第1話
【まずは、竜騎士団がどんなもんなのか聞いてみろよ】
なぜかにやにやしてるディドさんに言われて、不思議に思いながらもうなずく。
「そうだね。
ウィルさん……どうかしました?」
「えっ!? あ、いや、な、なんでもないっ」
なぜか赤くなってたウィルさんは、しどろもどろになりながら答える。
「……具合悪いんですか?」
「いや、ほんとになんでもないから。
あの、何かな」
あからさまに怪しいけど、追及してほしくなさそうだったから、ほうっておくことにした。
「まず、竜騎士団について教えてほしいんですけど。
役割とか、人数とか、普段何してるのかとか」
「ああ、うん、そうだね」
ウィルさんは深呼吸して紅茶を飲み干して、ようやくおちついたようだった。
ポットからカップに紅茶をそそいで一口飲んでから、ゆっくりと話しだす。
「竜騎士団とは、リーツァ王国近衛騎士団の中で、ドラゴンに騎乗する技術を身につけた騎士で構成されている騎士団のことだ。
今王国にいるドラゴンは八頭、ドラゴン一頭につき竜騎士が五人付くが、ディドは団長専用とされているから私だけで、私以外に竜騎士が三十五人と、訓練中の見習いが数十人いる。
そのうち二頭ずつが東と西の国境沿いの砦に派遣されていて、竜騎士もついていってるから、王都にいるドラゴンはディドを含め四頭、竜騎士は私を含め十六人だ。
平時は一日一回の国内の巡視、緊急時は伝令及び偵察が主な役割だ。
ドラゴンより速く移動できる生き物はいないから、何かあった時はまずドラゴンで飛んでいって情報を伝えたり、現状を確認する。
そのため、いつでも動けるように常時数名が兵舎で待機しているが、他の者は騎士としての鍛錬をしている」
静かな声で語られる話を、茶菓子をつまみながら聞く。
確かに、鳥や馬で伝令を飛ばすよりドラゴンで見にいくほうが、よほど速いし確実だろう。
「竜騎士団の創設は、百年ほど前にさかのぼる。
集ったドラゴンが五頭になったのを機に、当時の国王陛下がドラゴンに願い、了承を受けて竜騎士団を創設したと言われている。
そのうちの一頭がディドで、今に至るまで残っているのはディドだけだ」
「え、そうなんだ」
視線を向けると、頭を私の足下におろして聞いてたディドさんは小さくうなずく。
【おうよ。
人間乗せて飛んでやるってのは面倒だが、そのぶん果物増やすって言うから、受けてやった。
他の奴らは、半角経たずに飽きて里に帰ってったがな】
「……へえー」
ふと気になったことがあったけど、ディドさんに確認するのは今でなくてもいいだろう。
「後で案内するが、竜騎士が使う建物は、今三つある。
一つが竜騎士見習いの宿舎で、数十人の見習いが二人一部屋で暮らしている。
一つが竜騎士の宿舎で、今は十四人が小さいが個室で暮らしている。
最後の兵舎に、食堂や会議室や応接室や資料室などがあり、団長と副団長の執務室と私室もここにある。
兵舎の左右に宿舎があって、渡り廊下でつないであるから、行き来は簡単だ。
料理や洗濯や掃除などをする女性の使用人が、今は十四人いて、そのうちの四人が兵舎の二階で暮らしている。
彼女たち用の部屋が空いているから、アリアにはそこで生活してもらおうと思っている」
ウィルさんは言葉を切って紅茶を一口飲み、説明を続ける。
「兵舎は三階建てで、一階に食堂や応接室など、二階に女性使用人の部屋、三階に団長と副団長の部屋と会議室などがある。
二階は非常時以外男性は立入禁止で、階段から廊下に入るにも鍵つきのドアがあるし、私と副団長がすぐ上に住んでいるから、若い騎士たちがふざけてやってくる心配もない。
部屋は小さいが個室だから、プライバシーは保証されている。
風呂やトイレは共用だが、女性専用のものが二階にある。
最低限の家具は部屋にそなえつけてあるが、必要なものがあったらすぐ用意するから、なんでも言ってほしい」
「ありがとうございます。
竜騎士の人たちと同じ宿舎かと思ってたから、ほっとしました」
男の人はやたらと声をかけてきて鬱陶しいうえに、ここにいるのは全員貴族だろう。
その中で暮らすのは疲れそうだと思っていたから、ほっとした。
副団長にはまだ会ってないけど、ウィルさんとその人だけなら、なんとかなるだろう。
ディドさんがにやっと笑って言う。
【半角ほど前にな、見習い騎士が惚れこんだ使用人の女の部屋に夜這いにいって、大騒ぎになったことがあるんだよ】
「えっ!? 夜這い!?」
【おうよ。
当時は騎士と女の使用人は階は違うが同じ宿舎だったから、忍びこみやすかったらしい。
その女は婚約者がいたから普段から誘いを拒んでたんだが、しつこい男が実力行使に出たから、急所蹴りあげて撃退したんだ。
男はいったんは捕まったが、軽い注意で解放された。
ところが、夜這いをかけられた女は近衛騎士団の武具を一手に扱ってた豪商の娘で、騒ぎを知った父親が激怒して騎士団にどなりこんできた。
娘に不埒なことをした騎士が処分されないなら今後騎士団との取引は断る、とまで言ったから、騎士団の幹部どもは大慌てしてな。
夜這いかけた男は、貴族とはいえ身分が低かったから結局騎士団から追放された。
ついでに騎士と女の使用人の宿舎は分けるようになって、女の使用人に無礼なふるまいをした騎士は即追放って規律もできた。
だから、宿舎で暮らしても心配ねえと思うぜ】
「へえー……騎士って高潔な理想をかかげてるって聞いたけど、そうでもないんだね。
それとも、五十年前と今では違うってことなのかな」
【いや、俺がここに来た頃から今に至るまで、たいして変わってねえな。
だいたいの奴は理想をめざしてるが、そうじゃねえ奴もいるってこった】
「なるほど」
「……すまない」
ウィルさんには、ディドさんが話してる内容はわからないはずだけど、私の言葉で内容を察したのか、沈痛な表情で言う。
「確かに、五十年ほど前には、そういう事件があったそうだ。
だが今は、規律を厳しくしているし、騎士を選抜する際に人柄も考慮するようにしている。
侍女になることで、君が不快な思いをすることはないはずだ」
「わかりました、ありがとうございます」




