第3話
竜舎の中には、ずっと寝ているフィアと幼生と、ゆうべから寝ているネィオさんがいるから、うるさくないように竜舎の前庭でやることにした。
ディドさんが私の声を風でウィルさんに届けてくれてからしばらくして、ウィルさんがやってきた。
風の伝言で頼んだように、模擬戦用の長剣を二本持ってきている。
ウィルさんが竜舎の出入口前で待つ私たちの一メートル手前まできたところで、ディドさんが新たな風の膜を張った。
竜舎全体を覆う膜にくっつく形で、周辺数メートル四方が覆われる。
私が戦う姿を誰かに見られないように、中が見えず音も遮断する効果つきだ。
ウィルさんには風の膜は見えないし感じとれないみたいだけど、音が遮断されたことで気づいたのか、不思議そうな表情で周囲を見渡してから、私と私の背後にいるディドさんを交互に見た。
「言われた通りに剣を持ってきたけど、これで何をするんだい?
それに、新たな風の膜を張ったようだが、どうしてかな」
「私と戦ってください」
にっこり笑って言うと、ウィルさんは目を見開く。
「え……?」
「私と勝負してください。
もちろん剣で」
もう一度言うと、ウィルさんはさらに目を見開き、呆然と私を見つめる。
「この膜は、私たちが戦うところを他の人に見られないようにするためです。
外からは、中の様子は見えなくて、音も聞こえません。
だから、遠慮なく全力でお願いします」
「…………いや、だが、その、君は、剣を使ったことなどないだろう……?」
うろたえながら言うウィルさんの問いかけに、小さくうなずく。
「はい。
ですが、さっきひととおり見ましたから」
「いや、剣術は、一度見た程度でできるものじゃないんだ。
それに長剣は重いから、女性にはふりまわすどころか持ちあげることもできないだろう」
「そうですか?」
言い訳めいたことを言うウィルさんの手から、剣をひょいと取った。
柄を片手で握って、身体の横でくるくると回してみる。
長剣を握るのは初めてだけど、握りの太さと全体の長さは箒と似ているから、問題ない。
前世がドラゴンだった名残りで私の身体はすごく丈夫で、握力も腕力も強く、大人の男が両手でも持てないような大岩を片手で軽々動かせた。
理由を言えないから、村では隠していたけど。
「たいして重くないですね」
回していた剣を止めて言うと、ウィルさんは再び目を見開いて私を見つめる。
「王都で生まれ育って家からめったに出ない貴族のお嬢様なら、非力で剣を持つこともできないかもしれませんけど、私は辺境の村育ちで、畑仕事もいろいろしてたから、けっこう力持ちなんです。
それに、ドラゴンだった前世の力の名残りもありますから、これぐらい持てますし、騎士と同じことぐらいできます」
「……いや、だが、……君に、剣を向けることはできない」
とまどいを残しながらも、ウィルさんはきっぱりと言う。
私に何かあったらディドさんが怒る、と思っているのだろう。
「大丈夫ですよ。勝ちますから」
「……勝てる勝てないとかじゃなく、女性に剣を向けることはできない」
ウィルさんはなおもきっぱりと言う。
弱い者を守るというのが騎士道らしいから、説得は無理そうだ。
しばらく考えて、やりかたを変えることにする。
「だったら、戦わなくていいですから、防いでください」
「え……?」
「剣を持って、構えていてください。
私が打ちこみますから、防いでください。
すべて防がれたら私の負け、防ぎきれずにウィルさんが倒れたら私の勝ちです。
それなら、私が怪我をすることはないから、大丈夫でしょう?」
「……いや、それでも」
ウィルさんが何か言いかけた時、私の背後で黙ってたディドさんからウィルさんに向かって力が流れた。
ウィルさんがびくりとふるえて、私の頭越しにディドさんを見る。
しばらくそうしていたけど、小さくため息をついてうなずいた。
「……わかった」
たぶんディドさんが『相手してやれ』とか言ってくれたのだろう。
ふりむいて感謝をこめて笑いかけると、ディドさんは苦笑する。
かすかに風が吹いて、身体の周囲にぴったりと張りつくように風の膜ができるのを感じる。
手をあげたりおろしたり、身体をひねったりしてみたけど、まったく抵抗はなかった。
これなら、思うとおりに動けそうだ。
「ありがと。
ディドさんはそこで見ててね」
【おう。気をつけろよ】
「うん」
うなずいて前を向きなおし、まだ複雑そうな表情をしているウィルさんを見る。
「ディドさんが私に風の膜を張ってくれたので、万が一剣が折れて私に飛んできたとしても、風の膜が防いでくれるから、心配いりません」
ダメ押しのように言うと、ウィルさんはまた小さくため息をついた。
「……わかった。君の望むとおりにしよう」
「ありがとうございます」




