表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第四章 駆け引き
43/79

特別編 頼みごと1

第四章のウィル視点です。

 

 帰城した王太子殿下に呼び出された。

 早馬を飛ばして報告書を届けてあったし、帰城したらなるべく早く時間を取ってもらいたいと手紙を添えておいたが、まさか帰城当日とは思わなかった。

 だが、それだけ王太子殿下も事の重大さを理解してくださっているということだろう。

 指定されたのは、王太子殿下の執務室ではなく、私室の応接間だった。

 話す内容は公務だから竜騎士の制服で行くと、王太子殿下は私服でくつろいだ雰囲気だった。

 ソファから立ちあがり、穏やかな笑みを浮かべて近づいてくる。


「やあ、久しぶりだねウィル。

 元気だったかい」


 いつもと同じ穏やかな挨拶に、内心ほっとしながらも臣下の礼を取る。


「はい。

 王太子殿下におかれましては、無事のご帰城心よりお喜び申し上げます」


「ここには私たちしかいないんだ、堅苦しい言い方はやめてくれ」


 王太子殿下の苦笑混じりの言葉に、顔を上げながら苦笑する。


「わかった。

 おかえり、レシス。無事で何よりだ」


 自分から近づいて、軽く抱きしめあう。


「ただいま、ウィル。

 今回は少し手間取ったが、まあなんとかかたづけてきたよ」


「そうか。お疲れさん」


 向かいあってソファに座り、レシスが淹れてくれた紅茶を飲む。

 義理の伯母にあたる王妃様は自ら茶葉をブレンドするほど紅茶好きで、息子のレシスも紅茶の淹れ方を仕込まれているから、ベテランの侍女が淹れたものにも劣らない味だ。

 ゆっくりと味わいながら、今回の視察についての話を聞く。

 二杯目をもらったところで、レシスがさりげなく言った。


「ところで、君からもらった報告書の件なんだが」


「……ああ」


 カップを置いて姿勢を正し、向かいに座るレシスをまっすぐに見つめる。

 レシスの表情は一見穏やかだが、見た目どおりではないしたたかさがあることは、長いつきあいだから知っている。


「ドラゴンのお気に入りの人物というのは、たとえば君とはどう違うのかな。

 改めて説明してくれないか」


「わかった。

 まず名前はアリアといって、ルーステッド領の最北端にあるレッシ村の出身の少女で……」


 報告書は専用の早馬でレシスに届けさせたが、万が一他国の間諜や内通者に見られてもいいように、内容はごく簡潔にしておいた。

 ここなら、厳重に守られているから、情報がもれる心配はない。

 アリアについて説明しながら、ディドたちと相談したことを内心で確認する。

 ディドが『王太子には言うな』と何度も念押ししたのは、私とレシスが従兄弟どうしで、子供の頃からなんでも話しあってきた仲だと知っているからだ。

 国の行く末に影響する重大なことだから、本来なら口止めされても話すべきなのだろうが、もし約束を破ったとわかれば、ディドたちを怒らせてしまうかもしれない。

 今は、ディドたちの意志を最優先にするしかない。

 時間をかけてディドを説得すれば、いずれはレシスに話す許可も得られるだろう。



「……なるほど。

 確かに私と君では伝わり方が違うようだから、君よりさらに伝わりやすい相手がいてもおかしくはないし、いわば話しやすい人間をドラゴンが気に入るのも、当然かもしれないな」


 ひととおり説明すると、レシスは考えこみながらゆっくりと言う。


「……アリア嬢は、どういう性格なのかな。

 突然頼みこんだドラゴンの世話係をすぐひきうけてくれるほど、豪胆な性格なのかい?」


「いや、十七歳という年齢のわりにはおちついていて、聡明な雰囲気だよ。

 あまり感情的にはならないし、状況の理解も判断も早いし、言葉遣いも丁寧だ。

 だけど、ディドと一緒にいる時は、年相応のかわいらしさがあるかな」


 私に向けられる表情とディドに向けられる表情が明らかに違うことは、初めて会った時からわかっているが、少し寂しい。


「ふうん……見た目はどうなんだい?」


「髪は青みがかった銀色、瞳は淡い空色で、顔立ちは整っている。

 貴族の女性たちのように着飾ってなくても、気品があるというか、凛とした美しさなんだ。

 身体つきは華奢だが、おそらく辺境の貧しい村であまり栄養のある物を食べてなかったせいだろう。

 王都で暮らせば、もう少しふっくらして、もっと美人になるだろう」


 迎えに行ってディドに乗せる時にふれた細い腰を思い出しながら言うと、なぜかレシスがまじまじと見つめてきた。


「……なんだい?」


「……いや、少し驚いたんだよ」


 レシスは苦笑しながらポットを取り、自分のカップに新たな紅茶をそそぐ。


「女嫌いなんじゃないかと噂されるほどの君が、女性の美しさについて語るのを聞いたのは、初めてだからね」


「……そうだったか?」


「そうだったとも」


 首をかしげて問うと、レシスはなぜか強くうなずいてから、どこかからかうような笑みを浮かべる。


「ドラゴンにしか興味がなくて、そのうちドラゴンと結婚したいと言い出すんじゃないかと心配していた君が、人間の女性に興味を示すとは思わなかったよ。

 その相手がドラゴンに気に入られている女性だというのが、君らしいけどね」


 数年前に親が決めた婚約者に婚約破棄された時に、レシスに『ドラゴンと結婚するつもりか?』と言われたことを思いだす。


「アリア嬢は何が好きなのかな。

 女性には、まず贈り物が有効だからね。

 未来の従姉妹になる女性とは、ぜひ仲良くなっておきたい」


「な……っ」


 あまりにも先走ったことを言われて、思わず顔が熱くなる。


「どうしたんだい?」


 レシスはからかうように言う。

 わかっていて言っているのだから、困ったものだ。

 深呼吸をくりかえして、なんとかきもちを静める。


「……アリアが好きなものは、紅茶、かな」


 今のところ、アリアから欲しいと言われたのは、紅茶の葉だけだ。


「それだけかい?」


 不思議そうに問われて、言葉に詰まる。

 ごまかすようにカップを取って、冷めた紅茶を飲み干した。


「……私が知っているのは、紅茶だけだ」


「そうか。

 まあまだ王都に来て数日だし、これから徐々に知りあっていけばいいだろう」


 レシスは笑い含みの声で言いながら、私のカップを取り、新たに紅茶をそそぐ。


「ところで、軍務大臣とのいざこざについても詳しく話してくれないかな」


 レシスの声が静かながら真面目な雰囲気に変わったのを感じて、再び姿勢を正す。


「ああ。

 私がアリアを連れて戻ってきたら……」


 幼生のことは隠して、大臣との会話やディドたちの反応も含めて詳しく話すと、レシスはまたため息をついた。


「いっそドラゴンに対する不敬罪で投獄してしまいたいところだが、そうするとイシュリアがうるさいだろうしな……」


「……ああ」  


 軍務大臣は、隣国イシュリアの現国王の従兄弟にあたる。

 友好国というわけではないが、貿易などである程度の交流はあるため、関係を悪化させるのはまずい。

 以前からいろいろと問題がある人物だったが、軍務大臣になって以来、あからさまに権力を広げようとしているのは、そういうことにうとい私でも知っている。

 レシスも対応に困っているようだ。

 うつむいて考えこむレシスを黙って見守っていると、ふいに顔を上げて私を見つめてきた。


「……アリア嬢は、大臣をどう思っているのかな」


「……どう、とは?」


 質問の意味をはかりかねて問い返すと、レシスは苦笑めいた表情を浮かべる。


「良く思ってないのは当然だろうが、どれぐらい嫌っているのかということだよ。

 もし二度と見たくもないと思っているようなら、それなりの対策をしておいたほうがいいだろうから」


「ああ……そうだな、たぶん、顔も見たくないレベルだと思う」


 竜舎を包む風の膜は、フィアと幼生を見られないためにだけでなく、大臣のような面倒な相手が入れないようにする意味もあったようだ。

 あの時の大臣のことを考えれば、当然の反応だろう。


「そうか…………だったら、早急に対策が必要だな」


「そうだな。よろしく頼む。

 それで……報告書の中で申請したことなんだが、承認してもらえるだろうか」


 ディドたちが『要求が受けいれられないならこの国を出ていく』と言っていたことは、あえて報告書には書かなかった。

 他国の間諜や内通者に知られると、それを実現しようと躍起になるだろうからだ。

 もしレシスに反対されたら、改めて説明しなければならないが、断乎とした要求がフィアの出産と幼生のためだということをごまかしながら説明するのは、私には難しい。

 少し緊張しながらレシスの返事を待っていると、また考えこんでいたらしいレシスは、私を見て何度か瞬きする。


「……ああ、アリア嬢がドラゴン殿たちの世話をすること、アリア嬢と君以外を竜舎に入れないこと、フィア殿を休ませること、ルィト殿を呼び戻すこと、だったね。

 それがドラゴン殿たち全員の要求なら、もちろん要求どおりにしよう。

 ただ、緊急時の対応については、たとえば君もアリア嬢も不在の時にドラゴン殿たちに緊急の出動を依頼することもあるかもしれないし、近いうちに詳しく相談させてもらいたい」


「わかった……ありがとう」


 内心ほっとしながら言うと、レシスはじっと私を見つめる。


「……そのかわり、というわけではないが、頼みがあるんだ」


「なんだ?」


「今回視察に行った先の領主に陳情されたことがあってね。

 口頭では許可を出してあるが、正式な書類があったほうが処理を進めやすいんだ。

 すぐに書類を用意するから、明日の昼までにディド殿に騎乗して届けてほしい。

 重要な書類だから、必ず領主に手渡してほしい」


「かまわないが……そんなに急ぎなら、夜のうちに飛ぼうか?」 

 

 夜間の飛行は緊急時に限られるが、近衛騎士団総帥であるレシスの許可があれば可能だし、何度か経験があるから問題ない。


「いや、とある大臣の印が必要で、書類の完成が早くても明日早朝になるから、明朝でいい。

 急で悪いが、頼むよ」


「わかった」


 今までにもレシスの依頼で緊急の出動をしたことはあるし、その程度のことでドラゴンたちの要求を受けいれてもらえるならありがたい。


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 レシスはにこりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ