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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第五章 砦のドラゴン
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第2話


 巡視に行くキィロを前庭で見送って、ディドさんと一緒に移動する。

 

【しっかりつかまってろよ】


「うん」


 私がディドさんの前脚につかまると、ディドさんは自分と私の身体を風でくるんだ。

 そのままふわふわと浮きあがって、兵舎の屋上に行く。

 最初は訓練場の隅から見ようと思ってたけど、私が多くの人の前に出るのを心配したディドさんとウィルさん両方の意見によって、兵舎の屋根の上から見ることになった。

 兵舎は三階建てだから、下からは見えないだろうけど、王城の高い階の部屋からは兵舎の屋上が見えるらしい。

 だから、私たちを包んでいるこの膜は、めくらましを兼ねていて、中が見えないようにディドさんがしてくれている。

 どういう仕組みなのかは私にもよくわからないけど、巡視の時にも同じようにめくらましの膜を使っていて、今まで見つかったことはないらしい。

 背後のものも見えなくなるから、そこに『何かいる』ことはわかってしまうけど、高空を飛んでる時ならそれで充分らしい。

 試しに私が使っているクッションにめくらまし効果のある風の膜をつけてもらって観察したら、確かに膜の内側は濁った水の中のようにかすんで、中にあるはずのクッションは見えなかった。

 屋根の上だから多少の不自然さはあるだろうけど、もし誰かに見られたとしても『俺がこっそり模擬戦を見てたと言えばいい。本当のことだから問題ねえだろ』とディドさんが言ったから、気にしないことにした。


 屋上に下りると、めくらましの風の膜をまとったまま端のほうにディドさんが寝そべり、私は尻尾に座らせてもらっておなかにもたれる。

 眼下では、騎士たちが集まりだしていた。


【見えるか?】


「うん、ばっちり」


 訓練場は、五十メートル四方の何もない空き地だ。

 その中央のちょうど兵舎の前あたりに、騎士たちがいる。

 かなり距離があるけど、ドラゴンの力の名残りで目が良い私には問題ない。

 耳も良いし周囲が静かだから、一階の食堂の窓から身を乗りだすようにして声援を送る女性たちの声も、誰が言ったのか聞きわけられるぐらいはっきり聞こえていた。


 やがて騎士たちが整列すると、ウィルさんと副団長がやってきた。

 ウィルさんが短い挨拶をすると、すぐくじ引きが始まる。

 騎士たちから離れながら、ウィルさんはさりげない動きでちらりとこちらを見上げた。

 私たちがここから観戦していることを知っているのは、ウィルさんだけだ。

 事前に相談した時に、ディドさんが『俺たちが見てると知ったら、騎士どもは変に緊張するだろうから黙っとけ』と言って、ウィルさんが賛成したからだ。

 私も、彼らの本当の実力を知りたかったから、同意した。


 くじ引きは、箱に入った紙を順番に引き、紙に書いてある数字が同じ者どうしが対戦するのだと、サラさんが朝食の時に教えてくれた。

 今王都にいる竜騎士は、全部で十六人だ。

 ウィルさん、副団長、キィロと一緒に巡視にでかけた三人を抜いた残り十三人が順番にくじを引いて、二人ずつの戦いが始まった。 

 故郷の村には自警団めいた集まりもあったけど、武器は斧や棍棒がほとんどで、長剣での戦いを見たのは初めてだった。

 騎士たちの動きには型があるみたいで、いくつかを組みあわせて互いに攻めあっていた。

 受け、流し、攻め、防ぎ、かわし、また攻める。

 それをくりかえし、技量や腕力が劣るほうが負けていく。

 一回戦では若手が奮闘したけど、やはりベテラン優勢のようだ。

 ディドさんが、あの騎士は何年目だとか、以前優勝したとか、いろいろ教えてくれた。


 あくまでも模擬戦で、刃をつぶした剣を使っているとはいえ、当たりどころが悪ければ怪我をするし、何より評価を上げるチャンスだから、皆必死のようだ。

 必死だということは、わかる。

 だけど、その程度だ。


「……ねえ、ディドさん。

 竜騎士って、近衛騎士の中では、弱いほうなの?」


 私の問いかけに、ディドさんは頭を軽く持ちあげて私をふりむく。


【いや、逆に強いほうだな。

 竜騎士になるには、まず近衛騎士の見習いになって、一年の見習い期間を経て近衛騎士になってから、志願して適性を認められると、ようやく竜騎士の見習いになる。

 そこからさらに一年訓練を受けた後で、先輩竜騎士どもと一対五で乱戦をして、全員倒すか十分間耐えきったら、やっと竜騎士になれる。

 俺らに騎乗するってことは、戦場の最前線に出るってことだから、それぐらいの強さがねえと生き残れねえってことだ。

 まあ実際は俺らが敵を全部風で吹きとばしちまうから、今まで竜騎士が直接戦ったことは一度もねえけどな】


「なるほど……」


 今行われているのは決勝戦で、竜騎士五年目と六年目のベテラン対決だとディドさんが教えてくれた。

 優勢なのは六年目の騎士で、開始当初から積極的に攻めていっている。

 五年目の騎士も、防御の合間に攻めようとしているけど、軽く流されている。

 実力の差は圧倒的で、すぐ決着がついた。


「そこまで!」


 審判をしていたウィルさんの声で、五年目の騎士の喉元に突きつけられていた剣がぴたりと止まる。

 剣を引いて向かいあった二人が礼をし、握手をすると、周囲から大きな歓声があがった。

 二人を囲んで騎士たちがさわいでいたけど、背後にさがっていた副団長がウィルさんに近づくと、騎士たちはすぐ元の位置に戻った。


「まだ何かあるの?」


【あいつらの模範試合だ。

 他の奴らとレベルが合わなくてまともな試合にならねえから審判やってるが、最後はいつも手本見せてくれとか言われて、二人でやるんだよ。

 竜騎士は実力重視だから、役職がそのまま実力順だ。

 近衛騎士団全体でも、二人とも上位五人に入るだろうな】


「へえ……」


 ディドさんが言うなら本当なんだろうけど、ウィルさんだけでなく副団長も穏やかな人という印象しかなくて、それほどの実力者には見えない。

 見つめていると、副団長がウィルさんに模擬戦用の長剣を渡し、遠巻きに囲む騎士たちの中央で向かいあった。

 二人が剣を構えると、ぴりっとした緊張感が満ちる。

 はやしたてていた騎士たちもいつの間にか黙り、女性たちの声援もやんで、静寂がおりる。

 二人はしばらくにらみあっていたけど、副団長が先に動いた。

 すばやい動きで間を詰めて、斬りかかる。

 ウィルさんはそれを軽く流し、副団長に斬りかかる。

 交互に攻撃と防御をくりかえしていく。

 二人の動きは、確かに他の竜騎士に比べると速く重く、実力の違いがわかる。

 それでも、私からすればものたりなく感じた。

 模範試合だからというのをさしひいても、この程度なのかと呆れてしまう。


「この国って、本当にドラゴンに頼りきってるんだね」


 近衛騎士団の上位者の実力がこの程度だから、国防をドラゴンに頼りきっているのだろう。

 だからこそ私たちの要求を王太子も無条件で受けいれているのなら、便利だと思う反面、情けなくもある。

 ディドさんが『ひ弱な人間』とくりかえし言うのも当然だ。

 これでは、せっかく思いついたことも意味がなさそうだ。


【まあ俺らとは比べようもねえが、あいつらは人間にしちゃあ強いほうだぞ】


 ディドさんが、苦笑混じりの声で言う。


「そうなの?」


【ああ。歴代の団長の中でも、ウィルは強いほうだな】 


「へえ……」


 確かに、副団長よりもウィルさんのほうが動きはきれいだし、余裕があるようだ。

 なら、まだ試してみる価値はあるだろうか。 

 じっと見つめていると、ウィルさんと副団長の模範試合が終わった。

 騎士たちの模擬戦と同じように、時間を区切ってあったようだ。

 二人は礼をしあい、しっかりと握手をする。

 その周囲を竜騎士たちが取り囲むのを見ながら、立ちあがった。


【竜舎に戻るか?】


 頭を持ちあげて問いかけてきたディドさんに、小さくうなずく。


「うん。お願い」


【おう】


 ディドさんは風の膜で自分と私を包んだまま風を操って、飛ぶのではなく滑空するようにして竜舎の前庭におりた。


「ありがと。

 ねえディドさん、もうひとつお願いがあるんだけど」


 今朝と同じように見上げて言うと、ディドさんも今朝と同じ優しい表情で私を見下ろす。


【おう、なんだ?】


「最近竜舎にこもってばかりだったから、ちょっと運動したいんだ」


【何してえんだ?】


「ウィルさんと、ちょっと戦ってみたいの」


 わざと軽い調子で言うと、ディドさんはとたんに渋い表情になる。


【なんでだ?】


「さっき見てた感じだと、勝てそうだったから」


【剣を使ったことあるのか?】


「ないけど、しばらく見てたから、おぼえた。

 あれぐらいなら、私もできるよ」


【だが……】


「大丈夫、ちょっと試してみたいだけだから。

 危ないことはしないから、ね?」


 ますます渋い表情になったディドさんを見上げて、ねだるように言う。


「ね、ディドさん、お願い、やってみたいの」


 じいっと見つめていると、ディドさんは諦めたようにため息をついた。


【しょうがねえな、わーったよ。

 ただし、風の膜をつけさせろ。

 音は通すし、おまえの動きの邪魔もしねえから】


「うん、ありがとディドさん」

 

 にっこり笑うと、ディドさんはもう一度ため息をついた。

  

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