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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第五章 砦のドラゴン
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特別編 月光

最後の夜のウィル視点です。

 

 砦の責任者である小隊長の部屋で、レィゾが抜けた後の警備体制の変更についてうちあわせをし、アリアから聞いたヴィノとレィゾの要望も伝える。

 話が一段落したところで、小隊長が言った。


「ところで、アリア嬢とクローツァ団長は、恋仲なんですかな」


 突然の言葉に、思わず持っていた書類を落としそうになった。


「な、んで、な」


 あまりに驚きすぎて言葉すらまともに発せずにいると、小隊長はいかつい顔に押さえきれない好奇心を浮かべて言う。


「いえ、ディド殿に二人で騎乗してらっしゃいましたし、夕食も二人きりでしたし。

 若い奴らがおちこんでましたよ。

 特にセルツォは、話しかけられて舞い上がってましたからね。

 夕食の時に声をかけたかったようですが、団長と二人きりで食事すると聞いて、おちこんでろくにメシも食えなかったようで」


 セルツォは、ヴィノの竜騎士の中で一番若い騎士だ。 

 確かディドに清水と果物を届けに行っていたから、その時にアリアと話したのだろう。


「アリア嬢がどういう身分の方かは知りませんが、相手が王族の団長じゃあ、かないっこありませんからねえ」


 そう言って小隊長はにやりと笑う。

 確か侯爵家の出だったはずだが、砦勤めが長いせいか王城にいる貴族たちとは比べものにならないほど率直な言葉に、複雑な思いが心をよぎる。


「……アリアは、身分は平民だが、ディドが……とても、気に入ってるんだ。

 アリアも、ディドを信頼していて、とても仲がいい。

 私が入りこむ隙などないぐらいにね」


 自嘲気味になってしまった言葉に、小隊長はわずかに目を見開いたが、すぐに苦笑する。


「相手がドラゴン様じゃあ、さすがの団長もかないませんか」


「……ああ」


 夕食を食堂で食べるとさわがしいから、というのは、半分は口実だった。

 アリアと二人きりになりたかったのだ。

 兵舎ではサラたちがいたし、それ以外ではディドと一緒だから、アリアと二人きりになれたのは今夜が初めてだった。

 だが、実際二人きりになると、緊張してうまく話せなかった。

 アリアが淡々とドラゴンたちの要望を伝えてくれたおかげで、途中からは冷静になれたが、結局事務的な話だけで終わってしまった。

 レシスに言われたからではないが、アリアともっと親密になりたいとは思う。

 だが、今までまったく女性とつきあったことがないから、どういう会話をすればいいのかわからない。

 内心困っている間に食事が終わり、アリアはさっさと出ていってしまった。

 明日は朝食を食べて準備ができ次第出発の予定だから、もう二人きりになるのは無理だろう。

 いや、まだ今夜がある。

 寝る前に少しだけ話がしたいと誘ってみようか。

 段取りを考えていると、小さなノックの音がした。

 小隊長が応じると、若い騎士がおずおずと入ってくる。


「……あの、団長……」


「なんだ?」


「……その、一時間ほど前に、ディド殿がどこかへ飛んでいかれたきり、戻ってこられてないんですが……」


 ためらいがちに言われた内容に驚くが、王都ではそう珍しいことではない。


「ディドは時々自分だけで飛びたくなるらしくて、夜にでかけることがあるんだ。

 気が済んだら戻ってくるから、心配はいらない」


「あ、そうなんですか……でも……」


 ほっとしたように言って、だがためらいがちに言葉を切った騎士は、しばらくの間を置いてからおずおずと言う。


「……アリア嬢も、一緒だったようなんですが……」


「アリアが!?」


 驚いて思わず立ちあがると、騎士はびくりとして半歩下がる。


「は、はい。

 あの、自分は砦の周辺を巡回してたんですが、声が聞こえてきて、見上げたら、屋上にディド殿がいらっしゃって、その背中にアリア嬢が乗ってらっしゃったんです。

 そしてそのまま、……飛んでいかれたようで……」


 騎士が困惑しているのは、通常業務以外でドラゴンに騎乗するには近衛騎士団総帥か軍務大臣の許可がいるからだ。

 軍務大臣が無理やり決めたこの規則は、近いうちに撤廃される予定だが、現状ではまだ有効だ。

 この規則に反した時の罰則は、十日間の謹慎となっている。

 だが、これは騎士に対する規則だ。


「……アリアは、特例として規則は適用されない。

 これは王太子殿下も了承済みだ」


 具体的にこの規則に関して了承をしたわけではないが、竜騎士団としての任務以外での不干渉をレシスが約束している。

 ディドなら、アリアを危険なめにあわせるわけがないし、おそらく散歩感覚なのだろう。

 それでも、一言言ってほしかったと思ってしまう。

 ディドにも、アリアにも。

 その想いを心の底に沈めて、穏やかな表情を作る。


「問題はない。

 だが、よけいな混乱を招かないようにそのことは黙っていてくれ」


「は、はいっ、了解しましたっ」


 騎士はほっとしたような表情で敬礼して、部屋を出ていく。

 小隊長の何か言いたげな視線を感じながらも、気づかないふりで書類をまとめた。


「では、私は部屋に戻る。

 何かあったら部屋に来てくれ」


「……了解しました」


 小隊長の視線をふりきるように部屋を出て、自分に与えられた部屋に戻る。

 書類を机の上に置いて、思わずため息をついた。

 久しぶりの長時間の飛行で疲れていたし、明日も同じ距離を飛ぶのだから、早く寝たほうがいいとわかってはいた。

 だがきもちはおちつかず、結局部屋を出て階段をあがり、屋上に出た。

 冬のはじめの空気は澄んで、満月の光がいつも以上にまぶしく感じられた。

 ぼんやりと見上げていると、ふいに影が視界の端をかすめた。

 一瞬で上空に現れたディドが、音もなくふわりと着地する。

 その背中から、飛行用の制服を着たアリアがひらりと飛びおりた。


「……お帰り」


 なんと言っていいかわからず、とりあえず言うと、アリアはわずかに驚いたような表情になる。

 だが、軽く頭を下げて言った。


「ただいま戻りました。

 わざわざ待ってらっしゃったのは、何か用事ですか?」


「……用事というほどではないんだが、巡回していた騎士から、君たちがでかけたまま戻らないと報告があってね」


「ええ、ディドさんとちょっとでかけてきたんです」


 そう言って笑うアリアは、年相応のかわいらしさだった。

 驚きながらも、言わなければならないことがある。


「……竜騎士団の規則で、通常の任務以外でドラゴンに騎乗するには近衛騎士団の総帥である王太子殿下の許可が必要なんだ。

 ドラゴンは、我が国にとってそれだけ重要な存在だからね」


 呆れたような表情になったアリアが何か言うより早く、その背後にいたディドが声をあげる。


「ディドはなんと言ったんだい?」


「『おまえらが勝手に決めた規則は、俺には関係ない。俺がアリアと一緒に飛びたかったから、そうしただけだ』だそうです」


「……………………」


 関係ないと言いきられてしまったら、返す言葉がない。

 そもそもドラゴンと竜騎士団の関係は、ドラゴンの好意で成り立っているのだ。

 黙りこんだ私に、さらにディドが何か言う。


「『必要なことはやってやるが、よけいな口出しはするな』だそうです」


 問いかけるより早く、アリアが通訳してくれる。


「……口出しするつもりはないよ。

 だが、万が一のこともあるから、ディドとでかける時は私に声をかけてほしい」


 アリアはじっと私を見つめ、小さくうなずいた。


「わかりました。次からはそうします」


 ほっとした私から視線をそらし、背後のディドをふりむく。


「じゃあ、ディドさん、私はもう寝るね。

 明日もよろしくね」


 そう言うアリアの声も、ディドが答える声も、やけに優しく響いた。 


「失礼します。おやすみなさい」


「……おやすみ」 


 私に向けられる声も表情も、いつもの淡々としたもので、ディドに向けられるものとは大違いだ。

 階段をおりていくアリアを見送って、ディドをふりむく。

 月光を浴びて、砂色の身体は白く輝いていた。

 きれいだと、素直に思う。


「……おやすみ、ディド。

 明日もよろしく頼む」


 ゆっくりと言うと、ディドは軽くうなずいてバルコニーの隅に寄り、寝そべって身体を丸めた。

 アリアに対する時とはまるで違うそっけない態度が、アリアだけが特別なのだと、明確に示している。

 アリアもそうだ。

 それが、悔しかった。

 ディドの特別になれないことも。

 アリアの特別になれないことも。

 だが、アリアとはまだ出会ったばかりだ。

 ディドとはもう二十年以上のつきあいだが、はっきりした意思疎通ができるようになってからなら、アリアと出会ってからと大差ない。

 まだ可能性はあるはずだ。

 まずは信頼を得られるように、努力しよう。

 改めて誓いながら、階段をめざす。



 ふとふりあおいだ月は、まるで励ますかのように優しく私を照らしていた。 


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