第7話
ルィトさんに角の力をもらったフィアは、目を覚ました。
ディドさんはフィアと幼生に張ってた風の膜を竜舎の奥半分を覆うように張りなおした。
フィアにはいろいろと言いたいことがあるけど、元気になってからでいい。
私が昼食から戻ってきてしばらくして、キィロが巡視から戻ってきた。
ディドさんがフィアと幼生のことをルィトさんに話したことを説教すると、キィロは拗ねた。
【なんでボクが怒られるの?
フィアと幼生のためにルィトさんが早く帰ってくればいいのにって、アリアも言ってたのにー】
【確かにそうだが、話し方が悪いんだよ。
おまえ、ルィトに『フィアが幼生生んで死にそうだ』って言ったんだろ。
だからルィトはあわてて戻ってきて、その勢いのまま竜舎につっこもうとしたんだ。
あの勢いのままじゃあ衝撃で俺の風の膜も竜舎もバラバラになって、フィアと幼生を驚かせちまってたぞ】
【それは、途中でスピード落とさなかったルィトさんがいけないんでしょー】
【そうさせたおまえの話し方が悪いって言ってんだよ】
ディドさんが説教を続けていると、ウィルさんがやってきた。
ウィルさんは、どこか疲れた表情で言った。
「王太子殿下と相談したんだが、ルィトが一週間以内に砦に戻らないなら、かわりにキィロに砦に行ってもらいたいんだ」
【え、ボク? なんでー?】
キィロが驚いたように言う。
「どうしてですか?」
「……先日の件で、イシュリアとの関係は緊張状態にあるんだ。
いきなり攻めてくることはないだろうが、油断はできない。
だから、東の砦のドラゴンの数を減らすことはできない」
「でも、実際にイシュリアが攻めてきたことは今まで一度しかなくて、それもあっさり撃退できたと、ディドさんに聞きました。
それに、砦に残っているシィノさんはディドさんみたいに風の使い方がうまいので、たとえイシュリアが本当に攻めてきたとしても一体で大丈夫だそうです」
私が説明すると、ウィルさんは困ったような表情になる。
「そうかもしれないが、王太子殿下のご命令なんだ」
黙って聞いていたディドさんが、ため息をついて言う。
【アリア、ウィルに王太子を呼んでくるよう言え】
「え、どうして?」
【ウィルに話しても二度手間だ。
直接王太子と話したほうが早い】
「……そうだね」
ディドさんに言われた通り伝えると、ウィルさんはますます困ったような表情になったけど、うなずいて竜舎を出ていった。
【中に入れて、万が一フィアや幼生のことを知られると面倒だし、外にするか】
「うん」
ディドさんは外に出ると、また竜舎にくっつけるように、中が見えず音も聞こえない風の膜を数メートル四方に張る。
出入口をふさぐように寝そべったディドさんの尻尾に座っておなかにもたれて待っていると、王太子とウィルさんと、護衛らしき近衛騎士が数人近づいてきた。
軽く頭を持ちあげたディドさんが、王太子とウィルさんに向かって力を放つ。
二人はびくりとして足を止め、しばらくして王太子が何か言うと、近衛騎士たちはその場から少し離れた。
おそらくディドさんが、二人だけで来いと伝えたのだろう。
やがて近づいてきた二人は、風の膜の中に入ってくる。
ウィルさんはもう慣れたからかおちついているけど、王太子は驚いたように周囲を見回したり風の膜をさわったりしていた。
だけど、ディドさんが再び力を放つと、びくりとして私を見る。
ディドさんの尻尾に座る私に驚いたのか、軽く目を見開いて、だけどすぐにその場に片膝をつき、左胸に右手を当てて頭を下げた。
「……ああ、わかっている。
アリア嬢の言葉はディド殿の言葉として、承ろう」
確かあの礼は、騎士の公式な場でのものだったはずだ。
私にではなくディドさんにだろうけど、三日前と同じ失敗はしないということだろう。
ウィルさんがその背後で同じような礼をする。
【なら言うぞ。
俺らの結論は、ルィトはこのまま王都にいる、東の砦の防衛はシィノだけで充分。
以上だ】
簡潔なディドさんの言葉を伝えると、頭を上げた王太子は、言葉を選ぶようにゆっくりと言う。
「体調を崩したフィア殿のために、ルィト殿を呼び戻してほしい、とは以前うかがった。
お二人がご夫婦なら、一緒にいたいと願われるのは当然だろう。
だから、かわりにキィロ殿に砦に行っていただきたいのだ」
【シィノだけで充分だと言ってるだろうが。
反対するなら、シィノだけじゃダメだという明確な理由を言え】
「それは…………、万が一のことを考えると」
【つまり、俺の判断も、シィノの実力も、信用できないということか?】
ディドさんの声がだんだん冷たくなっていく。
王太子は額に汗を浮かべながら、大きく首を横にふる。
「いや、そうではない、だが……その」
言い訳を探すように視線をさまよわせる王太子を見ていて、ふと思いつく。
「ディドさん、ちょっと私が話してもいい?」
【おう、いいぞ】
「ありがと。
王太子殿下、今から言うことは、私の考えとして聞いてください」
前置きすると、王太子はせわしなく瞬きしてから、小さくうなずく。
「わかった。なんだろうか」
なんだか、ディドさんに対してよりも緊張しているように見えるのが不思議だけど、とりあえず思いついたことを言う。
「王太子殿下が、東の砦にどうしてもドラゴンが二体必要だと考えてるのは、イシュリアへの牽制のためですよね?」
王太子はわずかに表情をこわばらせたけど、ディドさんをちらりと見てから、答える。
「……そういう、意味もある。
大臣を処罰した件で、イシュリアとの関係は緊張状態にあるから、今まで以上に警戒しておく必要があるのだ」
「だったら、いっそ西の砦から一体呼んだらどうですか?
西隣のファルミカは友好国だから、警戒する必要はないんでしょう?」
大臣の件で周辺国のことが気になったから、ディドさんにいろいろ教えてもらった。
西隣の国は、ファルミカ王国。
リーツァの王妃の妹がファルミカの国王に嫁いでいることもあり、リーツァとは友好国らしい。
国土はリーツァの五分の一程度だけど、大きな鉱山があり、鉄鉱石の輸出や加工が主な産業だ。
リーツァは国土は広いものの大きな鉱山がなく、ファルミカからの輸入に頼っているから、ファルミカの鉱山が他国に奪われるとすごく困る。
だから、西の砦のドラゴン二体は国境の防衛というよりファルミカの鉱山の防衛のためにいるらしい。
「東と西の、優先したいほうを二体にすればいいんじゃないですか?」
「……それはそうなんだが……その、キィロ殿に東の砦に行っていただきたいという申し出は、キィロ殿自身が拒否なさっているのだろうか」
おそるおそるといった感じの王太子の問いかけに、小さくため息をつく。
しつこく言ってくるのは鬱陶しいけど、東のイシュリアと緊張状態なのは、大臣ともめた私にも関係がある。
優先順位はもちろんこの国よりドラゴンのほうが上だけど、戦争を起こしたいわけではないのだ。
「キィロがいやだと言ったわけじゃありません。
だけどキィロは、人間でいうなら十代前半でまだ子供だから、王都より大変そうな砦に行くのは、私は反対です。
ついでに言うと、ネィオさんは人間でいうならもう五十歳近いご老人だから、やっぱり反対です。
フィアはまだ体調が良くないし、ルィトさんはフィアのそばにいるべきです。
ディドさんは、『団長専用』だから王都から出ることはないと聞きました。
だから、どうしても東の砦に二体いてほしいなら、西の砦から呼んでください。
以上が、私の意見です」
【アリアに賛成だな。
シィノだけに任せるか、西の砦から一体呼ぶかは、おまえらで決めろ】
ディドさんの言葉を伝えると、王太子は、悩む表情でうなだれた。
「…………わかった」




