第5話
「お待たせしました」
ウィルさんに向きなおると、呆然と固まってたウィルさんははっとしたように瞬きして、椅子に座りなおした。
「……いや。
…………アリア」
「なんですか?」
「…………ドラゴンも、人間のように、その、親しい者とのふれあいを好むのかな」
そう言うウィルさんの声は、さっきのディドさんの行動によほど驚いているらしく、うわずっていた。
「いえ、ドラゴンは人間みたいにふれあったりしません。
さっきのは、ディドさんが私を気に入ってくれてるってわかりやすいように、人間のやりかたにしてくれたんです」
「……そうか……」
ウィルさんは、なんだかおちこんでるような悔しいような、複雑な表情でうなずく。
『誰に』わかりやすいようになのか、考える余裕はないみたいだ。
「…………それで、なんの相談だったのかな」
「あ、今相談したことは、さっき話してたこととは違う内容なんです」
ディドさんたちがここに来た理由を今言うと、ウィルさんはさらにショックを受けて使いものにならなくなりそうだから、後のほうがいいだろう。
「さっきの話は、私がドラゴンの生態を知ってる理由をどうするかと、ドラゴンの生態に関する質問をどうするか、でしたよね」
「……ああ」
「前世がドラゴンだったことと、その記憶と力の名残りがあることは、やっぱり秘密にしておこうと思います。
生態については、ディドさんたちから直接教えてもらったことにすればいいと思います。
質問についても、ウィルさんがディドさんに質問したことの答えを、ディドさんが私に伝えてくれたって形にすれば、大丈夫じゃないでしょうか」
【ただし、いちいち質問されるのは鬱陶しいし、アリアも相手が面倒だろうしな。
質問がある奴はウィルに言って、ウィルがそれをまとめて週に一度アリアを通訳にして俺らに聞くとかいう形にしておけ】
ディドさんの言葉も伝えると、ウィルさんはしばらく考えこんでたけど、ゆっくりうなずく。
「……確かに、それなら、なんとかごまかせるかもしれない。
だが、私以外の者がいるところでは、なるべくディドたちと話をしないほうがいいだろうな。
念じて伝えられるのと会話するのとでは、やはり雰囲気が違うから、怪しまれるだろう」
「でも、本当に会話してるかどうかは人間にはわからないんだから、大丈夫じゃないですか?」
「それは、そうなんだが……」
【だったらいっそ、今後俺らの世話するのはアリアだけに限定して、他の奴らは竜舎立入禁止にするか。
そうすりゃアリアといつでも話せるし、フィアもおちついてられるし、幼生も見られねえですむ。
さっきのバカ大臣みてえなのの相手もしなくてすむしな】
「確かに、そのほうが安心だけど……そこまでできるの?」
それはおそらく、竜騎士団の仕組みを根本的に変えることになるだろう。
いくらドラゴンの望みでも、そこまでは無理じゃないだろうか。
【できるさ、つーか、やらせるさ。
幼生に手出しさせねえためには、徹底的にやらねえとな。
できねえっつーなら、さっき言ってたようにこの国を出ていきゃいい】
ディドさんのきっぱりとした言葉に、ゆっくりうなずいた。
「……そうだね。
幼生を守るためだもんね」
ドラゴンは仲間を大切にするし、子供はもっと大切にする。
幼生を守るためなら、手段を選んでいられない。
【そういうこった。
んじゃ、今のをウィルに伝えてくれ】
「うん」
ディドさんと話しあった内容を伝えると、ウィルさんはやっぱり困ったような表情になった。
「…………他の者を竜舎に出入禁止にするのは、難しいと思う」
「難しくても、やってください。
できないなら、私たちは全員この国を出ていきます。
もちろん、フィアや幼生も一緒にです」
ディドさんと話しあったとおりに言うと、ウィルさんはあわてたように腰を浮かして叫ぶ。
「いや、それは困る、国を守れなくなってしまう!」
「だったら、なんとかしてください」
きっぱり言うと、ウィルさんは今度は青ざめた。
「……私の権限では、そこまではできないんだ。
近衛騎士団の総帥である王太子殿下の許可が必要だ。
いや、もしかしたら、国王陛下のご裁可も必要かもしれない」
「必要なことなら、やってください。
私たちの要求が通るなら、私たちはここにいます。
要求が通らないなら、私たちは出ていきます。
そのどちらかです」
人間はむだに物事を複雑にしたがるけど、ドラゴンの考え方はシンプルだ。
できるかできないかの二択なのに、すぐ返事ができない人間は、面倒だとつくづく思う。
内心呆れてると、さらに青ざめたウィルさんが何か言いかけたけど、私の足下に頭をおろしてたディドさんが頭を持ちあげた。
目には見えないけど、ディドさんからウィルさんに力が流れていくのが感じとれた。
ウィルさんの肩が、ぴくりと揺れる。
何かを念じて伝えてるのだろう。
長い沈黙の後、ウィルさんが諦めたような表情でうなずいた。
「……………………わかった。
王太子殿下が戻り次第話して、許可をもらおう。
だが、王太子殿下が地方視察から戻られるのは、数日後の予定だ。
許可が出るまでは、今の体制で我慢してほしい。
もちろん、フィアや幼生には近づかないように竜騎士たちに言っておく」
【だったら、今すぐ王太子を迎えにいって、連れて帰ってくればいい。
馬車で数日かかる距離でも、俺なら数時間だ】
「いや、それは無理だ。
ドラゴンの鞍は一人用だし、殿下はドラゴンの騎乗訓練をしてないんだ」
ウィルさんの言葉に、ディドさんに乗せてもらった時のことを思い出す。
鞍は、ディドさんの首のつけ根と翼の間あたりに取りつけられていた。
身体を鍛えている大人の男性の騎士が二人乗りだと、かなり場所を取って、翼を動かしにくくなるから、一人しか無理なのだろう。
さっき私を乗せられたのは、私が小柄で、ウィルさんが細身で、ディドさんが風の膜でしっかり包んでくれてたからだ。
それを応用すれば、ドラゴンに全く乗ったことがない人でも連れて帰ってこれるはずだけど、反対する理由は、おそらく相手が王太子という身分だからだろう。
「それに、殿下の地方視察は目的地だけでなく途中で通る街の視察も兼ねているから、行程を省略するわけにはいかないんだ。
予定通り数日後に帰城するまで、待っていてほしい」
ウィルさんの懇願を聞いて、思わずため息をつく。
「ねえ、ディドさん。
竜舎全体に風の膜を張ってくれない?
そしたら、ディドさんが許可しない人間は、出入りできなくなるでしょ。
手続きは、後からやってもらえばいいし」
人間の都合になんか合わせていられない。
私たちの最優先は、幼生を守ることだ。
【そうだな、そのほうが早ぇし確実だな。
そうするか】
「待っ……!」
にやっと笑ったディドさんの答えに、ウィルさんの声が重なる。
だけど続きは、風の音に消されて聞こえなかった。




