真理子という女性
「おかぁ、いつ帰ってくるの?」
「うーん、お腹切ったからもうちょっとね」
一方、真理子さんはというと、纏わりついてきた男の子にちょっと寂しそうにそう答えた。そっか、おかぁって呼ばれてるのか、真理子さん。
「早く帰ってきてよぉ、初羽怖いよぉ」
「それは翔真がバカばっかやってっからだろ」
真理子さんに泣きつく男の子――翔真くんの頭を荒っぽく撫でながら智道さんは笑った。
「お母さんがいないと寂しいよね、翔真くん。」
私は翔真くんに向ってそう言った。
「あれ、翔真寂しい?あ、樹里さんって言ったっけか、紹介するね。この子は3男の翔真。そんでこの子が次女の華野。はい、はーちゃん、ご挨拶は?」
真理子さんにそう言われて華野ちゃんっていう女の子はぜんまい仕掛けみたいなお辞儀をした。かっわいい~!私ももうすぐ、こんなかわいい子供が生まれるのかなぁ、何かワクワクしてきた。
でも、そんな華野ちゃんの仕草に連られて笑顔になった後、私はハタとあることに気付いた。
翔真くん、3男って言ったよねぇ、んで、華野ちゃんは次女って。ってことは…
「ウソ……真理子さんって5人の子持ち!?」
驚いて叫んじゃった私に、真理子さんはゆっくり頷いた。そして、
「うん、そうだよ。子供は5人。でも、正確に言うと、一昨日までは6人目がお腹にいたよ。」
って何でもないようにさらっとそう言った。
「子宮外妊娠でね、その子産んであげられなかったの」
続けて真理子さんは、遠い目をしてそう言った。涙は出てなかったけど、心は泣いてるのがよく解かった。
「上に5人もいるんだから、これ以上大変にならなくて良かったんじゃない? っていう人もいるんだよね。でもさ、私のお腹に来てくれたその子は……その子しかいないんだよね」
そう言うと、もう誰もいなくなった自分のお腹を一撫でした。それを見た智道さんが、真理子さんが何故子供を産むことに拘るのかを説明し始めた。
「こいつの17歳の時にね、こいつの兄貴がガンで22歳の若さで死んだんですよ。
ホント、あっと言う間だったな……で、こいつね、葬式の後いきなり俺に迫ったんです。『私、子供が欲しい』って。
正確に言うと、『私、お兄ちゃんをもう一度産みたい』だったんですけど……
俺、一旦は引いちゃったんですけど、こいつの気持ちはすごく伝わってきたし、俺もこいつの事が好きだったから、迫られると断りきれなくてね、そのまま……ははは、出来ちゃいました」
智道さんはそう言って照れながら笑った。
「けどね、まだその時こいつ高校生ですよ。こいつの親に怒鳴られるやら殴られるやら……それでも、産むことも許してくれて、こいつと一緒にもしてくれました。
けど、生まれてきたのは初羽っていう名前なんですけど、女の子だったんです」
「それは残念でしたね」
生まれてきたのが女の子だったと聞いて、大和くんがそう相槌を打った。
初羽ちゃんって、一番上の娘さんだったのか……きっと、入院したお母さんの代わりを頑張ってやってるんだろうな。だから、翔真くんが怖がるくらいにガミガミ言っちゃうのかもしれない。
でも、智道さんは、大和くんの相槌にかぶりを振ってこう言ったのだ。
「いいえ、女の子で本当に良かったと思っていますよ。なまじ男なんか生まれていたら、俺たちきっと、初羽を裕也さん――こいつの兄貴の名前なんすけど――の生まれ変わりとしてしか見られなかったかもしれないです。
でも、そうじゃないでしょ? 裕也さんは裕也さんだし、初羽は初羽です」
智道さんのその言葉に、真理子さんも横で深く頷いた。
「けどさぁ、初羽が生まれた途端、お兄ちゃんが死んで暗くなってたウチの中が一遍に明るくなったんだ。もう、魔法みたいにさ。ああ、赤ちゃんっていいなぁ、偉大だなぁって思ったら、私子供がいっぱい欲しくなっちゃったの。で、14年で6人って訳」
14年で6人。その6という数字に、生まれてこられなかっ命もカウントしている真理子さんの母心を感じた。
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「今度の出産はお姉ちゃんとこで産めると思って、楽しみにしてたんだけどなぁ……」
そして、真理子さんは悔しそうにそう言った。
「お姉ちゃん?」
「あ、ゴメン。お姉ちゃんって、お兄ちゃんの婚約者だった人。看護師で、今は別の人と結婚して子供もいるの。でも、今でもホントの姉妹みたいに付き合ってるし。
そのお姉ちゃんが私を見ててね、命が生まれる手伝いをしたくなったって言い出してさ、助産師の資格を取って、最近助産院を始めたの。
だから、今度はお姉ちゃんに取り上げてもらえるって思ってたから、余計ショック……」
「そうなの? なら、そのお姉さん、私に紹介してくれない?」
それを聞いて私は思わずそう言っていた。見ず知らずの大和くんの事を顔を真っ赤にして怒ってくれた真理子さん。そのお兄さんが愛した人なら、安心して子供を任せられそうな気がする。
「えっ、ホントに? 喜んで紹介するよ!」
真理子さんはそれに対して嬉しそうにそう答えた。