第5話
改めて説得の言葉を探していると、突然ディドさんが大きく翼を広げ、上空に向けて強い力を放った。
直後に、何かが激しくぶつかったような、あるいははじけたような、ドオンというおなかに響く音がした。
「えっ!?」
地面が揺れてバランスを崩したけど、ディドさんが風で受けとめてくれたから倒れこまずにすむ。
視界の端で、ウィルさんがハデにひっくりかえるのが見えた。
【アリアっ、無事かっ!?】
ディドさんのあせったような問いかけに、とまどいながらもうなずく。
「大丈夫、でも、今の何……?」
ディドさんはほっとしたように表情をゆるめて、だけどすぐにいらだたしそうなまなざしで上空を見上げる。
【バカがバカやったんだよ。
ちょっと説教してくるから、ここで待ってろ。
俺が戻るまで、この膜の中から出るなよ。
ウィルには、戻ったら説明するって言っとけ】
「わかった……」
うなずくと、ディドさんは風を操ってふわりと浮きあがり、風の膜から出た。
すごいスピードで上空に飛んでいくのを見送りながら、さっきの音がなんだったのかを考える。
どこかで聞いたことがある気がするのだ。
しばらく考えて、ようやく思い出した。
ディドさんが言っていたことと合わせれば、間違いないようだ。
予想がついたことで少し安心して周囲を見渡すと、ウィルさんが倒れたままだった。
どうやら意識がないようだ。
「ウィルさん、起きてください」
横に膝をつき、肩に手をかけて軽く揺すると、ウィルさんは小さなうめき声をあげて目を開けた。
何度か瞬きして、はっとしたように私を見る。
「アリア! 怪我は……っ」
ウィルさんは片手をついて起きあがろうとしたけど、ふらりと揺れて再び倒れこみそうになるのを、もう一方の手をついてこらえる。
「う……」
「どうしたんですか?」
倒れた時に頭を打ったのだろうか。
「……すまない、大丈夫だ……」
ウィルさんは何かをふりはらうように頭を数回左右にふってから、再び身体を起こす。
それでも起きあがる気力はないのか、座りこんで私を見た。
「君は、なんともないのかい?」
「はい。ディドさんが守ってくれましたから」
「そうか……よかった」
ほっとしたように言うウィルさんは、顔色が悪いままだ。
「私はディドさんの風の膜のおかげで、大きな音と地面が揺れたぐらいしかわからなかったんですけど、ウィルさんはどうだったんですか?」
私よりかなり弱いとはいえ鍛えているはずのウィルさんが、倒れただけで気絶し、目覚めた今も調子が悪いのはおかしい。
「……説明はしにくいんだが……まるで耳元で何かが破裂したような、大きな音がして、同時に、全身に衝撃がきて……それで、意識を失ったようだ。
あれは…………そう、三日前、ディドが君のために急いで戻ってこようとして猛スピードで飛んでいた時の、風の圧力に似ているような気がする……」
考えこみながら弱い声でゆっくりと言ったウィルさんは、ふと周囲を見回す。
「そういえば、ディドは、どこに行ったのかな」
「上空です。
『バカがバカやったから説教してくる』と言ってました。
ウィルさんに、『戻ったら説明する』との伝言です」
ディドさんの伝言を伝えると、ウィルさんは悩むような表情になって上空を見上げる。
「ということは、ディドには、さっきのことの原因がわかっているのかな」
「そうでしょうね」
ちらりと兵舎のほうを見ると、何人かが兵舎から出てきていて、副団長がこちらに向かって歩いてきていた。
特にあわてている様子はなく、兵舎も窓ガラスが割れたりはしていないようだ。
私の予想通りなら、被害の中心は『ここ』だっただろうから、兵舎のほうにはたいして影響がなかったのだろう。
だけど原因がわからないから、判断をあおごうと団長のウィルさんに話を聞きにきたのだろう。
「ウィルさん、副団長さんがこっちに来ます。
さっきの音と揺れの原因は、ディドさんが確認中だから、ディドさんが戻るまで待つようにって伝えてください」
まだ調子が悪いのか、座りこんだままうなだれていたウィルさんは、私の声に顔を上げ、近づいてくる副団長を見る。
「……ああ、わかった」
答えたウィルさんはだるそうな動きで立ちあがり、ゆっくりと歩いて風の膜を出て、副団長に近づく。
私は上空を見上げて、ディドさんが戻ってくるのを待つ。
ウィルさんと副団長の話が終わって、副団長が兵舎に戻っていった頃、上空に小さな点が見えた。
一瞬で竜舎の屋根の高さあたりに現れたディドさんは、翼を大きく動かして、ふわりと地面に着地する。
その横に同じように下りたったのは、初めて見るドラゴンだった。




