第5話
ドラゴンの力の名残りなのか、私は目も耳もすごく良くて、気配にも敏感だけど、背後に人がいたなんて全然気づかなかった。
人間として生まれてから初めて会えたドラゴンに興奮してたせいかもしれないけど、エリートの竜騎士だから、気配を隠してたのかもしれない。
気づけなかったことが少し悔しかったけど、深呼吸してきもちを鎮める。
「えっと、ウィルさん?」
呼びかけると、人影がゆっくり木の陰から出てくる。
二十代半ばぐらいの、男の人だった。
髪は淡い金色で、瞳は若葉色。
私より頭一つぐらい背が高くて、細身だけどひきしまった身体つきだ。
動きやすそうな厚手のズボンの上に、裾の長い上着を着てた。
顔立ちは整ってて、たぶんハンサムなんだろうけど、今は緊張してるような困ってるような複雑な表情をしてた。
「……どうして、私の名前を知ってるのかな」
私を見つめたまま、ウィルさんが穏やかな声で言う。
「ディドさんが教えてくれました」
竜騎士は、エリート中のエリートらしい。
騎士には貴族しかなれないから、この人も貴族で、それもかなり高位の貴族のはず。
貴族だからと敬う気にはなれないけど、ただの村娘が貴族に逆らったら最悪手打ちにされかねないことはわかってる。
殺されないにしても、機嫌をそこねて帰られてしまうのはさけたい。
せっかく会えたディドさんと、もっと話をしたいのだ。
【アリアが『前世ではドラゴンだった』って言ってたあたりから俺らの会話聞いてたんだから、事情はわかってるだろ。
って言ってやれ】
「うん」
ディドさんが言ったとおりを伝えると、ウィルさんはますます複雑な表情になる。
「……確かに聞いていたが、にわかには信じられないな」
【俺が教えたんじゃなきゃ、アリアが俺やおまえの名前知ってるわけねえだろうが。
って言ってやれ】
「それは、そうなんだが……」
【信じられねえってんなら、アリアが知るはずのねえこと話してやろうか?
俺とおまえが初めて会ったのは、当時の竜騎士団長だった親父に連れられてきた時で、おまえは五歳だったな。
やたらはしゃいで俺にさわりまくってくるから、鬱陶しくなって、うるせえってどなりつけた】
ディドさんがそこで言葉を切ったから、とりあえずそのまま伝える。
「……ちょっと待て」
ウィルさんはなんとなく赤くなって、ディドさんは人間ならにやにや笑ってるような表情になる。
【おまえはびびって泣きだして、そのうえ】
「わかった、疑った私が悪かった!
それ以上は言わないでくれ!!」
ウィルさんは、さらに赤くなりながら叫ぶように言った。
【最初から素直にそう言やいいんだよ】
「……………………」
がっくり肩を落としてうなだれるウィルさんは、貴族のエリート騎士のはずなのに小さな子供みたいで、なんだか情けなかった。