~フィア~
本編と関連してますが本筋からははずれる内容なので、閑話としました。
ドラゴンのフィアがアリアに語っているイメージでお読みください。
私がこっちに来たのは、キィロに頼まれたからなの。
私とキィロは、一番年が近かったから、キィロが小さい頃からずっと二体だけで遊んでたの。
私より上も、キィロより下も、半角以上年の差があったの。
小さい頃の半角の差って大きいし、特に私より上は男の子ばかりだったから、必然的に一番年が近いキィロと遊んでたの。
キィロは、小さい頃から好奇心旺盛で、私がやることはなんでも真似したがったわ。
キィロにはまだ早いって親に言われても、一緒にやるんだって駄々こねるの。
私も、一緒のほうが安心するし、一緒にやりたいって言ったの。
だから、飛び方を習うのも、風の使い方を習うのも、キィロと一緒だった。
でも、私が一角をすぎて、初めてこっちの大陸に渡った時だけは、別だった。
あ、砂の一族では、一角をすぎて親が大丈夫って判断したら、南大陸一周をする習慣があるの。
もちろん親も一緒にね。
私の親も、キィロの親も、半角をすぎたばかりのキィロには大陸を渡る力がないって反対した。
私も、いつもならキィロと一緒がいいって言うとこだけど、その時だけは、親と同じように反対した。
だって当時のキィロは、当時の私より二周りは小さかったんだもの。
それまでの私たちの一番の遠出は、二つの大陸を隔てる海のまんなかぐらいまでだったけど、その時でもキィロは途中で疲れて飛べなくなって、帰りのほとんどは親に背負われてた。
大陸を渡るなんて、絶対無理だってことは、私でもわかった。
キィロは、その時と同じように疲れた時だけ背負ってくれればいいって言ったけど、それじゃだめだって、行きも帰りも自分で飛べるぐらいじゃなきゃ無理だって、みんなに言われた。
私も親たちと同じように反対したから、キィロは相当ショックだったみたい。
すねて砂山にもぐっちゃって、私が親と一緒に旅立つ時もそのままだったわ。
気にはなったけど、でも初めて渡る南大陸が楽しみだったから、そのまま出発したの。
南大陸をのんびり一周して、里に戻った時、キィロはやっぱり顔を見せなかった。
まだすねてるのかなって思ったけど、私が親と離れたとたんにやってきて、南大陸の話をねだってきたから、内心ほっとしたわ。
キィロは、こっちにはない果物や、人間の話を面白がってた。
特に、人間と暮らしてるディドさんたちの話を気に入って、何度もねだってきて、私は呆れながらも何度も同じ話をしてあげた。
一角になったらすぐ行くんだってはしゃぐから、『一角になっても飛べなきゃ無理よ』って言ったら、それから毎日のように長距離を飛ぶ練習につきあわされて、大変だったわ。
まあおかげで私も速く長く飛べるようになったけど。
キィロは、一角になってすぐに、親と一緒に念願の南大陸一周の旅に出たわ。
私は、その時は一緒には行かなかったの。
帰ってきたキィロは、よっぽど南大陸が、というよりディドさんたちに挨拶に行った時に分けてもらった果物が気に入ったみたいで、また行きたいって、帰ってきた直後から言ってた。
それから何回かは、親にねだって一緒に行ってもらってたけど、そのうち自分だけで行きたいって言い出したの。
それはまだ危険だってキィロの親が反対して、行きたいなら一緒に行くからってなだめて、実際一緒に行ってた。
だいたいは、私も一緒に行ったわ。
キィロに一緒に行こうってねだられたし、キィロほどじゃないけど私もこっちの果物が好きだったし。
でも、いつもいつもディドさんたちにもらうばっかりじゃ悪いから、人のいない森に降りて果物を取ったりしてたの。
人間は、……私も、あんまり好きじゃないわ。
木を切り大地を削り水を汚すくせに、水がないだけで死んでしまうような、よくわからない生き物なんだもの。
自然の恵みに頼って生きてるのに、自然を壊すなんて、おかしいわよね。
人間が増えた土地は、自然の力が減っていくから、自然の力を吸収して生きてる私たちドラゴンにとっては、敵って言ってもいいぐらいじゃないかしら。
北大陸に人間がいなくてよかったと、南大陸に来て人間に削られた森や草原を見るたび思ったわ。
キィロも、人間に興味を持ってたけど、姿を見られないようには気をつけてた。
ディドさんたちに会いに行く時も、人間がいない深夜を選んでたのよ。
砂の一族では、一角半になったら成体とみなされるの。
その後は、里ですごすのも、旅に出るのも、自由にできる。
え、風の一族では二角になってからなの?
ふうん、きっと、砂の一族は好奇心旺盛で、好き勝手飛び回りたいから、早くなったのね。
でも私は、のんびりしてるほうが好きだから、そのまま里にいるつもりだった。
なのにこっちに渡ってくることになったのは、やっぱりキィロにおねだりされたからなの。
南大陸で、ディドさんたちと一緒に暮らしたい、って。
ほんとは自分だけで行きたかったみたいだけど、その頃キィロはようやく一角半ばぐらいだったから、それは無理だってことはわかってたみたいなの。
でも、親と一緒じゃ、楽しめない。
だから、私を利用したわけ。
『成体と一緒ならどこに行ってもいい』っていう習慣を利用して、親を説得っていうか泣き落とししたの。
キィロの親は、最初は反対してたけど、最後は根負けして、半角ぐらいの間ならいいって許しちゃったわ。
私も泣き落としされちゃって、でもまあ半角ぐらいならいいかって思って、こっちへ渡ってきたの。
まずはディドさんたちに挨拶しようと思ってこの国へやってきたら、手前の平原にすごい数の人間が集まってて、びっくりした。
後から聞いたんだけど、私たちが来たのは、ちょうど他の国が団結してこの国へ攻めこもうとしてた時だったそうなの。
私もキィロも、そんな数の人間を見たのは初めてだったから、びっくりして、そしてちょっと恐かったの。
すぐ離れようとしたんだけど、人間に見つかって、とたんにいろんな物が下から投げつけられてきて、よけい恐くなった。
これも後から聞いたんだけど、ディドさんたちは国境で待ってたんですって。
攻めてきたら迎えうつけど自分たちから攻めていきはしないっていうのが、リーツァの初代国王との約束で、ずうっとそうしてきたから、攻めてきた国のほうも、国境に近づくまでは安心って思ってたらしいの。
なのに私たちが現れたから、奇襲を受けたって勘違いして、あわてて槍を投げたり弓で撃ったりしてきたらしいの。
私たちはかなり上空にいたから、槍も矢も全然届かなかったし、届いたとしても傷つきはしなかっただろうけど、敵意を向けられること自体が、恐かったの。
キィロも恐かったみたいで、思わず飛んできたものを風でなぎはらっちゃったの。
手加減なしの風は、槍や矢だけじゃなく、人間たちまでふっとばしちゃってた。
ディドさんは、誰も傷つかないよう風の膜でくるむようにして押し返してたらしいけど、キィロはそんなやりかたまだ知らなかったから、思いっきりふっとばしちゃって、怪我した人間もたくさんいた。
どなり声やうめき声や泣き声や、さまざまな声が混じりあって、よけい恐くなって、キィロと寄りそいあってふるえてたら、ルィトがやって来たの。
風の力を感じたから、様子を見にきたんだって言ってた。
私たちを見つけて、驚いたみたいだったけど、今までに何度も会ってたし、すぐに私たちをディドさんたちのところに連れてってくれた。
ここで暮らしたいってキィロが言ったら、まだ成体にもなってないのにってみんなに呆れられたけど、受け入れてもらえた。
騎士団にはディドさんが交渉してくれたんだけど、ちょうど攻めこまれかけてたとこだったから、ドラゴンが増えるのは大歓迎だったみたい。
キィロは、自分の名前をちゃんと呼んでもらえなくて、すねてたけど。
ルィトは、まるでお兄さんみたいに、私やキィロの面倒を見てくれたの。
ここにいるドラゴンの中で一番若いのが自分だったから、下ができたのが嬉しかったみたい。
今までは私がキィロの面倒見なきゃって思ってたけど、ルィトに『俺に任せて。もっと頼っていいよ』って言われて、すごく気が楽になった。
キィロも、ディドさんたちも好きだけど、ルィトはもっと好きになった。
でもそれは、あくまでも憧れみたいな『好き』だったの。
それが変わった瞬間は、今でもはっきりおぼえてる。
しばらく前、少し長めに眠って、目を覚ました時、はっきりとは言えないんだけど、何かが、変わった気がしたの。
そして、ルィトを見たとたん、ルィトが伴侶なんだって、わかったの。
親からそういうふうに聞いてはいたの。
『伴侶になるべき相手に出会ったら、すぐわかるよ』って。
でも小さかった私には意味がよくわからなかったし、年の近い女の子もいなかったし、伴侶がわかるようになるのは二角になってからとも聞いてたから、すごくびっくりしたけど、すごく嬉しかった。
後からキィロに聞かれたんだけど、うまく説明できなかったわ。
でも、ルィトを見た瞬間に、ああ私の伴侶はルィトなんだって、わかったの。
アリアはどうだった?
そう、じゃあ風の一族も、『その瞬間』は一緒なのね。
あれは、実際に経験してみないと、わからないわよね。
私がわかったように、ルィトもその時に私が自分の伴侶だってわかったんだって。
だからすぐに伴侶の誓いをたてたの。
でも、私は二角前だし、なんとなく恥ずかしかったから、キィロ以外には内緒にしてたの。
それからは、ルィトとずっと一緒にいたわ。
騎士団の巡視の時だけは我慢したけど、それ以外はずっと一緒。
幸せだった。
なのに……。
突然、ルィトが東の砦に行くことになったの。
今まで東と西の砦には一体ずつドラゴンがいたんだけど、私とキィロが来て、王都にいるドラゴンが六体になったから、もう一体ずつ砦に追加することになったんだって。
任期は三年だと人間が言ってたけど、私は一日でもルィトと離れるなんて、いやだった。
だけど、ルィトは『ほんのちょっとの間だけだよ。砦の任務は面白そうだからやってみたいんだ。任期が終わったらすぐ戻ってくるから』って言って、砦に行ってしまったの。
すごく寂しかった。
ルィトに会いに行きたかったけど、一度行ったらきっと戻ってきたくなくなるってわかってたから、我慢してたの。
ルィトにも、ここで待ってるって約束したし。
もうすぐ成体になるキィロは、前ほど頼ってこなくなったから、よけい寂しかった。
寂しくて、哀しくて、つらくて……。
ふと思ったの。
子供がいたら、寂しくなくなるかもって。
子供の作り方は、本能みたいなもので最初から知ってた。
それで、試してみたら、幼生を生むことができたの。
すごく嬉しかったけど、すごく疲れちゃって、でも幼生を守るためにしっかりしなきゃって思ってた。
そしたらアリアが来て、ゆっくり眠れるようになって、すごく助かったわ。
ルィトも帰ってきてくれたし、角の力をもらって元気になれたし、これからは、ルィトと幼生と一緒だから、もう寂しくないわ。
アリアにはすごく感謝してるの。
本当にありがとう。




