赤い髪のマリア ーMaria in the Darkー
英訳は適当です。これは特定の宗教を否定する文章ではありません。
私の名はマリア。私が生まれ落ちた日が、かの有名な聖母様の生誕日というだけでつけられた安直で愚直な名前ではあるが、気に入ってはいる。
紫煙をくゆらせ、ゆっくりと風の臭いを嗅ぐ、その極彩色の臭いの中で目当ての臭いがしないかをたゆたってみる。今日の食事はなににしようか、考えてみれば最近、ろくなものを食べていない。
「よう、マリアちゃん。今夜あたりはオレあたりとどう?」なじみの肉屋の店主が、冗談に聞こえるようにそう言うのに、私は片手を挙げて応じてやっただけだった。
娼婦という仕事をしてはいるが、それは私が生きていく為に最低限必要な行為だからだ。それに、そう簡単に身体を許していては高級娼婦の価値が下がってしまう。
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そこには既になじみが何人かいた。目だけで挨拶を交わす。その内の一人、確かマーシャとかいう名だったかは好意的な視線を返してくれたが、残りは非友好的な視線をくれただけだった。中にはあからさまな舌打ちを残して夜の居場所を変える者もいた。
携帯電話の電源は切ってある。今夜は自分の好みで相手を選びたかった。
私が、うんざりしながらちょうど二桁目の客をあしらっているときに、その臭いは、唐突にやって来た。そいつは夜という空間にはごくありふれた臭いではあるが、そいつとそいつとの決定的な違いを私は知っている。魔物に襲われた死者の臭いだ。ため息を一つ、私は駆けだしていた。
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その死体は、とてつもなく下品な食べ残しだった。魔物にだって食事のマナーというものはある。こんなにもったいない食べ方をするなんて、なんて下品な奴なのだ。その生命に感謝の気持ちを忘れずにその髪の毛の一本に至るまで己の血肉にすべきだろうに、まったく最近の若い魔物は礼儀を知らないやつが多すぎる。
私の影が、私を襲う。
が、その揺らぎは一瞬で収まった。"影に潜むもの"は私の影に牙を突き立てたまま、私の影に喰われていった。影にいたのは低級な魔物の一種だ。ハイエナはハイエナらしくしていれば良いものを欲を掻くからだ。…また、ろくでもないものを食べてしまった。
舌打ちを一つ、立ち去ろうとして、違和感が私の足をその場に縫い止めた。"影に潜むもの"がいたからには脅威は去ったと思って良いだろう。『"世界"は巨大な一枚の記憶装置だ。私はその事を識っている』散文的な呪文を一つ、私は地面に手をつくと、その場に染みついたばかりの記憶を読み出した。
殺戮は一方的で容赦がなかった。が、それはけっして私達がやるようなやり方ではない、魔族も人と同じでいろいろだし、一概には言えないが、その殺り方はとても不自然だった。ただ殺るというだけなら、それはとても非合理で、楽しみで殺ったとしても、この過程はちょっと金属的すぎる。…しかし、困った事に私はそういう殺り方をする例を知っていた。
私は携帯電話を取り出し警察に通報してやった。こちらの後始末は人間社会の仕事だ。担当の係官がなにやらいうのを携帯電話ごと折り畳み、その場を後にした。




