特別編 焦りととまどい2
アリアが住む村の上空でディドが叫ぶと、一番大きな家からアリアが飛びだしてきた。
家の前の小さな広場に下りたち、アリアに一緒に来てほしいと頼む。
アリアは、理由を問うのは後回しにしてうなずいてくれた。
この国の成人は十七歳だが、二十歳ぐらいまでは子供っぽさが抜けないことが多い。
成人したばかりのアリアが聡明なのは、やはりドラゴンとして生きた長い年月のおかげなのだろう。
内心感心しながら村長に手短に挨拶し、アリアをディドに乗せようとして、アリアがスカートだと気づく。
女性だから当然なのだが、これでは鞍にまたがることはできない。
一瞬で判断をくだして、アリアの腰を両手でそっと持って持ちあげて、鞍に横向きに座らせた。
ふれた腰の細さと持ちあげた身体の軽さに、どきりとする。
動揺が表情に出そうになったが、周囲から聞こえた悲鳴と歓声が入り混じったようなどよめきに、とっさに表情をひきしめた。
声をあげたのは女性が多かったが、男性の声も混じっていた。
アリアの後ろに乗りながらさりげなく視線を巡らせると、若い男たちが私をにらんでいた。
アリアが私にもたれてくると、男たちの視線が鋭さを増す。
おそらくは、アリアに特別な好意を持っているのだろう。
聡明な美少女のアリアが人気があるのは、当然だ。
無防備に身体をあずけてくるアリアのやわらかなぬくもりが、やけに心地よく感じる。
奇妙な優越感を感じながら、ディドに声をかけると、一気に飛びあがった。
王都に戻りながらアリアがディドから聞いて伝えてくれた内容に、何度も強い衝撃を受けた。
フィアが子供を生んだこと。
出産するにはかなり若い年齢だったこと。
出産したせいで、フィアが弱っていること。
フィアとルィトが、人間でいう夫婦関係にあること。
ドラゴンに乗って空を飛ぶ時に風を感じないのは、ドラゴンが風の膜を作ってくれていたからということ。
リーツァ王国に竜騎士団が創設されて以来、歴代団長は詳細な記録をつけ、ドラゴンについて調べてきた。
だが、まだまだ知らないことのほうが多いのだと、実感させられた。
アリアが、手伝ってくれたら。
フィアの様子を見にいった時に浮かんだ思いが、再びよみがえる。
ドラゴンの知識を持ち、会話もできるアリアが手伝ってくれたら、ドラゴンの生態の調査は、飛躍的に進むだろう。
だが、それはアリアを危険にさらす可能性があるし、生まれ育った村から連れだしてしまうことにもなる。
家族とは死別し、成人しているとはいえ、知りあいが誰もいない王都で暮らすのは寂しいだろう。
我々の勝手な都合で、アリアの生活を乱すわけにはいかない。
王都に着くと、竜舎の中になぜか軍務大臣がいた。
背後に従っていた数人の中に新人の見習いがいたから、彼が知らせたのだろう。
貴族の権力争いに巻きこまれないように、竜騎士の選抜時には実力だけでなく家柄や人柄も考慮するようにしているが、彼は大臣の派閥の者だったようだ。
近衛騎士団の総帥である王太子殿下の不在時は軍務大臣が代行となるが、勝手なことをされては困る。
なんとか交渉して追いだそうとしたが、大臣たちが実力行使に出ようとする。
止めようとした私より先に動いたのは、アリアとディドだった。
会話ができるというだけではなく、アリアとディドは妙に息が合っていた。
ディドが『剣にかけてでもアリアを守れるのか』と聞いてきたのは、しがらみに縛られた私と違って、ディドにはそれができるからだろう。
守れると、答えられなかった自分が悔しかった。
嬉しそうなアリアとディドの両方に嫉妬を感じた自分に驚いた。
驚きは、急いで食事をして竜舎に戻った時にアリアがディドにもたれて座っているのを見て、さらに大きくなった。
ドラゴンは、鞍をつけたり身体を拭いたりという世話は許すが、それ以外でのふれあいを好まない。
私は幼い頃からドラゴンが大好きで、子供の無謀さでドラゴン全員に何度も挑んだが、結局一度も背中や尻尾に乗せてもらえなかった。
なのに、三日前に出会ったばかりのアリアが、まるでそうするのが当然のようにディドの尻尾に座って身体にもたれている。
しかも、ディドもそれが当然のように受け入れているのを感じて、なぜだと思わず問いかけそうになったが、アリアには見えない角度でディドににらまれて、言葉を飲みこんだ。
ディドが、二十年以上のつきあいの私にさえ許さないことを、三日前に会ったアリアに許しているのは、悔しいようなせつないようなうらやましいような、複雑な心境だった。
動揺をなんとか抑えて、アリアから幼生の話を聞いて、ますますアリアの重要性を感じた。
ドラゴンが子供を大事にするなら、フィアの子供に何かあった場合、取り返しのつかないことになる。
ドラゴンがいるからこそ、リーツァ王国は強くなり、大きくなった。
もしドラゴンの加護を失ったなら、他国の侵攻や、併合した国の内乱などもおこりかねない。
アリアの生活を乱したくはないが、今後のフィアと子供の扱いに国及び国民の命運がかかっているとなると、躊躇していられない。
私付きの侍女になってほしいと頼むと、アリアは迷っていたようだった。
説得しながら、ふと結婚の可能性を思いついておそるおそる尋ねたら、否定されて内心ほっとする。
成人したばかりとはいえ、村の若者たちに人気があったようだから求婚者がいてもおかしくないかと思ったが、杞憂だったようだ。
重ねて頼むと、アリアはなおも迷っていたが、ディドが勧めたらしく結局ひきうけてくれた。
どうやらアリアは、私よりディドのほうが頼りになるようだ。
生きてきた年数を考えればしかたないかもしれないが、少し悔しい。
それでも、これから共にすごす時間を重ねていけば、私を頼ってくれるようになるかもしれない。
国のためだけでなく、私自身も、アリアと一緒にいたいと思う。
無理なお願いをしてしまったぶん、アリアができるかぎり安全に快適にすごせるように、環境を整えよう。
私が嫉妬してしまうほどアリアを気にいっているディドも、協力してくれるだろう。
ふいに、さっきのアリアを説得する言葉が、半ばプロポーズのようだったと気づいた。
そんなつもりではなかったが、無意識に感情があらわれていたようだ。
はっとして見ると、ディドがにやにや笑いながら私を見ていて、顔どころか全身が熱くなる。
アリアが気づいていなくて、本当によかった。




