第8話
王太子やウィルさんたちが改めて話しあった結果、西の砦から東の砦に一体移ってもらうことになったらしい。
二体のうちどちらでもいいけど、もし希望があるなら聞いてほしいとのことで、ウィルさんと一緒に西の砦に行くことになった。
行くだけで半日以上かかるから、砦に泊まることになり、必要な小物や着替えをなるべく小さくまとめた。
当日の朝、朝食を食べてしばらく休憩してから、竜騎士の飛行用の制服に着替える。
裁縫が得意なサラさんが、ウィルさんの予備の制服を私のサイズに詰めてくれたものだ。
私も一緒に砦に行くことが決まった後で、ディドさんが私にも制服があったほうがいいと言い出して、でもすぐには作れないから、ウィルさんがサラさんに頼んだ。
飛行用の制服は普通の制服より厚手の生地で、風を通しにくくなっている。
ディドさんが風の膜で包んでくれるから風が当たる心配はないけど、ズボンだと横座りしなくていいから、スカートより楽なのは確かだ。
ズボンを履くのは初めてだけど、動きやすくて楽でいい。
騎乗用の鞍も、ウィルさんの鞍の前にくっつける形のものが、やはりディドさんの指示で急遽作られた。
西の砦は、ディドさんに乗って五時間ほど飛んだ荒野の中心にあった。
途中の街で昼食や長めの休憩を取ったから、着いた時には空は夕焼け色に染まり始めていた。
国境といっても区切る壁があるわけではなく、両国の間にある広大な荒野の真ん中が国境だと政治的なやりとりで定めてあるだけで、出入りもほぼ自由らしい。
荒野の中を両国から道が伸びていて、大きな門でつながっている。
門を中心にして大きな石を組みあげて作った横長の三階建ての建物が、西の砦だ。
最上階の半分がバルコニーになっていて、そこにディドさんがふわりと下りたつと、待っていた騎士数人が走り寄ってきて敬礼した。
「クローツァ団長、お待ちしておりました!」
昨日ディドさんとウィルさんが巡視のついでに寄って、今日私たちが来ることを説明しておいたそうで、騎士たちは私をちらちら見ながらも、誰なのかと問いかけてはこなかった。
「ああ、遅くなってすまない」
答えたウィルさんは、先におりて私に手をさしだす。
「一人で大丈夫です」
それを断って、鞍をつかんでひょいと飛びおりた。
やっぱりスカートに比べて、すごく動きやすい。
農作業もスカートではなくズボンでしたら、効率が上がる気がする。
そんなことを考えている間にウィルさんが手早くディドさんの鞍をはずし、ひかえていた騎士に渡す。
「ディドに清水と果物を頼む」
「はっ、かしこまりました!」
「私はこの砦の責任者と話してくるから、ディドとアリアは、ヴィノとレィゾと話していてくれ」
【おう】
「わかりました」
バルコニーの端の階段から騎士たちと降りていくウィルさんを見送って、その横の部屋に近づく。
部屋といっても、バルコニーに面した部分は壁がなく、下の階よりもはるかに天井が高い。
そこに、二体のドラゴンがいた。
床に座って軽く身をのりだすようにして、興味津々の表情で私を見ている。
【ヴィノ、レィゾ、こいつが昨日話したアリアだ】
「はじめまして、私は風の一族のシェリャンフェアリア、だった者です。
砂の一族の方にお会いできて光栄です。
今は翼と尻尾がありませんので、このような形でご容赦ください」
できる範囲でドラゴン式の挨拶をすると、二体も挨拶を返してくれた。
【ディドさんから話を聞いた時は驚いたが、本当にドラゴンの力を持ってるんだな】
【ああ、面白いな】
右側のヴィノさんが言い、左側のレィゾさんがうなずく。
ヴィノさんの角は二本と四分の三ほど、レィゾさんの角は三本だ。
王都に来たのは、ヴィノさんが五十年前、レィゾさんが六十年前ぐらいだと、ここに来る前にディドさんが教えてくれた。
ヴィノさんは王都が気に入らなかったらしく、四十年ほど前からずっと砦にいるらしい。
レィゾさんは、王都や東の砦を行ったりきたりしていたけど、十年ほど前からはずっと西の砦にいるそうだ。
【記憶もあるという話だったが、どれぐらいおぼえているんだい?】
「そうですね、里のことや」
階段を駆けあがってくる足音に、言葉をとぎらせる。
騎士が緊張した表情で近寄ってきて、びしりと背筋を伸ばして立った。
「失礼します!
ディド殿に、清水と果物をお持ちしました!」
「ありがとうございます」
手を伸ばして水の入った陶器の瓶と小さく切りわけられた果物の皿を受けとると、騎士はなぜか真っ赤になってから、敬礼して去っていった。
「ディドさん、どうぞ」
【おう、ありがとよ】
ディドさんに瓶と皿をさしだすと、ディドさんは弱い風を起こしてまず水を瓶の中から巻きあげ、そのまま口元に運んで吸いこんだ。
同じようにして果物も食べる。
【オレンジは、やっぱ王都で食うよりこっちのほうがうまいな】
【そりゃあすぐ近くで作ってるからね】
ヴィノさんが、なぜか嬉しそうに言う。
【アリアも食ってみろ。うまいぞ】
「ありがと、ディドさん」
ディドさんは、いつも自分の分の果物をいくつか私にわけてくれる。
皿に残っていた三切れのうち、ひとつをつまんで口に入れる。
「本当だ、王都で食べたのよりおいしい」
ドラゴンのために王都周辺に果樹園があるけど、種類によってはうまく育たなくて、地方から持ってきている物もある。
オレンジはこのあたりが特産らしいから、鮮度が違うのだろう。
ドラゴンに乗ればまっすぐ飛んで数時間の距離だけど、馬車では道を通らなきゃいけないから、二十日近くかかるそうだ。
【そうだろ、このあたりはオレンジが特産品だからな】
ヴィノさんが、また嬉しそうに言う。
「ヴィノさんは、ここでの生活を気に入ってるんですね」
【ああ。
王都は狭いし人が多すぎる。
ここは荒野で、北大陸の里に似ているし、果物もうまいからな】
ヴィノさんに続いて、レィゾさんが言う。
【だから、東の砦には俺が行くよ。
俺も王都はいやだけど、砦なら東でも西でもかまわないから】
昨日ディドさんが話した後で相談して、すぐ結論は出ていたようだ。
「わかりました。
ウィルさんたちにはそう伝えておきますね。
他に何か、竜騎士たちに伝えたいこととか、文句を言いたいこととかはありますか?」
【そうだな、果物の種類と量をもう少し増やしてもらいたいかな】
【あ、俺、鞍をちょっと改造してほしいんだよな。
後ろの紐がきついんだよ】
夕食の時間だとウィルさんが呼びに来るまで、のんびりと話をした。




