特別編 新たな誓い
第三章のウィル視点です。
ディドに促され、アリアに竜騎士団の説明をする。
顔が赤いのを不審に思われたようだが、追及されずにすんでよかった。
竜騎士団の役割や仕事、兵舎のことなどを説明しているうちに、きもちがおちついてきた。
だが、ディドが以前宿舎で起きた騎士の醜聞を話したらしく、アリアが発した言葉にどきりとする。
そんな不埒なことは考えていなかったが、釘を刺されたように感じてしまった。
内心の動揺を押さえながら話していると、アリアがディドと相談したいことがあると言ってきた。
顔を寄せあい囁き声で話す姿は、ディドが人間の男ならば仲の良い恋人どうしのようだった。
いや、ディドの年齢を考えれば、親子のほうが近い、はずだ。
そう思って平静を保とうとしていたが、ディドがアリアの頬にキスするのを見て、動揺してしまった。
アリアも驚いていたようだったが、しばらく話した後、嬉しそうに笑ってディドの頬にキスを返した。
呆然としてしまったが、もしかしたらドラゴンも人間同様に親密な者にそういう行為をするのかもしれないと思い、おそるおそるアリアに確認する。
だが、やはり相当珍しいことのようだ。
それほどに、ディドはアリアを気に入っているということだろう。
そして、アリアも、ディドに好意を持っているのだろう。
自分がどちらにショックを受けているのか、わからなかった。
動揺を隠しながら話を続けると、ディドが意外な提案をしてきた。
確かにアリア以外出入禁止にすれば、会話をしても問題ないが、それでは我々が困る。
反対すると、国を出ていくと言われて、さっき以上に動揺する。
アリアがフィアや幼生を守りたいというきもちはわかる。
私も、できることはなんでもする覚悟はあった。
だが、私の権限が及ばないこともある。
そう説得しようとしたが、ディドが意思を伝えてきた。
『アリア』『賛成』、しばらくして『反対』『出ていく』と続く。
ディドはアリアの意見に賛成で、反対するなら出ていく、という意味だろう。
アリアが嘘を言っていると思っていたわけではないが、ディドが、ドラゴンが望んでいることなのだと直接伝えられれば、反対などできない。
なんとかして王太子殿下を説得しよう。
そう説明したが、アリアとディドには受け入れられず、竜舎に風の膜を張られてしまう。
試してみるようディドに言われて、おそるおそる出てみると、見えないものの水にもぐった時のような、なんともいえない感触があった。
だが、入ろうとすると、今度はまるで氷の壁のように硬く拒まれる。
確かにこれなら、人間が出入りすることはできないだろうが、常にこの状態ではすぐ騒ぎになるだろう。
竜舎付近には部外者は近づけないようにしているが、完全に排除はできない。
我が国の防衛の要であるドラゴンは、常に他国の者に狙われている。
王城内に入りこんだ間諜がこの風の膜のことを知ったら、ますますドラゴンをほしがるだろう。
そして、アリアのことも。
それを防ぐためになんとか説得しようとしたら、今度はアリアが竜舎に住みたいと言いだした。
確かにそのほうが安全かもしれないが、アリアを隔離してしまうことになる。
反対したが、アリア本人の希望でディドも賛成では、私が何を言ってもむだだった。
そのうえ、ネィオやキィロからもディドの意見に賛成だと意思を伝えられた。
ドラゴンの総意だと要求されれば、受けいれるしかない。
驚きと諦めが入り混じった状態で伝えられたことは、今日一番、いや、人生で一番の驚きだった。
ドラゴンが我々に力を貸してくれる理由が、果物だったとは。
果物を好むことは知っていたが、我々に好意を持ち、信頼してくれているのだとも思っていた。
実際は取引のようなもので、要求が通らないなら他の国へ行く、と言う程度のことだったのか。
……いや、本当は、薄々は気づいていたのだ。
歴代団長の記録を総合すると、ドラゴンは平均二十年ほどで去っていくし、『帰る』と伝えてきたドラゴンの意志を変えさせることもできなかったそうだ。
百年以上いたドラゴンはディドだけで、だから団長専用のドラゴンとされてきた。
そのディドでさえ要求が通らないなら出ていくと言うのだから、ドラゴンにとってここにいるのは本当に取引だったのだろう。
おちこんでしまいそうになったが、すぐそれどころではないと思い直した。
少なくとも、要求を満たしている間はここにいてくれるのだ。
ならば、ずっといてくれるように全力を尽くせばいい。
アリアを竜騎士たちに紹介し、アリアの『部屋』の手配をし、サラに紹介する。
合間に関係部署に連絡を取り、必要な手続きを確認する。
夕食も取らずに走りまわり、気がつくと深夜だった。
サラが団長室に用意してくれていた軽食を取り、一息つく。
執務机の上には、今日の分の書類が積まれていた。
窓のカーテンの端をめくって、竜舎の方角を見る。
淡い月明かりにぼんやりと輪郭が浮かんで見えた。
あそこに、アリアがいる。
そう思うだけで、なぜか胸の奥があたたかくなった。
深呼吸してきもちを切り替え、書類の処理を始めた。




