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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第二章 王都へ
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第10話

  

「ねえディドさん。

 さっきのうるさい大臣て、どれぐらい偉い人なのか知ってる?」


 ディドさんにもたれてくつろぎながら問うと、ディドさんは軽く首を動かしておちつく場所を探してから答える。


【あいつは、確か侯爵だったな。

 軍人としての実力はまったくねえが、コネと金で大臣になったんだ。

 貴族たちの中じゃあ権力持ってるほうで、国政にも口出ししてるが、言ってることはまるっきりダメで、無能だな】


「詳しいんだね」


【ここにいるとヒマだからな、人間どもの話を風で集めて聞いてんだよ。

 女どものイヤミの言いあいから、男どもの賄賂の話まで、いろいろあるから、聞いてると面白えんだ】


 人間嫌いな私は聞きたいと思えない内容だけど、ディドさんには面白いようだ。

 

【最近の人間どもの話題は、次の大臣が誰になるか、だな。

 この国は何年かごとに大臣を選びなおすことになってて、そろそろその時期なんだ。

 あいつは、次も大臣になれるようにドラゴンがらみでなんか手柄を作っときたかったんだろうが、フィアや幼生に妙な手出ししやがる前に追っ払えてよかったぜ】


 さっきのことを思い出したのか、最後のほうでディドさんの声に怒りが混じる。

 つられて私も怒りがこみあげてきて、思わず竜舎の入口のほうを見た。


「ほんとだね、間に合ってよかった。

 あの人たち、もう解放したの?」

 

【いや、まだ風で押さえつけたまんまだ。

 おまえが帰るまでは、そのままでいいだろ】


「それは、助かるけど……後でうるさくない?」


 貴族の権力者を怒らせると、後が面倒そうだ。

 心配になったけど、ディドさんはにやっと笑う。


【心配すんな、手を出したのは『俺』だからな。

 ドラゴンに嫌われて追い払われた、なんて噂が立ったら、困るのはあいつのほうだ】


「そっか、そうだね」


 ドラゴンのおかげで成り立つ国に、ドラゴンの機嫌をそこねた者の居場所はないだろう。

 だったら、あの大臣はもう気にしなくていい。

 残る心配は、フィアのことだ。

 

「……ねえ、ディドさん。

 ルィトさんが東の砦に行ったのって、いつ頃なの?」


 フィアの様子を思い出しながら問いかけると、ディドさんはしばらく考える。


【……俺らにとっちゃあついこないだだが、人間の時間では確か……二つ前の夏だったな】


「じゃあ二年ちょっとだね。

 ……その間、ルィトさんはここに戻ってきてないし、フィアも会いにいったりしてないんだよね?」


【ああ】


 だったら、私の推察は当たってたようだ。


「……フィアが元気になったら、お説教だね」


 ため息をつくと、ディドさんは苦笑する。


【そうだな。

 俺が言うより、同じ女のおまえが言うほうが説得力あるだろ。

 よろしく頼むわ】


「うん、任せて」


 にっこり笑ってうなずいた時に、ウィルさんが戻ってきた。


「待たせてすまな…………」


 言いかけた言葉がとぎれて、困ってるような悩んでるようななんともいえない表情で、じっと私とディドさんを見比べる。


「なんですか?」


「…………いや、すまない、すぐ用意をするよ」


 ウィルさんは視線をそらせて言って、背後をふりむく。


「ここに頼む」


「はい」


 答えて入ってきた若い男の人たちは、ウィルさんと同じような制服を着てるから、竜騎士だろう。

 その人たちも、私たちを見て何か言いたそうだったけど、結局何も言わないまま、運んできた小さな丸いテーブルと椅子をてきぱきと設置した。

 テーブルも椅子も、私が見慣れた木をまっすぐに切って組みあわせただけのものじゃなくて、やわらかな曲線を組みあわせた造りで、表面をきれいに塗って磨いて、細かい模様の彫りこみもしてあった。

 貴族は物にもお金をかけるらしいと聞いたけど、すごくむだな気がする。

 仕切りの内側だと砂にめりこんで安定が悪いから、仕切りの外の固い土の通路部分にテーブルを設置して、その上にいろいろ置いていく。

 設置が終わると、竜騎士の人たちは出ていった。


「紅茶と焼き菓子を用意したんだ。

 こちらに座ってくれないか」


「あ、はい」


 答えながらも、なんとなく立ちあがるのが惜しい気がして、頭を持ちあげたディドさんと椅子を交互に見る。


「……あの、このままじゃ、ダメですか?」


 『茶会』なんてしたことないから、作法は全然わからないけど、椅子が用意されてるなら椅子に座るのが当然のことだろう。

 だけど、ディドさんから、というか、このやわらかな安心感から、離れたくない。


「それは…………」


【いいじゃないか、おまえだけなんだから、かまわないだろ】


 ディドさんがにやにや笑いながら言うと、通訳しなくても意味を察したのか、ウィルさんは小さくため息をついてうなずいた。


「……君がそうしたいなら、かまわないよ。

 私もそちらに行ったほうがいいかな」


「あ、いえ、ウィルさんはそっちに座っててください」


「わかった、じゃあ紅茶と焼き菓子はトレイに載せてそちらに持っていこう」


【俺が運んでやるよ】


 ディドさんが言って、ウィルさんが持ってこようとしたトレイを風でふわりと持ちあげた。

 水平にゆっくり運ばれたトレイが、私の手元にやってくる。

 

「ありがと、ディドさん」


【おう、このあたりでいいか?】


「うん」


 前に伸ばした私の脚の横に、トレイが浮いたまま固定される。

 トレイもカップも焼き菓子が乗った皿も、繊細な造りできれいな絵が描いてあって、一目で高いとわかる。

 そっとカップを取りあげ、口元に持ってくる。

 たちのぼる湯気と共に、さわやかな香りがした。

 澄んだ深い紅色の液体をしばらく見つめてから、一口飲む。

 初めて飲んだ紅茶は、さっぱりした味わいで、果物のようなさわやかな芳香があった。


「おいしい……」


 村では森で摘んだ香りの強い草を煎じて飲んでたけど、紅茶は確か輸入品ですごく高くて、裕福な貴族ぐらいしか飲めないと、村に来る行商人が言っていた。

 生きるために食べ物を必要としないドラゴンの記憶が残ってるせいで、私は食に対する関心が薄いけど、香りの良い物や甘い果物とかは好きだ。

 この紅茶は、おいしいと素直に思えた。

 テーブルやカップにお金をかけるのはむだな気がするけど、紅茶にお金をかけるのはちょっとだけ理解できる気がした。

  

「おかわりもあるから、ほしくなったら言ってくれ」


 なぜか早口で言ったウィルさんは、なぜか頬が赤かった。


「はい、ありがとうございます」 

 

『お説教』の理由は、次話で出てきます。

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