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指輪と騎士  作者: K.Taka
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 目の前でパレードが行進していく。楽隊がラッパを吹き鳴らし、鼓笛隊がリズムを刻みメロディーを奏でる。色とりどりの華やかな衣装は、晴れ渡った空から降り注ぐ陽光にきらめき、皆が振る旗が揺らめいている。

 この場にいる誰もが浮き立ち、笑っている。今日という日を喜びに満ちた日にしている。

 多くの人間が大通りの左右を囲み、人だかりの多さは祭りの日のそれを超えているのではないだろうか。

 道ばたでは屋台を開いている者も多く、あちこちから食べ物の匂いも漂っている。けれど今、自分にはそんなものは関係が無かった。


 人混みの向こう側から、たくさんの騎士達に囲まれた馬車がやってくる。

 今日の日のために磨いたのだろう、輝く鎧に身を包んだ騎士たち。その向こう側で、馬車の上でにこやかに手を振っている若い男女の姿。

 ひときわきらびやかな衣装に身を包み、その頭に金の冠を頂く二人。

 絹でできているのだろう美しいドレスは、陽光を受けて銀のように輝いている。ところどころに金糸や銀糸で刺繍を施されているのだろう。真珠もあしらわれているのか、陽が当たるたびにまぶしい輝きを放つ。

 男は真紅に金糸を施したマントを身につけている。絶世の美男子とは言わないが、落ち着きのある整った顔立ちは、今は喜びに溢れているように見えた。女もまた、幸せの絶頂にいるような顔で、沿道の左右に手を振っている。

 国王の即位式と結婚式を同時に執り行うのだから、この喜び浮かれようも納得はいく。

 この国の王太子は三年前に、お忍びの旅の最中に行方知れずとなった。

 その間、王太子を待ち続けたのは婚約者の貴族の姫だった。彼女は彼が城に帰還するまでの二年間、あらゆる人間の言葉にあらがい王太子の帰還を待ち続けたのだ。

 そして一年前、王太子は城へと帰還した。

 彼を待ち続けた姫君と、彼女の待つ場所へ帰還した王太子の間には、当然のようにロマンスが生まれた。

 吟遊詩人たちが好んで詠う当代王太子達の恋歌は、国の内外へと広がっている。


 ただ問題がなかった訳ではない。

 王太子は行方知れずだった二年間の記憶を失っていた。そして、その指にはめられていたはずの『つがいの指輪』の片割れもまた、失っていた。

 王太子が生まれた時に作られた指輪は、彼の伴侶へと与えられるはずの物だった。

 互いに、その指にはめた相手にしか外す事のかなわぬ魔法の指輪。指輪は互いに引き合い、たとえ二人が遠くに引き離されたとしても、いつか指輪が二人を巡り合わせる。

 失われた指輪を探す事を諦めた王太子は、新たに対となる指輪を作るように城の魔法使いに命じたという。


 歓声が上がる。目の前を豪奢な馬車と、それを守るように囲む騎士達が通り過ぎていく。

 王が掲げた左手には指輪が輝いている。

 傍らに座る新たな王妃の左手にも、同じ意匠の――真新しい指輪が輝いていた。

 この距離では意匠までは判別できないが、恐らくは噂の通りなのだろう。

 いつの間にか、ぎゅっと自分の手を握りしめていた。

 周囲では新たな王と王妃を褒め称える声が行き交っている。

 その中で、自分は進んでいくパレードを、ただ見送る事しかできない。

「――ハ」

 口をつくのは、笑いか。それは周囲の歓喜に満ちたそれとはまるで違う、明らかな侮蔑。

 向けられるのは、自分自身。


 なにを期待した?

 なにを期待して、こんな遠くへと来てしまったのだろうか。


 ――刹那。王がこちらを振り返ったように見えた。

 けれどパレードは止まらない。騎士に囲まれた王と王妃は、ゆっくりと進んで遠ざかっていく。


 それを見送ることもなく、私は踵を返した。



    ◇



 すれ違う人に肩をぶつけられながら流れに逆らい、人の多い表通りから外れる。先ほどまでの人混みが嘘だったように、一本奥の道へ入っただけで自分の周囲に人気はなかった。

 ふと、そこで足を止める。

 数人の男達が急ぎ足で駆け寄ってくるのが見て取れたからだ。

 見たところ男達の身なりは良かった。少なくとも物取りの類ではなさそうだ。貴族のお坊ちゃん達が、戯れに平民をいたぶろうとしている可能性は否定できないが。

 腰に下げた剣の柄から手を放さずに、それでも緊張を少しだけ緩めて男達の顔を見回す。

「――何か用か?」

 問えば、男達の中で年かさと見える者が口を開いた。

「失礼。私の主があなたにお話があるとの事で、申し訳ないがご同道願いたい」

 その男の言葉に、私は首を傾げてみせる。

「申し訳ないが、私に思い当たることはないな。この都に知り合いはいない」

「重ねてお願いする。我々と同道してもらいたい。今日のような日に、荒事にはしたくない」

 そう言いつつも、男達は私の退路を塞ぐように、周囲をそれとなく取り囲んでいる。いやに実戦慣れした雰囲気だった。

「……理由も聞かずにホイホイついていくような子供に見えるかね?」

「理由は、我々も知らされていないのだ。ただ、あなたを丁重にお迎えせよと言われている」

「丁重に……ねえ?」

 背後の男が剣に手をかけているのを知りながら、私は両手を挙げた。

「いいさ、付いていこう。だが、武器は持ったままにさせてもらうぞ?」

「結構だ」

 男達に囲まれて歩く。いずれも長身なうえ、私が小柄な事もあってひどく圧迫感がある。

 道の外れに停められていた馬車に乗るように促された時は、さすがに躊躇した。だが剣を取り上げられている訳でもなし、と気を取り直して馬車に乗り込む。

 男達のうち三名が同乗し、囲むようにして私の隣と前に座る。二名は御者台に収まったようだった。

「で? どこにつれて行かれるかぐらいは、教えてもらえるのか?」

「申し訳ないが、我々は詳細を語ることを許されていない」

「――無事に帰してもらえるんだろうな? 連れて行かれた先でバッサリだなんて御免だ」

「それは保証する」

 むっつりと答えるリーダーと思しき男を見て、私はニヤリと口端を上げた。

「誰が? あんたがか? 私をどこに連れて行くのかも、なんで連れて行くのかも話せないのに、私の無事をどうやって保証するんだ?」

 男が息を呑む。顔は怒りか何かで真っ赤になっていた。平民の旅人風情に侮蔑された事が許せないのだろう。それを見ながらも、私は気になどしない。私は私の身の安全を確認しただけなのだから。

「なにか間違ったことを言ったか? 騎士のお兄さん方」

「――なぜそれを知っている」

「あんたね。誰かを秘密裏に連れ出したいなら、その腰にぶら下がってるものの印章を削るなり隠すなりしとけよ。それに馬車も悪い。こんな高級な馬車を持ってるのは、大商人か貴族だろうさ。そして騎士を使えるのは貴族だけだ」

 目の前に見えている男の剣の柄には紋章が刻まれている。こういう代物を持っているのは、騎士と相場が決まっていた。

「貴族の方のご招待か。……本当に無事に帰れるのかね」

 余裕のある振りをしながらも、心中は見た目ほど余裕は無かった。初めて訪れた王都に知り合いはいない。そんな場所で、いきなり騎士に取り囲まれてどこかへ連れて行かれているのだ。

 思わず握りしめそうになった手。それを思いとどまり、目の前に座る男に余裕ぶった顔で笑みを見せながら、私はそっと息を吐いたのだった。



 通された部屋は金はかかっているがゴテゴテとした装飾のない、特に美術品と縁のない生活を送ってきた自分にも品が良いのだろうと想像できる品が、そっと飾られた部屋だった。

 金ぴかの貴族趣味なら吐き気の一つも催したかも知れないが、こうもさりげない品の良さを示されては愚痴をこぼすこともできない。

 柔らかすぎて落ち着かないソファに腰掛けたまま、ドアの横に立っている男に目をやる。部屋に通された後は、ずっとそこに立っているのだ。まあ、恐らくは室内の美術品をちょろまかしたりしないように、見張りとして立っているのだろうが。

 約束通り、剣は取り上げられていない。だが、ドアの横に立つ二人の他に、十数人の護衛がいる所を見れば、状況はあまり良いものではない。

 しかし、人を問答無用で運び込んでおいて、そこからまったく呼び出したであろう張本人が姿を見せないのは、どういう事なのか。

「――おい。そろそろ帰っても良いか?」

 無言でじろりと睨み付けられた。

 しかしである。

「こんな祭りの日じゃあ、宿だってすぐに埋まっちまうんだよ。こっちに住んでるあんたは関係ないだろうが、私には大問題だ」

 男は無表情のまま。

「大体だな。人を呼び出しておいて、そっからこの部屋に放り込まれたまま、茶の一杯も出さずに放置ときた。あんたの主がどんなやんごとないお方かは知らんがね、こっちにも都合ってもんがあるんだよ。それともなにか。平民は貴族にそこで座っていろと命じられたら、雨が降ろうが槍が降ろうが座ってなくてはならん、とかいう口か? あんたらは」

「黙っていろ」

「なんだ、喋れるんじゃないか。じゃあ、教えてくれよ。私はいつまでここに居なくちゃならんのだ? こっちにも都合ってもんがあるんでね」

「黙っていろと言ったはずだ!」

 怒鳴りつける男を睨み返し、私はさらに言い返そうと口を開く。

 そこで扉が開いた。

「すまないね、お待たせしたようだ」

 同じように怒鳴ろうとしていた男も口を噤む。部屋に入ってきたのは、若いが切れ者めいた顔立ちをした男だった。

「おや、ようやくお出ましか」

「お呼び立てしてお待たせした事はお詫びしよう。宿が心配ならば、今夜はこの屋敷に泊まるといい」

「どっから聞いてたんだ? 性悪な男だな」

 明らかに、部屋に入ってくる前に室内を窺っていたと思わせる台詞に、顔を顰めた。

「いや、申し訳ない。なにやら言い争っているのが聞こえたものだからね」

 だって怖いじゃないか? などと嘯く男を一瞥し、ソファに座り直す。

「――で? 私を呼び出した理由をお聞きしても? あとお名前も伺いたい」

「そうだね。私はリヒャルト=クルーデンス。この国の宰相補佐をしている」

 男は微笑みを浮かべて答える。

「宰相補佐?」

「王太子殿下のご学友という奴でね。殿下の即位前に宰相補佐に任命された。まあ、後々の腹心候補という奴だね」

 王太子、という単語に身体がこわばった。だがそれを隠し、ニヤリと笑ってみせる。

「へえ。それで宰相補佐閣下が、一体なんのご用で? 私は初対面だったと思いますが」

「ああ。そうだね。私は君のことを知らない。できれば、名前を教えて欲しいのだが?」

 リヒャルトという男の視線を真正面から受ける。それはこちらの内心を読み取ろうとするように、思慮深げなものだ。

 だから、答えようと思った。

「……リリシア。リリシア=フェンブルック」

「リリ……シア?」

 リヒャルトが表現のしにくい表情をしたのに気付き、私は苦笑する。

「似合わないかい。これでも両親が娘の幸せを祈って付けてくれた名前なんだがね」

「――女性、なのですか」

 リヒャルトの言葉に、今度こそ本気で苦笑が浮かんだ。

 長旅で埃や泥で汚れた顔は、女には見えなかったのだろうか。旅をするために身体の線を隠すような服を着て、男装とも言える格好をしていたのは確かなのだが。

「ああ。これでも一応、女をやってる。それで? 宰相補佐閣下。あんたが私を呼んだ理由を、いい加減聞かせてやくれないか」

 そう問いながら、私はただ恐れていた。

 王に近しい立場の彼が、初対面の自分をなぜ呼び寄せたのか。その理由の想像ができるだけに、それはより強い恐れとなっていたのだった。




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