第7話
うなずいたディドさんは、首を高く持ちあげて、王太子を見下ろす角度で言う。
【あのバカ大臣の始末は、どうするつもりだ】
ディドさんの言葉を通訳しながらちらっと見ると、大臣はまだ風で壁に押さえつけられたままだった。
動かないしわめかないから、気絶しているのかもしれない。
王太子もちらっと大臣を見てから、言葉を選ぶようにゆっくりと言う。
「もちろん、厳重に処罰する。
アリア嬢に対する無礼な発言に加えて、害そうとしたことは、極刑に値する。
身柄を拘束して投獄し、爵位と財産を没収のうえ、斬首刑となるだろう」
そう言う王太子の表情は、どこかほっとしたような雰囲気だった。
【それだけか?】
だけど、ディドさんの次の言葉を通訳すると、王太子は表情をこわばらせた。
「……どういう意味かな」
【俺を怒らせといて、バカ大臣の首一つですむと、思ってるのか?】
ディドさんの口調は静かで、それがよけいに怒りが深いことを感じさせた。
【おまえは、大臣を利用した。
わざと大臣を同席させ、バカなことをやらかすようにしむけ、そのうえで大臣を極刑にすれば、アリアの心証をよくできる、とでも考えたんだろう。
ついでに、イシュリア王家の血を引くせいで手を出せなかった厄介者を消せてちょうどいい、ってとこか?】
ディドさんににらまれて、王太子の顔色が蒼白になる。
「私は、そんなつもりでは」
【なら、なんでアリアとの話しあいに、大臣を同席させたんだ。
俺らともめた大臣を同席させても、アリアの機嫌をそこねるだけだろう】
「…………それ、は……」
さらに蒼白になる王太子を追いつめるように、ディドさんは言葉を続ける。
【わざとじゃないと言うなら、おまえは、アリアや俺たちよりも大臣を優遇したってことだな?】
「い、いや、そうじゃない。
あなたたちがいてこそ、我が国はなりたっていることを、私は重々理解している」
王太子はあせった表情で早口で言う。
【だったら、なぜ大臣を同席させ、バカなことを言っても追い出さなかったのか、理由を説明しろ】
「……………………」
黙りこんで視線をさまよわせる王太子を、じっと見つめる。
確かに、王太子が本当に私をくどくつもりだったなら、大臣を同席させるはずがない。
そもそも、ディドさんを怒らせて竜舎から放りだされたのに、いまだに大臣のままなのがおかしい。
そのうえ、大臣が無礼な発言をしてもたしなめる程度だったのは、ディドさんの言うとおり、わざとだったのだろう。
【もう一度言うぞ。
俺を怒らせといて、バカ大臣の首一つですむと、思ってるのか?】
それだけではたりないと暗に示す言葉に、王太子はびくりとふるえた。
「ディ、ド、待って、くれ」
弱い声で言ったウィルさんが、もたれていたソファの背をつかんでふらつきながら立ちあがる。
「今回の、ことは、私が、レシスに、いや、王太子殿下に、話す時に、きちんと、伝えられなかった、せいなんだ」
まだ回復してないのか、ウィルさんは短く言葉をつなぎながら、それでも強いまなざしでディドさんを見上げる。
「だから、罰を受ける、べきなのは、私、なんだ。
どうか、私の命だけで、許してほしい」
ウィルさんのすがるようなまなざしと言葉に、ディドさんは冷淡に答える。
【おまえが国王の甥で、公爵家の次男で、竜騎士団長とはいえ、おまえ一人の命に、俺の怒りを消せるほどの価値があるのか?
この国にとって、俺の価値はその程度か?】
「それ、は……っ」
ウィルさんは何か言いかけたけど、結局何も言えず黙りこんだ。
ドラゴンがこの国の守護の要なら、その価値は、この国の軍隊すべてよりも大きいということだ。
ウィルさん一人の命ではたりないと言われても、当然だろう。
「……今のは、本当に、ディド殿の言葉なのかな」
ふいに聞こえた険しい声に視線を向けると、王太子が私を険しい表情でにらんでいた。
「……どういう意味ですか?」
「ドラゴンは、すさまじく強いが温厚な性格で、ずっと我々に協力してくれていた。
特にディド殿は、竜騎士団創設以来ずっと我が国にいてくださってるし、ウィルを気にいっていたようだ。
なのに、急にそんな厳しいことを言うとは思えない。
君が、自分の言葉をディド殿の言葉だと偽って、伝えてるんじゃないのか?」
王太子は、表情は険しいのに、まなざしはどこかすがるようだった。
ディドさんの言葉なら従わなきゃいけないけど、私の言葉ならごまかせる、とでも思ったのだろうか。
呆れた私が口を開くより早く、ディドさんから王太子に向かって強い力が放たれた。
王太子は顔をしかめ、強く唇をかむ。
ディドさんが放つ力は、さっきの倍以上だ。
王太子の顔が再び蒼白になり、額に汗が浮かぶ。
許容量を越えた力でディドさんに直接『説教』されているのだろう。
「ぅ、あ……っ」
王太子はかすれた声をあげながら、両手で頭をかばうようにして、大きく首を横にふる。
がくがくとふるえて膝を床につき、うめきながらさらに大きく頭をふった。
「ディドっ、やめ……っ」
何か言いかけたウィルさんにも力が向けられた。
ウィルさんは王太子と同じように青ざめ、ふるえて再び座りこむ。
「ゃ、めてくれ、私、が、わるかったっ、あやま、るっ、だから、許してくれ……っ!!」
王太子が絶叫すると、ディドさんから流れる力がぴたりと止まった。
王太子はその場に横向きに倒れこんで、ぜいぜいと荒い息をもらす。
ウィルさんも、ぐったりとしてソファにもたれかかった。
【アリア、どうする】
静かな問いかけに、ディドさんを見上げて首をかしげる。
「どう、って?」
【今回のことで、一番迷惑かけられたのはおまえだ。
こいつらをどうするか、おまえが決めろ。
王族全員の首を飛ばしてもいいし、こいつらを見限ってこの国を出ていくでもいい。
おまえのしたいようにしてやる】
ディドさんの静かなまなざしを見返しながら、考える。
「……ほんとに、私が決めていいの?」
【おう。どうしたい?】
静かに促されて、ゆっくりとふりむいた。
「王太子殿下」
私の呼びかけに、王太子はびくりとふるえて顔を上げ、床に手をついて上体を起こして、おびえた表情で私を見る。
「竜騎士団の任務として必要なこと以外で、ドラゴンと私に干渉しない、他の人にも干渉させないと誓うなら、今日のことは、なかったことにしてあげてもいいですよ」
「ち、誓う、君たちには一切干渉しないし、させない!」
王太子はすがるような表情で早口で叫ぶ。
「だったら、許してあげます。
ただし、今回限りです。
もし次に同じようなことをしたら、私たちはこの国を出ていきます。
それをおぼえておいてください」
きっぱりと言うと、王太子は小さくうなずいた。
「……わかった……」




