第1話
この章は1話ごとに1エピソードになっています。
フィアの話を聞き終えて、ふと気になったことがあった。
横に置いてあったトレーからカップを取りあげ、少し冷めた紅茶を一口飲む。
仕切りの壁にもたれながら、ちらりと横を見る。
ディドさんに頼んで新たに張ってもらった防音効果つき風の膜の向こうで、眠る幼生を角にからませたルィトさんが座った姿勢でじいっとこちらを見ていた。
まだ本調子じゃないフィアが心配なのはわかるけど、フィアと二人だけでゆっくり話したかった。
そう言っても、ルィトさんは最初は離れてくれなかったけど、ディドさんが口添えしてくれたおかげで、しぶしぶ膜の外に出てくれた。
不満そうだから、後で文句を言われそうだけど、私にも言いたいことがあるからちょうどいい。
でも、まずはフィアからだ。
考えをまとめて、クッションの上に座りなおした。
「ねえ、フィア」
【なあに?】
「『自分より上は男の子ばかり』って言ってたけど、女の子の友達はいなかったの?」
【ああ、えっとね、二角ぐらい上に、二体いたの。
でも、二体とも、私が半角すぎるころには、幼生を産んでたから、近づけなかったの】
「……そう……」
幼生を産んだばかりの母親は、伴侶か母親ぐらいしか近づけないから、しかたないだろう。
「幼生たちが大きくなってから、話をしたりしなかったの?」
【あんまり……。
その子たちが大きくなる頃には、キィロにせがまれてこっちに旅をしてばかりだったし、成体になってすぐこっちに来ちゃったし、ゆっくり話をする時間とか、なかったの。
あ、彼女たちだけじゃなくて、里のみんなともね。
……私、よく知らない相手と話をするの、苦手なの。
だから、キィロと、自分の親と、キィロの親とぐらいしか、まともに話してなかったかも】
「そう……」
キィロにつきあわされてあちこち出歩いてたうえに、気軽に話せる同性がいなかったなら、知識が少ないのはしかたないかもしれない。
伴侶ができた後で母親と話す機会があれば、また違ったかもしれないけど。
【それが、どうしたの?】
きょとんとして問いかけるフィアに、小さくため息をつく。
「あのね、フィア。
ルィトさんの行動は、よくなかったわ。
伴侶の誓いをたててから半角も経たないうちに離れるなんて、そりゃあ寂しくなるわよね。
でもね、あなたがしたことも、よくなかったわ」
【え、何が……?】
きょとんとしたフィアを見つめて、ゆっくりと言う。
「幼生を自分だけで産んだことよ。
すごくエネルギーが必要だっていうのは、実感したわよね?」
【ええ……】
「二角にもなってないあなたは、エネルギーの蓄えが少ない。
なのに自分だけで無理して幼生を産んだら、へたしたらエネルギーがたりなくなって、死んでしまってたかもしれないのよ。
そうなったら、あなたからエネルギーをもらえない幼生も、死んでしまったかもしれないわ。
つまり、あなたがしたことは、あなた自身とあなたの幼生を殺そうとしたのと、同じようなものなの」
【殺すだなんてそんな、人間と一緒にしないで!
私は自殺なんかしないし、幼生を殺したりもしないわ】
強い口調で反論するフィアを、じっと見つめる。
「幼生を産んだ後、あなたは疲れて動けなくなってたわよね?
ルィトさんが砦から戻ってきて、角の力を渡してくれなかったら、目覚めるまでもっと時間がかかったわよね?
幼生にあげるエネルギーも、ほんの少ししかなかったわよね?」
【それは……そうだけど……】
「もしあなたが目覚めるのに時間がかかってたら、その間に幼生はどんどん弱っていったでしょうね。
幼生にエネルギーをあげられるのは親だけなんだから。
そのことは、知ってたわよね?」
人間の赤子は牛乳でも飲めるから、世話してくれる人がいたなら最悪親が死んでも生き延びられる。
だけど、ドラゴンはそうじゃない。
親が死ねば、エネルギーをもらえなくなった幼生も死ぬ。
自分でエネルギーを吸収して生きていけるようになるには、生後十年はかかるのだ。
【……それは……知ってたけど……】
フィアはようやく理解してきたのか、弱い口調で言う。
「けど、幼生を産むのがどれだけ大変なことなのかは、知らなかったのね?」
【…………うん】
聞く機会がなかったのだから、知らなかったのはしかたない。
だけど、その危険さはちゃんとわかってもらわないといけない。
「伴侶になって半角もすぎてないのに、あなたをほうっていったルィトさんも悪いけど、さみしいからってひとりで幼生を産んだあなたも悪いんだってこと、理解できた?」
【…………うん】
小さくうなずいてうなだれたフィアに、にっこり笑いかける。
「じゃあ、お説教はここまでね。
次は、子育てについて話しましょ。
私がおぼえてることは、なんでも話してあげる。
気になってることがあったら、なんでも聞いてちょうだい」
ゆっくりと頭を上げたフィアは、私を見てほっとしたように笑った。
【ありがとう……よろしくね】




