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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第二章 王都へ
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第12話

 

「なんですか?」


 きょとんとして見返すと、ウィルさんは真剣な表情で言う。


「フィアと幼生の世話には、君の協力が不可欠だ。

 ディドが飛ばせば君の村まで一時間かからず迎えにいけるが、往復で二時間のロスは、幼生に何かあった時には致命的だろう。

 だから、……私付き、竜騎士団団長付きの侍女になって王城で暮らして、フィアたちの世話をしてもらえないだろうか」


「えっ!?」


 驚いて、思わずディドさんにもたれていた身体を起こす。


【そりゃいいな。

 そしたらフィアや幼生に何かあっても、すぐ竜騎士どもと相談できるし、俺もいつでもアリアと話せる】


 ディドさんが嬉しそうに言うから、混乱する。

 確かに、フィアと幼生のことは気になるし、ディドさんたちといつでも話せるのは嬉しい。

 だからといって、王城に住むなんて考えもしなかった。


「でも……ドラゴンの世話って、竜騎士の人しかできないんですよね?

 あ、今そういう、竜騎士じゃないけどドラゴンの世話をしてる人が、いるんですか?」


 思いついたことを聞いてみると、ウィルさんは小さく首を横にふる。


「いや、いない。

 ドラゴンは食事は基本不要だし、排泄しないから寝場所が汚れることもない。

 世話は毎日果物をあげることと、たまに身体を拭いたり寝場所に砂を足したりする程度だから、竜騎士だけで充分世話できている。

 私付きの侍女といっても、君にしてもらいたいのは、ドラゴンの話し相手と、私たちの相談相手だ。

 ドラゴンたちの要望を聞いて私たちに伝えたり、ドラゴンについて私たちが知りたいことを答えたりしてほしいんだ。

 住居や必要なものはこちらですべて用意するし、給金も出そう。

 君ができうるかぎり快適にすごせるように手助けすると、約束する」


 ウィルさんに熱心な口調とまなざしで言われて、よけい混乱する。


「…………だけど……王都で暮らすなんて……」


 家族はもういないし、結婚する気もないし、生まれ育った村は離れたくないと思うほどの執着もない。

 ディドさんたちと一緒ならどこでも嬉しいけど、王都というのが問題だった。

 

 ドラゴンだった頃に王都を見たのは、百年ほど前の一度きりだ。

 その時でも大きな街だと思ったけど、さっき見た今の王都は、百年前よりさらに大きくなっていた。

 王城はいくつもの建物が増築されて巨大化し、王城の周辺は数キロにわたって市街地が広がり、自然の気配はほとんどない。

 『王都』と言われるだけあって、国で一番大きく、そして一番人間が多い街だ。

 自然が少ないのに人間は多い場所で暮らすのは、気が向かない。


「……アリア」


 ウィルさんに呼ばれて、視線を上げる。

 ウィルさんは、まっすぐに私を見て言った。


「ドラゴンと話ができるのは、君だけだ。

 ドラゴンの生態に詳しく、何かあった時に対処できる人間も、君だけだ。

 ドラゴンにも、私たちにも、君が必要なんだ。

 だから、ひきうけてもらえないだろうか」


「……………………」


 さらに迷ってると、じっと私を見つめてたウィルさんがふいに不安そうな表情になる。


「……もしかして、もう結婚が決まっているから、いやなのかな。

 村に、婚約者がいるのかい?」


「え?

 いえ、婚約者なんていません。

 私の村は、六年前の流行り病のせいで男性が少なくなって、特に私の同年代だと女の子が男の子の倍ぐらいいるので、結婚は無理だと思います。

 そもそも私、結婚する気ありませんし」


 この国では、成人が十七歳で、女性の結婚適齢期は十八歳から二十一歳、男性の結婚適齢期は二十一歳から二十五歳だと言われてる。

 女性の適齢期が早いのは、早く結婚して子供をたくさん産むためで、男性の適齢期が遅いのは、成人してから一年間兵役義務があり、その後同じところで三年働いたらようやく一人前とみなされる風習だからだ。

 ほとんどの男女が適齢期の間に結婚するけど、村には二十一歳をすぎても未婚の女性が数人いる。

 六年前の流行り病の時になぜか女性のほうが多く生き残ったから、結婚相手がいないのだ。

 近隣の村どころか国中が同じような状況だから、彼女たちは結婚できなくてもしかたないと諦めている。

 私は、ドラゴンとして長年生きた記憶があるから、村の若者たちは『子供』にしか見えないし、興味を持てないから、子供の頃から結婚する気はまったくなかった。

 結婚しなくても批難されることのない今の状況は、同年代の女の子たちは嘆いていたけど、私にはありがたかった。


「だったら、重ねてお願いする。

 王都に住んで、ドラゴンたちの世話を手伝ってほしい」


 真摯な表情に戻ったウィルさんに重ねて頼まれて、ますます迷ってると、ディドさんが軽い調子で言った。


【いいじゃねえか、ひきうけろよ】


 思わずディドさんを軽くにらむ。


「……フィアや幼生を、助けたいって思うよ。

 だけど、王都で暮らすなんて……」


【んな難しく考えるこたねえだろ。

 王城は確かに人が多いが、王都ほどごちゃごちゃはしてねえ。

 俺たちと一緒に暮らす、ついでに近くに人間どもがいる。それだけのことだ。

 人間どもがうるさくても、貴族が口出ししてきても、俺が守ってやるよ】


 軽い口調で言葉を続けたディドさんは、ふいに真剣なまなざしで私を見る。


【おまえは人間だが、ドラゴンだ。

 ドラゴンは、同族を守る。

 俺は、おまえを守る。

 だから、なんも心配いらねえ】


 ディドさんの瞳をまっすぐ見つめてると、街や人間に対する嫌悪感がすうっと消えていく。

 残ったのは、不思議な安心感だけだった。

 ゆっくりとうなずく。


「…………そうだね。

 ディドさんが、同族が、いるんだもんね」


 ディドさんがいれば、きっと大丈夫だ。

 数年面倒見てくれた村長より、ディドさんのほうが信頼できるし、一緒にいて安心できる。

 貴族たちにからまれても、さっきのように守ってくれる。

 何も心配いらないと信じられる。


 ディドさんは、にやっと笑ってうなずく。


【おうよ、ただし、住む場所や働く条件とかは、しっかり確認しとけよ。

 フィアと幼生と、ついでに俺たちの世話以外に、他によけいなことさせられねえようにな】


「よけいなこと?」


【最初に会った時に言っただろ。

 ドラゴン増やすための工作とか、もっと働かすための交渉とか、そういうのだ】


「なるほど、わかった、ちゃんと確認するよ」


【おう、それと、話しあいは俺が立ちあう条件にしろよ。

 でねえと、貴族どもがムチャ言ってくるかもしれねえからな】


「うん、ありがと、ディドさん」


 ディドさんとの話を終えて、心配そうに私たちを見ていたウィルさんを見る。

 ゆっくり立ちあがって、ぺこりと礼をした。


「お世話になります。

 よろしくお願いします」


 ウィルさんは、ほっとしたように笑って立ちあがり、きれいな動きで礼をした。


「こちらこそ、よろしく」  

 

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