第2話
【住むとこはそれでいいとしてだ。
ウィルは、竜騎士団の奴らにアリアをどう紹介するつもりなんだ?】
通訳すると、ウィルさんは不思議そうな表情になる。
「どうって……侍女としてドラゴンの世話をしてもらう、と紹介するつもりだよ」
【前世がドラゴンで、記憶と力が残ってて、ドラゴンの言葉がわかることも言うのか?】
「言わないと、会話ができるのが不自然だろう」
【竜騎士全員が知ったら、貴族全員に知れわたるのもすぐだろうな。
そしたら、アリアが危険になるだろうが】
ディドさんに軽くにらまれて、ウィルさんは視線をそらす。
「それは…………そうだ、全員に黙っているよう約束させれば、大丈夫だろう」
【甘いな、そんな約束守る奴のほうが少ないだろ。
さっきのバカ大臣と一緒にいた見習いだって、おまえが直接面談して『人柄を考慮して選抜』したうちの一人だろうが。
竜騎士から話を聞いたバカどもが大勢押しよせてきたら、どうするんだ】
「…………それは……」
ウィルさんは、言葉をとぎらせ、うつむいて黙りこむ。
今の話題には特に意見がないから通訳に専念して黙ってたけど、しばらく経ってもウィルさんは黙ったままだった。
ディドさんが小さくため息をついて私を見る。
【竜騎士の奴らは、どうものんきでよ。
特にウィルがそうだが、人間の善意を信じすぎるっつーか、結局は甘いんだな。
人間をつきはなして見てるおまえが加われば、ちょうどよくなるかもしれねえが】
はっきり言ったことはなかったはずだけど、私が今も人間嫌いなことにディドさんは気づいていたようだ。
思わず苦笑してうなずく。
「……そうかもね」
【おうよ。
おまえはなんか案があるか?
危険はなるべく減らしたほうがいいからな】
「そうだね……」
うつむいて黙りこんだままのウィルさんを見ながら、しばらく考える。
「……前世がドラゴンで、今も記憶と力の名残りがあるってことは、秘密。
会話できるってことは、多少は話す、でどうかな」
【多少ってのは、どの程度だ?】
「他の生き物に意思を念じて伝えるのって、加減がすごく難しいでしょ?
相手の状態によっては、うまく伝わらないこともあるし」
【そうだな】
「私は、他の人に比べてドラゴンの意思がすごく伝わりやすいってことにしとけば、会話してるように見えてもそんなに不自然じゃないと思う。
人間だって、家畜や馬とかが言ってる内容がわからなくても話しかけたりするし。
でも、長年世話してると、動物が何を望んでるかわかったり、逆に動物が人間の言葉の指示をわかって動いたりするようになる。
それと同じような感じだと思わせれば、なんとかなるんじゃないかな」
ドラゴンと家畜を同じ扱いにしたくないし、そもそもドラゴンは他の動物とも会話できる。
自分たち以外の種族と会話できない人間のほうがおかしいし、言葉が通じないから動物には知性がないという考え方も気に入らないけど、人間はそういう考え方しかできないんだから、今はそれに合わせて考えるしかない。
ディドさんは小さくうなずいて、いつの間にか顔を上げて私たちの話を聞いてたウィルさんをちらっと見る。
【いいかもな。
今の竜騎士の中じゃあウィルが一番伝えやすいが、それでも一度には単語三つが限界だ。
だがもっと伝えられる相手なら、会話してるように見えてもおかしくねえ。
意思が伝わりやすいから気に入って、連れてきたってことにもできるしな】
「うん」
うなずいて、ディドさんの言葉を伝えると、ウィルさんはまた困ったような表情になる。
「だが、それだと、ドラゴンに会ったことがなかったアリアがドラゴンの生態に詳しい理由を説明できないだろう。
それに、私たちがドラゴンについて知りたいことを、アリアに質問することができなくなってしまう」
「それは……」
答えかけて、さっきの疑問がよみがえってくる。
言葉をとぎらせて、ウィルさんとディドさんを見比べた。
「……すみません、ちょっとディドさんと相談したいことがあるので、しばらく待っててもらえますか」
「…………ああ」
ウィルさんは、少しだけ哀しそうな、仲間はずれにされた子供のような表情になったけど、うなずいた。
「すみません。
ねえディドさん」
小さく手招きすると、ディドさんは首を伸ばして、頭を私の顔の横に寄せてくる。
【なんだ?】
「これぐらいでも聞こえる?」
ウィルさんに聞こえないようにごく小さな声で囁くと、ディドさんはうなずいて、私に合わせて小声で答えてくれる。
【おう、聞こえるぞ。
相談てなんだ?】
ドラゴンはすごく耳がいいし、この距離なら囁き声でも大丈夫なようだ。
「あのね、ウィルさんは、ていうか竜騎士たちは、ディドさんたちが人間に力を貸す理由、ちゃんとわかってるの?」
自分でも聞きとるのがやっとな囁き声で問いかけると、ディドさんはにやりと笑う。
【薄々は気づいてるかもしれねえが、はっきりとはわかってねえだろうな。
つーか、わかりたくねえって感じか?】
面白がってる表情を見て、思わず小さくため息をついた。
「……やっぱり」
子供の頃よく聞いたドラゴンの話は、ほとんどがドラゴンが王様を、もしくはこの国を守護してる、という内容だった。
自分の国の王様を悪く言うわけがないけど、王様がすばらしい人だから、ドラゴンも力を貸してくれるんだ、と言われていた。
だけど、ドラゴンだった頃に彼らに会った同族から直接話を聞いていた私は、本当の理由を知っていた。
砂の一族は、果物めあてに人間に力を貸しているのだ。




