第4話
ウィルさんの正面に立ち、片手で剣を構え、もう一方の手でスカートの端をつまんで、身体を斜めにする。
ウィルさんは両手で柄を握り、身体の前で剣を構えた。
「では、いきます。
最初はゆっくりにしますね」
予告してから、一歩踏みこんでウィルさんが構える剣に打ちこむ。
ギィンと鉄がこすれあう音がして、ウィルさんは剣を構えたまま後ろにふっとんだ。
「……あれ?」
一メートル近くふっとんで倒れたウィルさんを、きょとんとして見つめる。
「なっ!?」
身体を起こしたウィルさんに動揺した表情で見つめられて、小さく息をつく。
「ちゃんと予告して、スピードも出さずに、力も込めずにやったのに、受けとめられないなんて……。
もしかして、わざとですか?」
受けとめると私が怪我をする、とでも思ったのだろうか。
「あ……いや……、その……すまない」
ウィルさんは片手をついて起きあがりながら、弱い声で言う。
「じゃあ、次からは手抜きせず受けとめてくださいね。
次、いきますよ」
「……ああ」
ウィルさんが立ちあがって私の前に戻り、きちんと構えなおすまで待ってから、さっきと同じ程度の勢いで打ちこんだ。
ウィルさんは、今度は倒れはしなかったけど、身体を揺らした。
「意外と力ないんですね」
一歩引いて元の位置に戻りながら呆れたように言うと、ウィルさんは困ったようなおちこんだような悩んでいるような、複雑な表情になる。
「……君は、意外と力があるんだね」
「そうですか? さっきのはだいぶ手加減しましたよ。
次からは、スピードと力を少しずつ上げていきますから」
宣言してから、また剣を構えなおすと、ウィルさんもあわてて剣を構えた。
「いきますよ」
一歩踏みこんで打ちこむと、ウィルさんは身体を揺らしながらもなんとか受けとめた。
元の位置に戻り、ウィルさんが構えなおすのを待ってから、再び前に出てウィルさんに打ちこみ、再び戻る。
それをくりかえしながら、少しずつスピードと込める力を上げていく。
五回目で、ウィルさんは一歩下がった。
九回目で、二歩下がった。
十二回目で、また後ろにふっとんで倒れた。
剣を構えたまま待っていると、ウィルさんは立ちあがろうとして、途中で動きを止めた。
ふるえる自分の手と、足下の剣を交互に見つめてから、困ったような表情で私を見る。
「……すまない、手がしびれて力が入らない。
もう無理だ」
ため息をついて、構えていた剣をおろす。
「じゃあ私の勝ちですね。
ありがとうございました」
剣をその場に置いて、軽く礼をする。
くるりとふりむいて、ディドさんを見上げた。
「見ててくれた?」
ディドさんは苦笑してうなずく。
【見てたが、おまえはまだまだ全力じゃなかったみてえだな】
「うん、最後ので三割ぐらいかな。
今のは腕力だけでの勝負だけど、実戦でも、たぶん私のほうが強いと思う」
もちろん状況や体調によって勝率は変わってくるだろうけど、私のほうが腕力も体力もあり、目も耳も良いから、おそらく勝てるだろう。
ディドさんを見上げて、ゆっくりと言う。
「この国では強いほうのウィルさんに、簡単に勝てたよ。
私は人間で女だけど、ウィルさんよりは強いから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
これを言いたかったから、模擬戦を見たかったのだ。
ウィルさんが私の予想よりかなり弱かったから効果が薄いかもしれないけど、少なくとも日々鍛えているウィルさんよりは丈夫だとわかってほしい。
じいっと見上げていると、ディドさんは私を見つめ返してため息をついた。
【そうだな、人間にしちゃあ、おまえは強いほうだ】
「でしょ?」
同意してもらえたのが嬉しくて、にっこり笑うと、ディドさんは苦笑する。
【普通の人間の強さを一としたら、近衛騎士どもが五、竜騎士どもが七、ウィルが十、おまえが百ってとこか。
だが、一万以上の俺からしたら、おまえもウィルもたいして変わらねえ。
心配せずにはいられねえよ】
「………………そっか……」
確かに、私とウィルさんの差より、私とディドさんの差のほうが、はるかに大きい。
しかも、ドラゴンは年を重ねるほど強くなっていくから、差はどんどん大きくなっていく。
対等になれるはずがないのはわかっているけど、それでも、あまりに過保護にされるのはおちつかないのだ。




