第8話
その後は、いろいろあわただしかった。
ウィルさんが出ていってしばらくすると、竜舎の前庭に竜騎士や見習いが集まってきて、きちんと並ぶ。
ウィルさんに呼ばれて出ていくと、みんなに紹介された。
ディドさんとのうちあわせどおりにウィルさんが言うと、竜騎士たちは驚いたようだけど、あえて質問してくる人はいなかった。
興味津々な視線が鬱陶しかったけど、我慢した。
紹介が済むと、前庭を挟んで竜舎の向かいにある兵舎に連れていかれて、食堂で昼食をウィルさんと一緒に食べた後、中をひととおり案内された。
私が使うのは、食堂とお風呂とかの設備だけだと思うけど、なぜか団長室にも案内された。
私が使う予定だった女性使用人の部屋から、見習い騎士たちが家具を運びだした。
ディドさんが風で運んだほうが早いけど、ディドさんの力を万が一にも外部の者に見られたくないとウィルさんに懇願されて、ディドさんが了承したのだ。
それでも、運ばせたのは竜舎の出入口前までで、中にはディドさんが風で運びこんだ。
出入口の風の膜と、家具を浮かばせる風に、家具を運んだ見習い騎士たちがなぜかはしゃいでいた。
運びこんだ家具を、出入口のすぐ横のディドさんの隣の仕切りに設置した。
砂地にめりこまないように、倉庫から運ばれてきた建物の補修用だという大きな板を敷きつめ、さらにそのうえにカーペットを敷いてから、家具を置く。
一度置いてみると、なんだか位置が気に入らなくて、少し移動させた。
人力でやると大変だけど、ディドさんに頼めば風で浮かせてくれるから、楽でいい。
野外演習時のテントだという大きな厚手の布を、仕切りと外壁の高い位置に釘で打ちつけて張ってカーテンのようにして、目隠しにした。
ここにいるのは私だけだから必要ないと思ったけど、ディドさんとウィルさんにそろって必要だと言われたのだ。
釘で打ちつけるのも、ディドさんが細く圧縮した風でやってくれた。
ディドさんの風の使い方は、種類が多くて細やかで、感心するばかりだ。
『部屋』のかたづけが終わると夕方で、ウィルさんが持ってきた果物をみんなに配った。
ウィルさんと一緒に再び兵舎に行って、サラさんという中年の女性に紹介された。
ここで働く女性たちのとりまとめをしているらしい。
もともとウィルさんの家に代々仕えている使用人の家系で、先代団長であるウィルさんの父親に頼まれてここで働きだし、結婚や子育てで何年か休みながらも働き続けているベテランらしい。
薄茶の髪と瞳で、四十歳ぐらいに見えるけど活発な雰囲気で、体型は少しふっくらしている。
ウィルさんは用事があるそうで、サラさんに私のことを頼んで兵舎を出ていった。
サラさんに、ウィルさんに頼まれて買ってきたという身の回りの品を渡され、いろいろ説明され、同じぐらい質問された。
喋り好き詮索好きの典型的なタイプで、村にも同じような女性がいたから、対処法はわかっている。
最低限の答えだけで受け流していると、無口だとなぜか感心された。
お風呂と夕食を終えて、渡された身の回り品とランタンを持って竜舎に戻った。
ウィルさんは夕方出ていったきりだったから、副団長が竜舎まで送ると言ってきたけど、目の前だからと断った。
兵舎と竜舎までの間には何もないし、ランタンもあったから、苦労せずたどりついた。
ディドさんたちに挨拶してから、服や小物をざっと分類して、チェストにしまう。
夜目が利くドラゴンにはランタンの光はまぶしすぎるから、チェストの上に置いたまま、隣のディドさんの仕切りに行く。
身体を丸めて寝そべってるディドさんの尻尾にまた座らせてもらって、おなかにもたれかかる。
やっぱり安心して、ようやくほっとできた。
「……なんだか、不思議だな。
今朝起きた時は、夜に王都でディドさんと話をしてるなんて、想像もしなかった」
ため息をついて言うと、首を伸ばして私の足下に頭をおろしたディドさんがかすかに笑う。
【そうだな。俺もだ。
疲れたか?】
「ちょっとね。でも大丈夫。
竜騎士団て、人数多いんだね。
私の村の住民全員と同じぐらいの人数がいて、しかもほとんどが若い男の人だから、驚いたよ」
騎士だから若い男の人で当然だとわかってたけど、実際に数十人を目の前にすると圧倒されてしまった。
【そうだな。
だがおまえが普段接するのは竜騎士だけだろうから、見習いどものことは気にしなきゃいい】
「そうだね……でもあの人たちって、全員騎士で、全員貴族なんだよね?」
一生見ることもないだろうと思っていた貴族があんなにたくさんいるのも、なんだか不思議な感じだ。
【地方の騎士団には最近は平民の騎士もいるらしいが、近衛騎士団の騎士は全員貴族だな。
しかも竜騎士になれるのは、父親が伯爵以上の奴だけだ】
「……伯爵以上の貴族って、そんなにたくさんいるの?」
【おうよ。
公爵は、初代国王が俺のオヤジに会う前から仕えてた七人を建国時に重臣にして爵位を与えて以来、増えてねえ。
だが侯爵は、この国だけじゃなく併合した国の王族や貴族どもも含めると、数十人いる。
伯爵は百人以上いるだろうな】
「そんなにいるんだ……」
【おう。
まあ中にはウィルんとこみてえに、爵位をいくつも持ってる奴もいるけどな】
そういえば、フィアと幼生のことが心配で聞き流してたけど、ウィルさんは公爵家の次男で伯爵位を持っていると、あの大臣が言っていた。
「……ウィルさんって、本当にすごい貴族なんだね。
でもそのわりに、貴族っぽくないね」
建国当初から続く七大公爵家の次男で、自分も伯爵位を持ち、近衛騎士団の竜騎士団長を務めているなら、相当な権力者だ。
貴族についての噂話では、いやなイメージしかなかった。
だけどウィルさんは、私にも竜騎士にも兵舎で働く人にも丁寧な態度だったし、権力をふりかざしてムチャなことを言ったりしたりもしない。
私が知らないだけかもしれないけど、今まで見た範囲では、貴族というイメージとは全然違った。
【ウィルは特別だからな】
ディドさんはなぜかくつくつと笑う。
【どっちかっつーと、あのバカ大臣みてえな、権力ふりかざして好き勝手する貴族のほうが多い。
まあ竜騎士どもはのんきな奴が多いし、俺が気に入ってるおまえに手出ししようとするバカはいねえだろうが、あんまり隙を見せねえよう気をつけろよ】
「わかった。
竜騎士って、ディドさんの言うとおり、のんきな人が多いみたいだね。
家具を運んでくれた見習い騎士たちは、ディドさんが風で中に運びこむの見て、はしゃいでたし」
私よりいくつも年上の男の人たちが、小さな子供みたいに騒いでて、内心呆れてしまった。
【ガキみてえだろ。
ウィルは極端だが、ほとんどの奴らがドラゴンが好きで、ドラゴンに乗って空を飛んでみてえからって理由で竜騎士をめざしてるからな】
「そうなんだ。
でも確かに、空を飛ぶのってきもちいいもんね」
【おうよ。
だが、そういう奴らだから、そのうちおまえにしつこくドラゴンのことを聞いてくるかもしれねえ。
昼間相談したように、質問はウィルを通せって言ってつっぱねろよ。
いちいち相手してたらきりがねえからな】
「そうだね、わかった。
でも、ディドさんは、どこまで答えてあげる気なの?」
【俺らのことぐれえなら隠すほどでもねえし、答えてやってもいいかと思ってる。
ドラゴン全体のことも、話してもいいんじゃねえか?
どうせ人間は北大陸に行けねえしな】
「ディドさんに、里に戻って他のドラゴン誘ってきてくれって、頼んでくるかもしれないよ?」
からかうように言うと、ディドさんはにやっと笑う。
【そん時ゃ断るだけだ。
人間どもにそこまでしてやる理由はねえ】
「そっか、そうだね」
うなずいた時、小さな欠伸が出た。
【眠いのか?】
「……ちょっとね」
村では蝋燭は高価な物で、むだ使いしないように夜はさっさと寝て夜明けと共に起きる習慣が子供の頃から身についている。
いつもなら、もうとっくに寝ている時間だ。
それに、今日は朝からいろいろありすぎて、畑仕事とは違う疲れがあった。
【だったら、もう寝ろ。
人間はちゃんと食って寝ないともたねえからな】
ディドさんの優しい声に、もう一度欠伸をしながらうなずいた。
「……うん。
あ、寝る前に、ちょっとだけフィアの様子を見にいっても大丈夫かな」
【おう、だが静かにな】
「うん」
ディドさんが張った風の膜があるから足音は聞こえないだろうけど、子育て中、特に幼生を育ててる頃は近づく気配に敏感になるのは経験済みだ。
なるべく静かに歩いて、フィアの仕切りに向かう。
風の膜に包まれたフィアも幼生も、よく眠ってるようだった。
安心して、自分の仕切りに戻る。
ネィオさんとキィロは、もう眠ってるみたいだった。
手早く夜着に着替えてランタンの灯りを消し、ベッドにもぐりこむ。
村で使ってた板と藁のベッドとは違って、やわらかかった。
「おやすみなさい、ディドさん。
また明日」
【おう、おやすみ。また明日な】
壁越しにディドさんと挨拶をかわして、目を閉じると同時に眠りに落ちた。




