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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第三章 竜騎士団
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第6話

  

 ディドさんのまわりから吹いた風が、私の髪やスカートの端をかすかに揺らす。

 風がおさまった時には、竜舎全体が風の膜で包まれているのを感じた。


「……今のは……?」


 風の力を感じとれないウィルさんは、不思議そうにまわりを見回している。


【ウィル、一度外に出て、もう一度入ろうとしてみろ。

 出るのは自由だが、アリア以外の人間は入れないようにしてあるから】


 ディドさんの言葉を伝えると、ウィルさんは迷うような表情で私とディドさんを交互に見てから、立ちあがった。


「……わかった」


 ウィルさんはなんとなく緊張した足取りで、ゆっくりと出入口まで歩いていく。

 手前でいったん止まって、前方を確かめるように手を伸ばしながら、おそるおそる足を踏みだす。

 そのままゆっくり歩いて外に出て、すぐ驚いたような表情でふりむいた。

 おそらく風の膜を通りぬけた時に、何か感じたのだろう。


「へえ、ああいうこともできるんだね」


 風の膜は、見えないけどまだ存在しているのを感じる。

 出入口の部分だけゆるめて、ウィルさんを通したのだ。

 私はドラゴンとしてはディドさんより長生きしたけど、風の膜をそんなふうに使えるとは知らなかった。


【おうよ、人間どもはひ弱だし、人間どもの道具も壊れやすいからな。

 ここで暮らすうちに、風の制御はうまくなった。

 こういうこともできるぜ】


 ディドさんの言葉に合わせて吹いたかすかな風が、テーブルの上からティーポットを持ちあげた。

 ふわふわと空中を漂ってきたポットは、私の横のトレイの上で止まり、からになっていた私のカップに紅茶をそそぐ。

 ポットはまた空中を漂っていき、テーブルの元の位置に戻った。


「すごいね、ありがと」


 くすっと笑ってカップを取り、紅茶を一口飲む。

 少し冷めてしまってたけど、それでもおいしかった。

 視線を出入口に戻すと、ウィルさんが入ってこようとしていた。

 だけど、まるで見えない壁があるかのように、ある部分から進めなくなる。

 ウィルさんが焦った表情で空中を撫でたりたたいたりしてるのが、少しおかしかった。


「ディドさん、もう入れてあげたら?

 話はまだ終わってないし」


【そうだな】


 ディドさんがにやりと笑うと、わずかに風が動いて、ウィルさんが中に入ってくる。

 テーブルに戻ってきたウィルさんは、さっき以上に複雑そうな表情をしていた。

 椅子に座って、すがるような表情でディドさんを見る。


「ディド、あの膜を消してくれ。

 あれでは、すぐに騒ぎになってしまう。

 騒ぎが広まるのは、アリアやフィアのためにもよくないだろう」


【あれは俺がやったことで、アリアは関係ない。

 フィアの調子が悪くなって、人間どもを近づけたくないから、俺が竜舎に風の膜を張った。

 だが世話係は必要だから、以前巡視中に偶然会って、意思が伝わりやすくて気に入ったアリアを連れてきた。

 フィアの調子が良くなるまで、アリア以外の人間は出入りさせない。

 他の奴らにはそう話せ。

 必要な許可とやらは、ウィルがなんとかしろ。

 フィアが幼生を生んだことは、誰にも、王太子にも言うな】


 ディドさんの言葉をそのまま伝えると、ウィルさんは気遣うような表情で私を見る。


「アリアだけに世話を頼んだら、アリアの負担が大きくなってしまうだろう」


【世話といっても、一日二回果物を持ってくるだけだろう。

 後はたまに砂を足したり、身体を拭いたりする程度だから、一人で充分だ。

 まあアリアに用事ができることもあるだろうから、ウィルも出入りできるようにしておく。

 だが、他の奴はだめだ】


 ディドさんのきっぱりした言葉を聞いて、ふと思いつく。


「ねえ、私、いっそここに、竜舎に住んじゃダメかな?

 そのほうが私も安心だし、みんなの世話もしやすいと思うんだけど」


 ディドさんの言葉をウィルさんに伝えてから、思いついたことをディドさんに言うと、ディドさんもウィルさんも驚いたような表情で私を見た。


「だが、それでは、君をここにひとりで閉じこめることになってしまう」


【それに、ここは人間が暮らせるような環境じゃねえぞ】


 順に言われて、順に答える。


「私にとってドラゴンは同族だから、ひとりじゃありません。

 暮らすには、確かに向いてないかもしれないけど、空いてるところに小さな小屋でも作ってもらえたら平気だよ。

 食事やお風呂は、兵舎に行けばいいだろうし」


 竜舎の仕切りは一つずつが私の家ぐらいの幅と高さがあるから、小屋を造る場所は十分ある。


「……………………」


 ディドさんとウィルさんは、それぞれ黙りこんで、何か考えていたようだった。

 先にうなずいたのは、ディドさんだった。


【確かに、ここで一緒に暮らすほうが安全だし安心だな】


「でしょ?」


 にっこり笑うと、ディドさんも苦笑する。


【だが人間はひ弱だからな、『家』はちゃんと整えたほうがいい。

 ここの隣、出入口のすぐ横の仕切りがあいてるから、そこに家を作らせて、家具を入れて、風呂やトイレや台所もつけさせろ。

 そうすりゃここだけでも暮らせるし、気が向いた時は兵舎に行けばいい】


「そこまで頼めるかな」


【できるだろ、街の小さな家を一軒ここに建てるようなもんだ。

 金さえありゃ、なんでもできる。

 竜騎士団の予算が余ってて、使いきるために竜舎を建てかえようかとしばらく前にウィルが言ってたから、その金でおまえの家を作りゃいい。

 竜舎の建てかえは、今じゃなくてもいいからな。

 むしろフィアをそっとしとくために、今はやめろ。

 って言ってやれ】


 ディドさんは、まだ悩んでるらしいウィルさんを鼻先で示す。

 言われたとおり伝えると、ウィルさんは何か言いかけたけど、結局何も言わなかった。

 いろいろ諦めたような表情で深くため息ついてから、うなずいた。


「…………わかった。

 ディドの言う通りに、ドラゴンの世話はアリアに一任し、ここにアリアの『家』を用意しよう」


「ありがとうございます」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きな話です [一言] ドラゴンが強いこの関係好きですね。
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