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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第一章 湖のドラゴン
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第3話



 水汲み、家畜の世話、皆と朝食、畑の世話、といつもどおりの一日を進めて、村はずれの森で食べられる野草を摘んでいた時、その『声』が聞こえた。



 ヴィオルゥウウウ



「えっ、何っ!?」


 すぐ横で一緒に野草を探してたエリンが、驚いたような声をあげる。


「なんか、動物の声っぽくなかった?

 てか、今の声、どこから聞こえてきたの?」


 きょろきょろとまわりを見回すエリンの声を聞きながらも、私は呆然と空を見上げていた。


「いま、の……」


「アリア、どうしたの?」


 不思議そうなエリンが、私の服の袖を軽くひっぱる。



 ヴィルヴィヴィルグウウ



 また声が、それもすぐ近くで聞こえた。


「!」


「アリア!? どこ行くの!?」


 我慢できずに走りだすと、背後でエリンが叫ぶ。


「ごめん、先帰ってて!」


 ふりむかずに、そう言うのがせいいっぱいだった。



 だって、今の、今の声……!



 息を切らしながら、慣れた森の中を駆けぬけていく。

 数分走って木々の間を抜けると、ざあっと視界が開ける。

 森の中心部の小さな湖は、水場として利用しやすいよう木を伐ってあるから、短い草の絨毯がまわりを囲むように広がっている。

 その湖のほとりに、大きな影があった。


 砂色の大きな身体。

 短く太い爪がついた前脚と、がっしりした後ろ脚。

 大きな身体を覆うさらに大きな二枚の翼。


 間違いない。


「ドラゴン……」


 思わずつぶやくと、湖の水をのぞきこんでいたドラゴンが、私をふりむいた。


【人間の娘か。さっきの村の子か?】


 低いうなり声を聞いて、どくんと、胸が高鳴る。


「……そうです。

 レッシ村の娘、アリアです」


【ん? おまえ、俺の言葉がわかってんのか?】 


「……わかります」


 さっき、空から響いた、雷鳴のような動物のうなり声のような響き。

 聞いた瞬間、薄れかけていたドラゴンの記憶が鮮明によみがえった。

 耳で聞いているのはうなり声なのに、言葉として理解できたのだ。


 ふるえる足を動かして、一歩二歩と、ドラゴンに近づく。

 ドラゴンは、じっと私を見ている。

 同じぐらいの長さの角が四本あるから、四百歳前後だろう。

 身体つきがやけに大きく見えるのは、私が人間サイズに縮んでしまったからだろうか。


「さっき、空を飛んでる時、『だから、後ろの留め具がはずれそうだって言ってんだよ』って言ってましたよね。

 それから、『このままじゃおまえ途中で落っこちるから、いったん下りるぞ』って」


 ドラゴンは、驚いたように目を見開いた。

 どこか人間めいたしぐさだった。


【当たりだ。

 嬢ちゃん、なんでそこまで俺の言葉がわかる?

 竜騎士の奴でも、なんとなくしか通じねえのに】


「ああ、やはり、竜騎士団の方なんですね」


 ドラゴンの背の二枚の翼の間には、人間が座れるような鞍が取りつけられていた。

 ドラゴンのほとんどは、人には渡ることができない荒れた海の向こうの北大陸に住んでいる。

 なのに人間がドラゴンを知っているのは、ごくわずかの例外が、この国の王都にいるからだ。

 それが、リーツァ王国竜騎士団が操るドラゴンだ。





 二百年前、南大陸ではいくつもの国が争っていた。

 その中で、一人の剣士が台頭した。

 彼はドラゴンの加護を受け、ドラゴンに騎乗して戦場を駆けた。

 その翼が巻き起こした風は、一回のはばたきで数百人の兵士をまとめて1キロ吹きとばしたという。

 戦争を終わらせた剣士は、リーツァ王国を建国し、初代王となった。

 それ以来、国が危うくなるたびに王のもとにドラゴンが現れ、共に戦って国を守った。

 人の力でドラゴンに敵うはずはなく、いくつもの国を併合し、リーツァ王国は南大陸で一番大きな国となった。

 今も王都には数頭のドラゴンがいて、彼らに騎乗する竜騎士は、国中から選ばれたエリート中のエリートだという。



 小さい頃にその話を母から聞いた時、ドラゴンとしての記憶から人間に力を貸す変わり者の砂の一族のことを思い出した。

 私の人間嫌いはとびぬけていたけど、他のドラゴンもほとんどが人間を嫌っていた。

 自然のエネルギーを吸収して生きているドラゴンが、自然を壊す人間を好きになれるはずがない。

 だけど、砂の一族の一部のドラゴンだけが、人間に力を貸して人間の街で暮らしていた。

 初めてその話を聞いた時は呆れたし、理由を知ってもっと呆れた。

 私がいた風の一族の里と砂の一族の里はかなり離れていたから、交流はあまりなかったし、人間に味方していると聞いて以来、関わることをさけていた。

 だけど、王都にいる彼らは、今の私が唯一会えるドラゴンだ。

 会いたくてたまらなくて、真剣に王都に行く方法を考えた。

 といっても、国の守護者であるドラゴンは王城の奥深くにいる。

 ただの村人は王城に入ることなどできず、そもそも王都に行くだけでも、徒歩で一週間はかかるし、相応の旅費もかかる。

 生きていくだけでせいいっぱいの生活では、そんな時間もお金もない。

 ほとんどの村人は村から出ずに一生をすごすのが普通だから、王都に行きたいと言っても許してもらえるわけがない。

 だから、しかたないと諦めた。





 なのに。

 今、目の前に、ドラゴンがいる。


 今朝の夢は、この予兆だったのかもしれない。

 

 

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