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Short Short Circuit

蜘蛛の糸

作者: 境康隆

 地獄に風が吹いた。もう何万回目か分からない風だ。

 そして地獄に風が吹く度に、彼は復活する。

 現世での悪行が、彼を逃げ場のない地獄の責め苦に陥れた。彼は風が吹く度に復活し、鬼に金棒をふるわれる度に、また死んでいく。

 血飛沫を振り撒き、骨を撒き散らし、臓腑をぶちまけて、彼は肉片と化して地獄の赤土に転がる。そして風が吹く度に生き返る。

 延々とこの繰返しだ。

 彼は天を見上げる。いつかこの文字通りの地獄から抜け出し、天に上がることを夢見る。

 天を見上げる彼の頭上に、鬼は金棒を叩きつけた。

 彼はまた肉片になり、そしてまた復活した。



 幾度同じことを繰り返したかは分からない。

 だが何度も同じことを続けていると、それなりの知恵がつくようだ。

 ある日彼は、鬼がなかなか囚人の姿を見つけられない岩陰に隠れた。束の間の平穏を彼は味わう。そしてそんな彼の目の前に、一筋の糸が垂れてきた。

 聞いたことがある。蜘蛛の糸の話だ。

 蜘蛛を助けた前世での善行のおかげで、上へ行く為の糸がもたらされる話だ。

 蜘蛛など助けただろうか? 彼はそう思う。

 だがこれはまさしく、この地獄で唯一もたらされた一筋の希望だ。すがらずにいられようか。掴まずにいられようか。

 彼はぐっと蜘蛛の糸を掴んだ。



 彼は蜘蛛の糸を昇らなかった。代わりに他の地獄の囚人に声をかける。彼は一人ひとりに声をかけ、やはり一人ずつ蜘蛛の糸を昇らせた。

 そう、蜘蛛の糸は一人だけ助かろうとすると切れてしまう。そんなお話だったはずだ。彼はそれを思い出した。彼は囚人を説得し、鬼の目のない内に、一人ずつ上へと送り出した。

 鬼は気がつかない。

 彼の意図は的中し、蜘蛛の糸は切れずに囚人を上へと送る。

 これがこの蜘蛛の意図だ。糸が垂れてきた意図だ。と、彼は内心己の善行に酔いしれた。

 囚人の何人かは訊く。

 何故彼が先にいかないのかと。一人づつ上がるにしても、彼の優先順位はずっと上の方ではないかと。何故そんなにも、他の人間の為に自分を犠牲にできるのかと。

 囚人たちは戸惑いに目を泳がせる。

 地獄に上も下もあるものかと、その様子に彼は笑う。

 実のところ、まずは他人で試したかっただけだとも、彼は今となっては正直に話す。

 蜘蛛の糸はやはり切れずに、囚人を次々と上へと送り続けた。



 やがて彼の番がきた。気がつけばこの辺りの囚人は誰も皆いなくなっていた。皆が彼に導かれ、蜘蛛の糸で上へと昇っていった。

 だが鬼が彼の背後に近づいてくる。

 彼は鬼の迫りくる気配を背中で感じつつ、上空を見上げた。

 最後の一人がまだ昇り切っていない。二人で掴まり、上の囚人が恐怖に負けてこの蜘蛛の糸を独り占めしようとしたら切れしまうだろう。

 そう考えると、彼はその後を追うことができなかった。

 彼の背中に鬼が立った。

 最後の囚人が見えなくなる。鬼はぬっと手を伸ばし、彼の頭上で蜘蛛の糸を力ずくで引っ張った。

 蜘蛛の糸は簡単に切れてしまった。

 だが最後の囚人は落ちてこない。間に合ったようだ。

 しかし彼は一人取り残された。他の囚人を助け、助けたはずの彼だけが取り残された。

 彼はそれでも晴れ晴れとした気持ちでいた。

 だが鬼は言う。

 この上も地獄だと。

 罪を償わずに地獄の責め苦から逃げようとする囚人。それを次の地獄へと送るのが、この蜘蛛の意図だと鬼は言う。

 彼は呆然と天を見上げる。

 彼は上にいけると思った天を見上げる。

 地獄に上も下もあるものかと、その様子に鬼は笑う。

 そして鬼は金棒をふるう。

 天を見上げる彼の頭上に、鬼は金棒を叩きつけた。

 彼はまた肉片になり、血溜りになり、もちろんまた何度も何度も復活し、やはり何度も何度も死んでいった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い発想ですね。このような「蜘蛛の糸」のお話もよいと思います。 [気になる点] 主人公が原作を知っているが故に、皆を助けた感が否めません…。 [一言] はじめまして。 今後の新作も楽…
[一言] 鬼に殺意がわきました。
[一言]  失礼しますm(__)m  この作品に楽しませてもらいました。  面白い発想だと思いました。  これからも執筆活動頑張ってください(^O^)
感想一覧
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