特別編 焦りととまどい1
第二章のウィル視点です。長くなったので分けました。
夜明け直後、宿直の竜騎士のレイルのあわてた声に起こされた。
ドラゴンたちがしきりに声をあげ、フィアが仕切りの奥のほうで丸まって動かないらしい。
容態が急変したのだろうか。
急いで身支度して、待っていたレイルとともに様子を見にいく。
竜舎の中に入ると、通路の中央あたりにディドがこちらを向いて座っていた。
竜舎の中で、ディドが仕切りを出ているのは珍しい。
「ディド、何があったんだ」
ディドに近づくと、ディドは私の顔の前まで頭をおろしてじっと見つめてくる。
脳裏に言葉が浮かんできた。
『フィア』『近づくな』
「……フィアに、何かあったのか?」
ディドの背後、フィアの仕切りのほうをのぞきこもうとすると、ディドが大きく翼を広げた。
まるで私の進路をふさぐような動作に、ディドがここにいる意図に気づく。
フィアに近づけないため、なのか。
「……わかった、近づかないから、フィアに何があったのか教えてくれ」
数歩戻ってディドに向きあって言うと、ディドは再び私を見つめてきた。
「…………?」
何かが、伝わってくる。
だが、意味が理解できない。
「すまないが、意味がわからない。
もう少しわかりやすく伝えてくれないか」
ディドを見つめて言うと、また『フィア』『近づくな』と伝わってきた。
「……フィアに近づくな、というのはわかった。
なぜ近づいてはいけないのかを、教えてくれないか」
再び問いかけても、伝わってきたのはさきほどの意味を理解できない言葉だった。
「……………………」
こんな時、アリアのように話ができたら。
つい浮かんだ思いを、軽く首を横にふることで消す。
確かにアリアを頼れば確実だが、非常時に限定したのだから、たった三日で頼るわけにはいかない。
「……すまない、忠告は理解しているが、やはりフィアが心配なんだ。
仕切りの中には入らないし、手前からでいいから、様子を確認させてくれ」
まっすぐに見つめて言うと、しばらくしてディドは翼をたたんでくれた。
「ありがとう。
レイルはここで待っていてくれ。フィアを刺激したくない」
「はい」
ディドに礼を言い、背後についてきていたレイルにも言ってから、静かに歩いてフィアの仕切りの前に行く。
そっとのぞきこむと、レイルの報告通りに奥のほうでフィアが身体を丸めてこちらに背を向けていた。
「……フィア。調子が悪いのかい?」
穏やかに話しかけても、ぴくりともしない。
聞こえていて無視しているならいいが、聞こえないほどの事態なら、静観はできない。
だが、たとえフィアが病気だとしても、人間には治療法もわからないのだ。
とはいえ、ほうっておくこともできない。
しかし、何をどうすればいい。
『ウィル』
堂々巡りの思考を遮ったのは、頭に響いた『声』だった。
我に返って見回すと、ディドがいつの間にか自分の仕切りの前に移動していた。
「……今私を呼んだのは、ディドかい?」
近づくと、ディドは仕切りの壁を見た。
そこには、三日前の約束通り、あの時のマントが私の頭の高さに取りつけた取っ手にひっかけてある。
ディドはそれを、前脚で軽くつついた。
同時に『アリア』『迎え』と伝わってくる。
「……アリアを、迎えにいけってことかい?」
ディドは軽くうなずくと、またマントをつつく。
『フィア』『助ける』『アリア』と伝わってきた。
「…………わかった。
アリアを迎えにいって、ここに連れてきて、フィアと話をしてもらおう。
それまでは、誰もフィアに近づかないように言っておく」
フィアを助けるのにアリアが必要だとディドが判断したなら、それに従うべきだろう。
「急いで支度をしてくる。
悪いが、他の者に鞍をつけさせてくれ」
ドラゴン用の鞍は、竜騎士それぞれの体格に合わせて作らせたもので、騎乗の際は自分の鞍を自分でつけるのが慣例であり、乗せてくれるドラゴンに対する礼儀だ。
だが、フィアの異変の理由がわからない今は、一分でも時間が惜しい。
私が身支度をする間に、他の者に鞍をつけさせたほうが早い。
ディドが了承するようにうなずいたのを見て、ほっとする。
「緊急の用件により、ディドに騎乗する。
身支度をしてくるから、ディドに私の鞍をつけておいてくれ。
それと、私が戻るまで誰もフィアに近づかないように言っておいてくれ」
「えっ!?
ですが、許可は……」
竜舎を出て、ついてきたレイルに指示を出すと、とまどったような声が返る。
定められた巡視以外でドラゴンに騎乗するには、竜騎士団長の私と近衛騎士団総帥の王太子殿下の承認印のある正式な書類が必要だ。
だが王太子殿下は地方の視察に行っていてご不在だし、代理の軍務大臣が登城してくるまで待つ余裕はない。
「書類を作成している余裕はない。頼む」
「は、はいっ、了解しましたっ!」
敬礼したレイルにうなずいて、急いで兵舎の私室に戻る。
騎乗用に厚手に作られた制服に着替えて、マントをはおる。
水差しからコップ二杯の水を飲んで、朝食のかわりとした。
五分とかからずに戻ると、竜舎の前庭に鞍をつけたディドがいた。
「準備完了してます!」
「ありがとう。
おそらく二時間ほどで戻るが、その間は誰もフィアに近づけないでくれ」
「了解しました!」
レイルに指示を出しながら近づくと、ディドは乗りやすいよう寝そべってくれる。
鞍の取っ手をつかんで、ひらりとまたがった。
「ディド、頼む」
声をかけると、ディドは起きあがり、大きく翼を広げた。
一回のはばたきで、上空高く飛びあがった。
二回目のはばたきで、一気に加速する。
ヴィゥウウウウル
ディドがうなり声をあげる。
これは、飛ばす時の合図だ。
「頼む、一刻も早く、アリアのところへ!」




