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【書籍化・完結済】少女とドラゴンと旋風(つむじかぜ)  作者: 香住なな
第一章 湖のドラゴン
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特別編 湖の竜騎士

第一章のウィル視点です。

  

 十日ほど前から、フィアの様子がおかしい。


 食欲はあるものの動きたがらず、訓練や巡視は早々に終わらせて竜舎に戻ろうとする。

 かといって、強制することはできない。

 対外的には、ドラゴンは国を守護していて王族や竜騎士に従っているとされているが、本当は彼らの好意で我々を助けてくれているだけなのだから。

 ドラゴンは長命だからか眠りも長く、一年以上眠っていることもある。

 歴代団長がつけている記録によると、睡眠の最長期間は四年二ヶ月だそうだ。


 そもそもドラゴンの生態は、わかっていないことのほうが多い。

 わかっているのは、食事は不要だが甘い果物や清水は好む、寝場所は砂地を好む、深く眠ると年単位になる、知能は高く肉体は頑健、寿命は五百年前後、ということぐらいだ。

 人間にはドラゴンの言葉は理解できないが、ドラゴンは人間の言葉を理解している。

 会話はできないが、伝えたいことがあると方法はよくわからないものの単語を伝えてくるから、ある程度の意思疎通はできていた。

 フィアの様子がおかしくなってから、何度も理由を問いかけたが、フィアから返答はなかった。

 それがよけい困惑を強める。



 ヴィルル、と独特の音、いや声が響いて、はっと我に返る。

 ディドが、首を巡らせて私をじっと見ていた。

 巡視に出るために竜舎の前庭でディドに鞍をつけていたのに、考えごとに没頭して手が止まっていた。


「すまない」


 急いで終わらせると、マントを身につけ地面を蹴って鞍にまたがった。


「行こう」


 ディドは首を上げて巡らせ、私を見つめてくる。

 同時に、脳内に『鞍』という単語が浮かんだ。


「……鞍が、どうかしたのか?」


 ディドに問いかけながらも、思わず視線をフィアがいる竜舎の奥に向ける。

 フィアも、何か言ってくれれば、対処ができるのに。

 どうして何も言ってくれないのだろう。 

 悩んでいると、今度は『落ちる』と伝わってきた。


「……すまない、大丈夫だよ」


 騎乗しているのだから、集中しろということだろう。

 深呼吸して、鞍の取っ手をしっかりとつかむ。

 馬なら手綱をつけるが、ドラゴンに手綱はつけられない。

 飛ぶのはあくまでも彼らの意思で、我々を乗せて指示に従ってくれるのは彼らの好意だ。

 主従関係ではない。


「行こう。

 今日は王都から北のはずれまで行って、海岸沿いに南にまわってくれ」


 巡視のルートを言うと、ディドはうなり声をあげてから、起きあがった。

 翼を広げて大きくはばたくと、一動作で飛びあがる。

 竜舎とその前庭はドラゴンの巨体に合わせてかなり大きく作られているが、眼下に見えるそれらは、既にかなり小さい。

 ディドはもう一度はばたいて上空まで行くと、翼を軽く閉じてゆったりと飛び始めた。

 ドラゴンの不思議な力の作用で、風は身体に当たらず揺れもなく、馬と違って快適だが、速度は馬よりもはるかに速い。


 眼下の景色に異常がないか確認しながらも、気になるのはフィアのことだ。

 もしかしたら病気なのかもしれないが、診断方法も治療方法もわからない。

 いっそ父上に相談してみようか。

 先代団長だった父上なら、記録には残っていない手がかりを知っているかもしれない。



 ヴィルヴィヴィルグウウ


 ふいに響いた声に、はっと我に返る。


「ディド、どうした?」


 声をかけると、ディドはちらりと私を見て、急降下を始める。

 あわてて周囲を確認すると、大陸北端の山脈の手前だった。

 麓の森の中央にある湖のほとりに着陸する。

 ディドは翼を軽くたたむと地面に腰をおろして、長い尻尾を身体に巻きつけるようにして前に回す。

 これは、飛ぶ気がない姿勢だ。


「いったい、どうしたんだ?」


 困惑しながら鞍から降りて正面に回ると、ディドはじっと私を見つめてくる。

 機嫌が悪いようだが、理由がわからない。


「……この森に、何かあるのか?」


 上からではわからなかったが、何か問題があるのだろうか。

 森の中では邪魔だから、マントをはずして鞍にひっかける。


「見てくる。ここで待っていてくれ」


 腰の剣を確かめてから、ゆっくりと森に入っていく。

 王都からはるか北の森は既に冬の気配がして、空気が冷たい。

 慎重に進んでいると、人の気配を感じた。

 誰かが、湖のほうへ走っていく。

 気配を消してもいないから、村人だろうか。

 もしかしたら、ディドが下りてくるのが見えて、確かめにいったのかもしれない。

 王都ではそうでもないが、地方ではドラゴンを見かけると幸運を授かると言われているらしい。

 ディドがここに下りた理由はいまだにわからないが、騒ぎになるとまずいかもしれない。


 早足で湖のほうへ引き返すと、声が聞こえてきた。

 木々の間から透かし見ると、ディドの前に誰かが立っていた。

 服装や身体つきからして、近くの村の娘だろう。


「私、今は人間ですけど、前世ではドラゴンだったんです。

 その記憶が今も残ってて、ドラゴンの言葉を話すことはできないけど、あなたの言葉を理解することはできます」


 聞こえてきた少女の言葉に、呆然とする。

 前世の記憶を持つ人がいるという話は、聞いたことがある。

 だが、ドラゴンの記憶を持つ人がいるとは聞いたことがないし、ドラゴンの言葉がわかるなどということもとうてい信じられない。

 しかし、少女の声の響きは真剣で、冗談や嘘を言っているようには思えない。


 太い木の陰に隠れて気配を消し、少女とディドの様子をうかがう。

 二人が話すテンポは会話しているようにしか思えないし、少女の話の中には、竜騎士団関係者しか知りえないようなことが含まれている。

 本当に、会話しているのか。


 混乱していると、ふいにディドが私のほうを見た。

 つられたように少女もふりむき、私の名を呼んだ。

 ここに下りたのは初めてだし、竜騎士団長を拝命しているとはいえ最北端の辺鄙な村まで私の容姿や名前が知られているとは思えない。

 ディドが教えたのだろうか。


 とまどいながら近づいて問いかけると、少女はさらにディドの名を呼ぶ。

 混乱しきった私にとどめを刺したのは、ディドだった。

 あの恥ずかしい出来事を言われたら、信じるしかない。

 ディドとの初対面の時には父上と私しかおらず、私は誰にも話していないし父上も話すはずがないから、たとえ敵対国の間諜が調べたとしても、わかるはずがないのだ。


 少女は、アリアと名乗った。

 北方に住む人々は髪や瞳の色が薄いが、アリアのような青みがかった銀の髪は見たことがなかった。

 空色の瞳も、冬の晴れた空のように澄んでいて、きれいだ。

 顔立ちは整っているし、肌も白い。

 王城で見かける貴婦人とは比べようもない質素な服を着て、化粧も装飾品もなくても、貴婦人に負けない美しさと気品があった。

 ドラゴンの記憶と力の名残り、なのだろうか。

 髪や瞳の色が冷たい印象を与えるし、言動もおちついているから、十七歳という年齢よりおとなびて見えるが、ディドとの会話で時折浮かべる笑顔は年相応のかわいらしさだった。


 ディドに相談しても、結局フィアの不調の理由はわからなかったが、かわりにいろいろと教えてもらった。

 ドラゴンと話したいという子供の頃からの願いが叶って嬉しい反面、直接ではないから複雑だ。

 フィアが女の子だということには、衝撃を受けた。

 動物のほとんどは性別があるのだから、ドラゴンにもあっておかしくはないが、外見では区別がつかなかったし、そもそも生きるために食事を必要としない点からして他の動物と身体の仕組みが違うから、繁殖方法などを深く考えたことがなかった。

 リーツァ王国に現れたドラゴンがすべて成体で、子供を見たことがなかったのも、その一因かもしれない。


 ふいに数年前に従兄弟に言われたことを思い出す。

 幼い頃からドラゴンが大好きで、五歳の時にドラゴンに会ってその思いがさらに強くなり、竜騎士になると決心した。

 権力を得ることにも女性にも興味がなく、竜舎に入りびたっていたら、親が決めた婚約者に愛想をつかされ、婚約を破棄された。 

 それを知った従兄弟に『ドラゴンと結婚するつもりか?』と言われた。

 『ドラゴンが人間の女性になれるなら、その場で求婚するよ』と答えると、呆れられた。

 冗談だったが、今私の目の前に、ドラゴンの記憶を持つ人間の女性がいる。

 思い出したとたんやけに意識してしまい、ぎこちない態度になってしまったが、アリアは気づいていないようでほっとした。


 一時間ほど話をして、アリアがそろそろ帰らないといけないと言うと、ディドが意外な提案をしてきた。

 アリアに迷惑をかけたくなかったから非常時に限定しようとしたが、アリアも会いたいと言ってくれたから、月に一度会いにくることになった。

 ディドはかなりアリアを気に入ったようだ。

 ディドがその気になれば、私には、いや、人間には止めることはできない。

 ディドの希望でしかたなく認めた形だが、内心嬉しかった。


 私も、またアリアに会いたいと思っていたから。

  

 アリアと別れ巡視に戻りながら、思案する。


 アリアの協力があれば、ドラゴンとの意思疎通は飛躍的に進むだろう。

 新たなドラゴンを招聘することも、可能かもしれない。

 だがそれは、アリアを危険にさらすことになる。

 貴族の権力争いに、アリアを巻きこむわけにはいかない。

 当分は秘密にしておいて、まずは父上に相談してみよう。

 

 低い声に呼ばれた気がして我に返ると、ゆっくり飛びながらも首を背後に巡らせたディドが、じっと私を見ていた。

 深い知性を感じさせる瞳を見つめ返して、しっかりとうなずく。

 

「わかっている。

 アリアに迷惑はかけないし、何かあったとしても、必ず守る」



 ディドは、人間で言うならば、にやりと笑ったように見えた。 


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