第1話
朝の果物を持ってきた副団長と共に兵舎の食堂に入ると、いつもはほとんど人がいないのに、今朝は半分以上のテーブルが埋まっていた。
騎士たちは私を見て一斉に立ちあがろうとしたけど、隣にいた副団長が軽く手をふって合図すると、座りなおしてそのまま食事を続けた。
ドラゴンに憧れる彼らは、ドラゴンに気に入られている私にいろいろと聞きたいらしいけど、いちいち相手をしてられないから、用事がある時以外は話しかけないよう初日にウィルさんから言ってある。
挨拶ぐらいはいいかとも思うけど、きりがないから全部無視していいと、ディドさんやウィルさんからも言われている。
だから無視したけど、こんな時間にこんなに騎士がいるのは少し気になった。
「今日は、皆さんずいぶん早起きなんですね。
何かあるんですか?」
竜騎士たちが早起きする用事があるなら、当然ドラゴンたちにも関係があるはずだけど、私は何も聞いてない。
隣の副団長を見上げて問うと、副団長は穏やかに答える。
「はい、今日は模擬戦の日なので、皆気合が入ってるようです。
早めに食事をすませて、開始前に自主練習をするのでしょう」
「模擬戦って何をするんですか?」
「簡単に言えば、一対一での剣を使った訓練です。
三ヶ月に一度、実力を確認する意味もあって行っています。
くじ引きで組み合わせを決めて対戦していって、優勝者を決めます。
優勝しても褒章はありませんが、皆から実力を認められ一目置かれるようになりますね」
「そうなんですか」
騎士たちだけのことだから、私には話がなかったようだ。
「副団長さんも出るんですか?」
なにげなく問うと、副団長は穏やかに微笑んで首を横にふる。
「いえ、団長と副団長は出場せず審判をするのが慣例です。
出場すると、若手の優勝の機会がなくなってしまうので。
私はともかく、団長は、我々が束になってかかっても敵わない腕前ですから」
副団長の言葉にも表情にも、団長であるウィルさんへの尊敬が感じられた。
だけど私は、そうは思えなかった。
ウィルさんと出会ってから今までに、剣を持つところを見たことはないから腕前はわからないけど、情けないところは何度も見てきたからだ。
「おはようアリアちゃん、準備できてるわよ」
厨房の奥から現れたサラさんが、笑顔で手招きする。
副団長と別れ、いつものテーブルで食事をしながら、サラさんたちから模擬戦についての詳しい話を聞かされた。
模擬戦は勝ち抜き方式で、たいていはベテランが優勝するけど、たまに新人ががんばることもあるらしい。
兵舎で働く女性たちが観戦して応援するから、騎士たちもはりきるそうだ。
過去には応援をきっかけに親密になり、交際そして結婚に発展した人たちもいたそうだ。
「ウィル坊ちゃんも出場できたら、かっこいいとこ見せられたのにねえ」
サラさんがからかうような笑みで言うのを聞き流しながら、ふと思いついたことがあった。
食事を終えて竜舎に戻ると、ディドさんが入口を入ってすぐのところに座って出迎えてくれた。
【おかえり】
「ただいま、ディドさん」
三日前の王太子と大臣とのもめごと以来、ディドさんはますます心配性になった。
私が竜舎を離れて兵舎に行く時は、いつもこうやって入口に座って、兵舎にいる私の様子を見守ってくれている。
ドラゴンの目なら、二十メートルほど離れた兵舎の食堂にいる私の動きも鮮明に見えるし、何かあれば一瞬で駆けつけられるから、危険を感じたらすぐ呼べと言われてる。
兵舎内で危険なことなんて起きるわけがないけど、そう言ってもディドさんは納得してくれなくて、ウィルさんにも今まで以上に私の安全に気を配るよう言いつけていた。
心配してくれるのは嬉しいけど、そこまでしなくても大丈夫なのに、とも思う。
三日前のことも、私からすれば危険というほどじゃなかった。
だけど、私が大丈夫だと言うたびに、ディドさんは『今のおまえはひ弱な人間のさらに弱い女なんだから、用心するに越したことはない』と言って、心配性はおさまりそうにない。
だから、思いついたのだ。
「ねえディドさん、お願いがあるんだけど」
座るディドさんの三歩手前で止まって見上げると、ディドさんは少し首を下げて、優しい表情で私を見る。
この距離が、お互い首が痛くならず話もしやすく、ちょうどいいのだ。
【おう、なんだ?】
「今日ね、竜騎士団の模擬戦をやるって食堂で聞いたの。
それを見てみたいんだけど、ディドさんも一緒に行ってほしいの」
模擬戦をする訓練場は、今私たちがいる竜舎とは、兵舎を挟んだ反対側だ。
兵舎と宿舎に遮られて、ここからでは見えない。
この三日間、ディドさんが心配するのと、特に用事もなかったから、最低限の用事で兵舎に行く以外はずっと竜舎の中にいた。
でも模擬戦を見にいくには、竜舎から、というよりディドさんから、離れることになる。
そうすると、きっとディドさんは心配するだろうし、目的のためには一緒にいてもらったほうがいい。
ディドさんはしばらく何か考えてたみたいだけど、軽くうなずく。
【いいぞ。
だが、竜騎士どもが戦うのを見ても、たいして面白くねえんじゃねえか?】
「そうかもしれないけど、私は普段の訓練も見たことないから、竜騎士の人たちがどれぐらい強いのか、ちょっと興味あるんだ」
【そうか。
まあたまには訓練見てやるのもいいかもな。
んじゃ、ウィルを呼んで段取りつけるか】
「そうだね。
じゃあウィルさん呼ぶね」
【おう】
竜舎をいったん出て、兵舎に向かって決められた手順で手をふる。
出入口の脇の部屋の窓際に座ってこちらを見ていた見習い騎士が、了解と手をふり返した。
以前は用事がある時はその都度兵舎まで行ってたけど、三日前のことを心配したディドさんが、私が竜舎を出る回数をなるべく減らすために、ウィルさんに言って決めさせた『当番』だ。
『お茶がほしい』とか、『ウィルさんを呼んでほしい』とか、いくつか型を決めてあって、三交替制で常時二人いる当番が、対応することになっている。
食事とかお風呂とか、私自身が行かないと意味がない用事以外は、これで伝えられるようになったから、楽になった。
出入り口の内側でディドさんと話しながら待っていると、しばらくしてウィルさんが兵舎から出てくるのが見えた。




