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指輪と騎士  作者: K.Taka
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 即位したばかりの国王であるリディアスは、日々の政務を精力的にこなしていた。それは彼の新妻であるアルメイアの理解あっての事と分かっている。彼女との時間はなるべく取るようにしているが、それでもやはり王太子時代とは違うのだ。全ての責任が自身の双肩にかかっているという認識は、重たいものだった。

 だからこそ、学生時代からの友人であるリヒャルト=クルーデンスを宰相補佐という立場に置き、将来的には自分の補佐として腕を振るってもらう腹づもりなのだ。

 そんなリヒャルトから、謁見の願いが出された事に驚いていた。彼がその立場を利用して自分に何かを求める事は無かったからである。

「――新任の近衛の推挙か。リヒャルトにしては珍しいな」

 だからこその言葉だった。

 そう言われた当の本人は、かけていた眼鏡のズレを直しながら苦い笑いを浮かべる。

「そうでしょうか。まあ、王妃陛下の護衛に男ばかりというのもなんでしょう?」

「その物言いでは、女なのか?」

「ええ」

 頷いて、リヒャルトが別室に控えている者を呼ぶように伝える。

「腕利きの女性です。以前は傭兵をしていましたので、騎士として取り上げるには少々難のある経歴の持ち主なのですが――そこは私、クルーデンス家の推挙という事で信用をいただきたく」

 そう言って部屋に招き入れられたのは、白い騎士服に身を包んだ女性だった。

 艶のある黒髪を揺らし、リディアスの前に立つと膝をつく。

「彼女はリリシア=フェンブルック。剣の腕は保証いたします。当家の騎士を一人で叩きのめしましたからね」

「……顔を上げよ」

 リディアスの言葉に応え、リリシアが顔を上げた。その強い視線にリディアスは一瞬息を呑む。美しい女だ、と初見で思った。それは磨き上げられ鍛え上げられた刀剣の類に感じる機能美を評するような感動であり、異性に対して感じるそれでは無かったが。

「リヒャルトの推挙だが、君の背景が今ひとつはっきりとしない。できれば説明をしてもらいたいのだが?」

 女が問うようにリヒャルトに視線を向けると、彼は一つ頷いて見せた。

「では陛下。……こちらをご覧下さい」

 そう言うと、リリシアは立ち上がり、リディアスに向けて左手の手袋を外した。そして指がよく見えるように彼に向けて差し出す。

 そこに――彼女の左手の薬指にはまっている物を見たリディアスの表情が強ばった。

「それ、は……まさか」

「やはり――これは陛下の指輪、なのですね」

 リリシアといった女性は、そう言って寂しげに微笑んだ。



    ◇



 リディアスの驚愕が指輪の存在のみである事を感じ、私は「ああ、やはりそうなのか」と胸の内で嘆息していた。やはり思い出してはくれないのか。自分のことは、まったく記憶に残ってはいないのか。

 そう想い、俯きそうになる。後ろに立つリヒャルトから、気遣うような視線を向けられている事に気付くが、それはひとまず無視をする。

「――やはりこれは、陛下の指輪、なのですね」

 胸を張る。これから自分が行うのは、一世一代の大芝居だ。リディアスに少しでも不審に思われれば、この猿芝居は終わってしまう。それを回避するために、自分の中の揺らぎを感じ取られる訳にはいかないのだ。

「これは私の夫が、どこぞの露天商から買い求めた品でした。それ以前の出所は、分かりかねます」

 ちらりとリヒャルトへ視線を向ける。

「先日のパレードにて、陛下の指輪が引かれたというお話を、リヒャルト閣下よりお聞きしました。その指輪は私がこうして持っております。……ですが、これをお返しする事はできません」

「なぜだ」

 リディアスが唸るように問う。その視線は、狂おしいほどの熱を持って私の指に注がれる。

「先ほども申し上げました通り、この指輪は私の夫が、私にはめた物です。そしてこの指輪は、はめた者にしか外す事はできない。――ご存知のはずです」

「ならば貴様の夫に外させれば」

「――無理、なのです」

 笑う。できるだけ悲しげに。そう演技する必要もない。実際、今の私は落ち込んでいるのだから。

「私の夫も傭兵でした。そして戦場で死んだ。――もう、これを外す事のできる人間はいません。それとも陛下は、私の指を切り落とせとお命じになられますか?」

 リディアスは動揺を押し隠すように、手を組み合わせた。ああ、それは確かに私の夫の癖だったものだ。何かをごまかしたい時、彼はそうやって手を組み合わせ、何度も指を組み直していたものだ。

 リディアスは確認するようにリヒャルトへ視線を向ける。リヒャルトはただ首を縦に振って応えた。

「私も指輪を外そうと試みました。ですが、外れませんでした」

 その言葉を背に、私は改めてリディアスへと視線を向ける。

「私はこれでも腕利きの傭兵として生きてきました。先の生活を考えれば、指を切り落とす訳にも参りません。ですが同時に、この指輪をはめたまま戦場で死ぬ訳にもいかなくなりました。これが、陛下の指輪と分かったからには」

 ですから、と続けるとリディアスも私の言いたい事を理解したようだった。

「――アルメイアの傍に置けば安心である、と?」

「御意」

 リヒャルトの肯定に、リディアスは険しい顔のまま考え込む。その顔を見上げながら、私はかつての夫の面影を探し出そうとしていた。だが今、目の前にあるのは、このガルデニアという王国をまとめ上げる王の姿だけだ。

 かつての辺境の宿酒場の亭主の面影など、どこにも見いだす事はできない。

「彼女は……信頼できるのか?」

「信頼に足る人物である、と私は考えております」

 宰相補佐の言葉に王はしばし考え込み、そして顔を上げた。

「良かろう。クルーデンス家の騎士として、近衛への推挙を認めよう。まず訓練に参加し、真実近衛たる実力があるかどうか、はっきりとさせよう」

「そして、私の背後事情の調査を行う。といった所ですか」

 私の呟きに、リディアスは片眉を上げた。

「不満か?」

「いいえ。大切な王妃陛下のおそばに侍るとあれば、必要な措置でしょう」

 首肯してみせる私を、リディアスは意外な物をみる目を向ける。

「なにか望みはあるか?」

「――べつに何も。私の欲しいものは、もうこの世にはありませんから」

 ただ、犬死にをするつもりは無い。ただそれだけが望みなのかも知れない。

 私はそう想いながら、淡々とした声で答えた。



    ◇



 リリシアの意識は先日のパレードの夜まで飛んでいた。

 リヒャルトに真実を告げ、彼と共に頭を抱えた夜のことだ。


「……私が指輪を持っていることは、問題か?」

 私の問いに、リヒャルトは難しい顔のまま頷いた。

「問題です。つがいの指輪を王妃以外が持つなど、本来は許されません。何より、陛下はあなたが指輪を持っている事を知っている」

「だがね。これを外せるのは夫――国王陛下その人だけだ。どう言って外してもらう? あれだって指輪の伝承は知ってるんだ。外した瞬間、それがどういう事かを理解するだろうさ」

 はめた者にしか外せない。そんな魔法のかけられた指輪である。それゆえに互いに指輪をはめあう事で、婚姻の誓約とするのだ。国王と王妃は、互いに指輪をはめたはずだ。それが儀式であるから。

 だが私はそんな真似はしなかった。夫は指輪をはめてくれたが、私は彼の指輪をはめ直すような真似はしなかったのだ。

 そうなると、だ。

「いよいよもって、私が外して貰う事はできないだろうよ」

 たとえ記憶を失っているとしても、彼にしか指輪は外せない。だが彼が指輪を外した瞬間、つまるところ彼が私に指輪をはめたのだという事を、当人に知らしめてしまうのだ。

 あの生真面目な男が、果たして記憶がない間に別の女と結婚していたという事実をどう思うだろうか。もしかしたら、王妃との間に、決定的な亀裂を生むかも知れない。

「しかし……」

 リヒャルトが唸る。気持ちは分かる。彼からすれば、王妃のための指輪を私が持っている事が許し難いのだろう。しかも指輪を持ったまま、私を王都から去らせる訳にもいかないのだ。

「つまり、だ。私が指輪を持っている。けれど、これを外せる人間はもういない。そう言うしかないんじゃないか?」

「――は?」

「私の旦那は傭兵かなんかで、怪しい露天で買った指輪を私に贈った。そしてどこぞの戦場でおっ死んだ。だから指輪はもう、私が死ぬまで誰にも外せない。こんな筋じゃ駄目かね」

 指輪の魔力は、はめている者が死ぬまで有効なのだという。ならば、私が死ぬ時には指輪を外すことが可能になるのだ。

「さすがに命を捧げるって訳にもいかんしね。まあ、私が死んだ後に指輪を取ってくれればいいさ」

「――あなたは、それで良いのですか?」

 宰相補佐は苦いものを無理矢理飲み込んだような顔で私を見る。何を言うのか。そもそも他にどんな方法があるというのか。

「おいおい。あんたは本来、私を殺してでも指輪を取り返すのが責務なんだろ。あんた、自分の立場をわきまえなよ」

「確かに。それが私がやるべき事なのでしょう。ですが……」

「甘ちゃんだねえ。だからこその『補佐』ってことかね」

 だがその甘さゆえに、私は生きているのだ。そう考えて、苦笑が浮かんだ。


 それから私はクルーデンス家の騎士となった。幸いにして剣の腕では他の連中より抜きんでた実力を持っていたため、礼儀作法や常識の勉強に多くの時間を割く事になった。

 礼儀作法がもっとも私にとっても難敵であった事は、もう思い出したくもない。



 そうして、今、私は国王の前に立っている。彼の妻の護衛となるべく。

 彼と彼の愛するものを守るために。

「――私の欲しいもの、か」

 それはもう失われてしまったのだ。取り戻せるとも、取り戻そうとも思えない。もう、そんな事を思える状況ではなくなっていたのだから。

 ああ、本当に。アレを拾った時には、こんな事になるなんて思いもしなかった。


 私はため息を漏らしながら、そう思うのだった。




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