団の兵舎との行き来しかしねえおまえが出歩いたら、ここぞとばかりに押しよせてくるかもしれねえ。

 俺の『お気に入り』のおまえを殺してこの国の貴族のせいにして、国と俺らを仲違いさせようって考える間諜もいるかもしれねえしな。

 だからウィルに言って人払いさせたうえで、念の為に風の膜をつけさせろ。

 上から見ててヤバそうな奴がいたら即排除するが、室内じゃあ対応が遅れるからな】


「そっか……」


 たとえば暗殺者なら力ずくで排除すれば済むけど、貴族たちなら、裏の思惑があったとしてもあからさまでない限りは排除するわけにはいかない。

 だからといって、相手の思惑を見極めて対応を変えるなんて面倒なことは、私にはできそうにない。

 だったら、はじめから誰も近寄らせないのが、確かに一番楽そうだ。

 風の膜は、心配しすぎな気もするけど。


「そうだね、じゃあお願いね」


【おう、任せとけ。

 んじゃ、ウィルに説明してやれ】


「うん」


 何か言いたそうな顔で待ってたウィルさんにディドさんとの話を説明すると、ウィルさんはため息ついた後でうなずいた。





 翌日、巡視当番のキィロを見送ってから、ディドさんとウィルさんと一緒に詰所に向かうことになった。

 王城内にいくつかある詰所の中で、近くに建物がなく、一番人目につかないところを選んで、人払いをしてあるそうだ。

 竜舎は王城の敷地内の端のほうで、詰所があるのは城を挟んで反対側あたりで、歩いていくと三十分以上かかるから馬車を用意すると言われたけど、村にいた頃は移動手段は歩くしかなかったから、かまわないと断った。

 そうしたらディドさんが、歩いてる間に誰が寄って来るかわからないからと言って、私とウィルさんを風の膜で包んで上空に浮かばせて、詰所の横まで運んでくれた。


 詰所は石で造られた平屋建てで、扉が一つと窓がいくつかあった。

 まず周囲をぐるりを見てまわってから、ウィルさんが持っていた鍵で、入口の木の扉を開ける。

 目隠しの風の膜をまとって上空にいるディドさんに軽く手をふってから、中に入る。

 入口からと、薄いカーテンがかけられた窓からさしこむ光しかないから、部屋の中は薄暗かったけど、私には充分だった。

 入ってすぐが待機する部屋のようで、大きな木のテーブルといくつかの椅子があった。

 入口の扉から見て左の壁に、奥の端あたりと中央あたりに扉が二つある。

 端のほうの扉を開けてのぞくと、小さな厨房だった。

 中央の扉を開けると短い廊下があり、廊下の右手に風呂とトイレ、左手に部屋が二つある。

 大きいほうの部屋には仮眠用らしいベッドが二つ並んでいて、小さいほうの部屋には木箱などが置いてあったから、物置として使っているのだろう。

 ざっと見て回って、最初の部屋に戻り、外に出た。

 

「……どうだった?」


 黙って後をついてきていたウィルさんが、心配そうに言う。


「ちょうどいいです。

 間取りも大きさも、ほぼ私の希望通りなので、いっそこの詰所をそのまま私の家としてもらえませんか?」


 ディドさんに頼めばすぐ運んでくれるだろうから、今すぐ使うことができる。


【気にいったんなら、同じものを造らせりゃいい。

 見本があるから、すぐできるだろ】


 上空にいるディドさんから、風に乗せて声が届く。


「いや、君に古いものを使わせるわけにはいかないよ。

 これを気にいったのなら、そっくりに造らせよう。

 手本があるから、すぐにできるはずだ」


 ウィルさんにも同じようなことを言われて、小さく息をつく。


「わかりました。

 じゃあこれと同じものをお願いします」


 ウィルさんはほっとしたようにうなずいた。


「わかった。すぐに手配するよ」

   



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