第1話
この章は多少シリアスです。
それから数日は、平穏にすごした。
食事や風呂などで兵舎に行く以外は、ずっと竜舎にいた。
ようやく会えた同族と、少しでも長く一緒にいたかった。
竜騎士たちが用事がある場合は、出入口の風の膜の手前から呼んでくるから、通訳した。
外からの声は中に聞こえるけど、中の声は外にもれないから、安心して会話できた。
ネィオさんの昔話や、キィロの愚痴を聞いたりもした。
フィアはずっと眠ったままだけど、ドラゴンの眠りは長い時は年単位だし、かなり弱っていたようだから、目覚めるまで早くても一ヶ月はかかるだろう。
フィアの角に巻きついてる幼生も、穏やかに眠っていた。
王都に来てから六日目の早朝、兵舎でサラさんたちと朝食を食べる。
騎士たちと一緒だと混雑するのと視線が鬱陶しいから、三日目からはサラさんたち使用人と同じ早めの時間帯に食べるようにしている。
使用人用の食事と騎士用の食事は違うけど、騎士用は肉や脂っこいものが多めだから、野菜多めであっさりした使用人用のほうが口に合ったせいもある。
食べ始めてすぐ、竜騎士の飛行用の制服を着たウィルさんがやってきた。
「おはよう、アリア。
ディドに頼みがあるんだが、伝えてもらえないかな」
「おはようございます、ウィルさん。
いいですけど、朝食の後でもかまいませんか?」
「かまわないよ、私も食事にするから。
サラ、頼む。君たちと同じものでいいから」
「はいはい、まったくウィル坊ちゃんはわがままなんだから」
サラさんはからかうような口調で言って、厨房へ向かう。
元はウィルさんの実家で働いていたし、ウィルさんが子供の頃からここにいるから、遠慮がない。
外部の人がいる時はきちんと改まった口調で話すが、いない時は気安い口調で『ウィル坊ちゃん』と呼んでいる。
ウィルさんは苦笑しつつも気にしていないようだ。
サラさんも食事中なのを中断させるんだから、文句を言われるのは当然だけど。
サラさんが手早く用意した食事を、ウィルさんはきれいな手つきで、だけど素早く食べていく。
私より量が多かったのに、食べ終わったのは私とほぼ同じだった。
食器を乗せたトレイを厨房に返して、ウィルさんと共に竜舎へ向かう。
歩きながら、気になったことを聞いてみた。
「こんな早い時間から、巡視ですか?
今日の当番は、ディドさんじゃなかったはずですけど」
巡視に出る順番は決まっているし、フィアの当番はキィロがかわっている。
今日はキィロのはずだ。
「いや、巡視じゃないんだ。
実は、昨日の夕方王太子殿下が帰城されたんだ」
「ああ、そうでしたね」
城内が騒がしいことに気づいたディドさんが風を使って人の話を集めて、王太子殿下が帰ってきたと教えてくれた。
「うん。
夕食後に時間をいただいて、早速君たちの要求の話をした。
だいたいは了承していただいたんだが」
言葉を切ったウィルさんは、横を歩く私を見て、なぜか赤くなって視線をそらした。
「……なんですか?」
「あ、いや、なんでもない。
……その、殿下は、君がドラゴンたちの世話をすること、君と私以外を竜舎に入れないこと、フィアを休ませること、そしてルィトを呼び戻すことを了承してくださった。
ただ、やはり緊急時の対応などの問題があるから、そのあたりをもう少し詳しく相談したいと言われたよ」
「そうですか……」
一応は私たちの要求が通ったと判断していいようだ。
「そのかわりというわけではないが、今回の視察の目的地の領主に書類を届けてほしいと言われたんだ。
緊急の用件らしくて、今日の昼までにディドと運んで必ず領主に手渡してくれと念押しされた。
ディドなら二時間とかからず着くはずだが、念の為に早めに出たいんだ」
「わかりました」
うなずいた時に竜舎前に着いて、ウィルさんを置いて中に入る。
ディドさんの仕切りにいくと、ディドさんは起きあがってお尻を地面につけて座っていた。
【おかえり。
話は聞こえてたぞ。
とりあえずはうまくいったようだな】
「ただいま、ディドさん。
そうだね、よかった。
で、配達らしいんだけど、もう出る?」
【ああ。朝の分は食ったしな】
一日二回の果物は、ウィルさんか副団長が持ってくる。
それをみんなに配った後、一緒に竜舎に行って、朝なら朝食、夕方なら夕食を食べ、ウィルさんか副団長につきそわれて帰ってくる。
なるべくひとりにならないようにという配慮らしい。
鬱陶しいけど、ディドさんにもそうしろと言われたから、我慢している。
今朝の果物は副団長が持ってきたのは、ウィルさんがでかける用意をしていたからだろう。
【半日もかからねえだろうが、一応強化しとくか】
言葉に合わせて、ディドさんのまわりからふわりと風が吹く。
風の膜は、ディドさんがここを離れても持続するけど、込める力の量によって持続時間が違うらしい。
新たに込められた力で、竜舎全体がしっかりと包まれるのを感じた。
【なんかあったら、ネィオに言うんだぞ。
人間どもがムチャ言ってきやがっても、無視していいからな】
ディドさんに心配そうに言われて、くすりと笑う。
「わかってる」
【よし。
ネィオ、アリアとフィアと幼生のこと、気をつけてやってくれよ】
ディドさんが仕切りを出ながら言うと、ネィオさんが自分の仕切りから首を伸ばして、少しだけ顔を出した。
【わかっとるよ、ディドは心配性じゃのう】
ネィオさんはおっとりした口調で言って笑う。
【ねえ、ボクはー?
なんでボクには言わないの?】
同じように顔を出したキィロが拗ねた口調で言うと、ディドさんはにやりと笑う。
【そりゃあおまえがまだまだ頼りねえガキだからだよ。
文句があるなら、二角になってから言いやがれ】
キィロは人間に換算すれば、十代前半の子供だ。
幼生ほど弱くはないけど、対等に扱われるほどでもない、守られる側だ。
キィロはそれが不満でよく文句を言うけど、四角、人間換算で四十歳を越してるディドさんやネィオさんに子供扱いされるのは、しかたないだろう。
【それに、おまえは今日の巡視当番だろ。
もうすぐ出ちまう奴に頼んでも意味ねえだろうが。
当番ぐらいおぼえとけ】
【ちぇーいっつも偉そうなんだからー】
キィロはぶつぶつ言いながら首をひっこめた。
ディドさんは苦笑して、出入口に向かう。
後をついて外に出ると、鞍を持ったウィルさんが待っていた。
その背後に竜騎士の一人がいたから、彼が鞍を持ってきたのだろう。
前庭で寝そべったディドさんに、ウィルさんが素早く鞍をつける。
「じゃあ、行ってくる。
何かあったら、副団長に相談してくれ」
「はい」
うなずくと、ウィルさんはひらりと鞍にまたがった。
【なるべく早く帰ってくるが、気をつけろよ】
ディドさんが起きあがりながら言う。
「わかってる、早く帰ってきてね」
笑って手をふって言うと、ディドさんも笑って尻尾をふり返してくれた。
ディドさんは大きく翼を広げると、一回のはばたきで一気に上空に飛びあがった。
二回目のはばたきで、加速する。
その姿が見えなくなるまで、見送った。




