第4話
【おう、よろしく頼むわ。
そうだ、俺もひとつ聞いときてえんだが】
「なに?」
【アリアは、この国にずっと住んでたいか?
さっきウィルに勧誘されてた時の感じじゃあ、人が多い王都に住むのがいやなだけで、あの村を出ることは気にしてねえようだったが、この国を離れるのはいやか?
他の国には行きたくねえか?】
静かな問いかけの意図を考えながら、とりあえず囁き声で答える。
「この国を離れたくないっていうほど、執着はないかな。
行きたい国があるわけでもないけど。
言葉や文化は大陸中ほぼ共通らしいから、どこででも生きてくことはできるだろうし」
私はレッシ村で生まれて以来、村周辺から離れたことがなかった。
今日が生まれて初めての遠出だ。
『行ったことがない遠い場所』という意味では、この国の街も、他の国の街も、同じようなものだ。
【そうか。
さっき言ったように、俺もこの国を特別気に入ってるわけじゃねえ。
だから、もし人間どもがおまえにムチャなことさせようとしやがったら、はっきり断っていいからな。
で、俺らと一緒にこの国を出ようぜ】
ディドさんの質問の意図がわかって、思わずちらっとウィルさんのほうを見た。
「……でも、そうしたら、大騒ぎになるんじゃない?
フィアと幼生のこともあるし……」
少なくとも、フィアが元気になるまでは、ここを出ていくことはできないだろう。
【フィアと幼生とおまえと、まとめて風の膜で包んで運べば、どこにだって行けるさ。
人間どもが止めようとしてくるなら、全部吹きとばしゃいい。
幼生のためにも、おちついて子育てできる環境のほうがいいしな】
「それは、そうだけど……」
【俺らをほしがってる国は、いくらでもある。
つーか、リーツァ以外のすべての国がほしがってるだろう。
この国の強さは、俺らで成り立ってるからな。
俺らが出ていけば国がもたねえことぐらいわかってるだろうから、おまえにムチャ言いはしねえだろうが、だからこそドラゴンを増やすために、おまえを使おうとするかもしれねえ】
「…………うん」
【そうなった時は、さっき言ったようにきっぱり断って、この国を出りゃいい。
おまえが一緒だから北大陸に戻るわけにはいかねえが、そのぶん人間との交渉を頼めるからな。
おまえと幼生と俺たちと、全員が安心して暮らせる国を選べばいい。
選ぶ権利は俺らにあるし、人間どもに邪魔はさせねえ】
「……そうだね」
【俺らがここにいる理由も、そのうち人間どもに話してやれ。
俺らが力を貸すのは取引みたいなもんだとはっきりわかってれば、ムチャ言ったりしねえだろうからな】
「わかった」
最初は、ウィルさんたちの夢を壊さないために、本当の理由は秘密にしておいたほうがいいかと思った。
だけど、今ディドさんが言ってたように、説明しておいたほうが後々の問題が減りそうだ。
たぶんそのうちウィルさんあたりが聞いてくるだろうから、その時に話そう。
【おう、よろしく頼むわ】
言いながら、ディドさんは鼻先でごく軽く私の頬にふれた。
「っ!?」
黙って私たちの様子を見ていたウィルさんが、驚いたように腰を浮かすのが視界の端に見えた。
ディドさんは、いたずらが成功した子供のような表情でにやっと笑う。
【人間の男は、気に入ってる人間の女にこうするんだろ?
おまえは俺のお気に入りだって、はっきりわからせとかねえとな】
ドラゴンの愛は純粋に精神的なものだから、伴侶でも人間のようなふれあいはしない。
なのに、ディドさんはあえて人間式の好意の示し方をしてくれた。
「…………もしかして、尻尾に座らせてくれたのも、あの大臣たちを風で押さえこみっぱなしなのも、そのため?」
私がディドさんのお気に入りだと、私に手出しするとディドさんを怒らせると、人間たちにわからせるためなのだろうか。
じっと見つめると、ディドさんは再びにやりと笑う。
【ウィルがどう頼むかはわからなかったが、幼生が育つまで、おまえはこれから何度もここに来ることになるだろうからな。
予防線ってやつだ】
予想は正しかったようだ。
確かに、これだけ特別扱いしてもらってたら、私をいじめる人はいないだろう。
くすっと笑って、ディドさんの頬にキスを返した。
「ありがと、ディドさん」




