第1話 前編
「…ここはどこなんだ?」
ぼんやりした意識に太陽がまぶしい。そよ風と一緒に木々のざわめく音が聞こえてくる。穏やかな空間であることには間違いない。しかし、今いる場所どこで何が目的でこんなところで倒れていたのか、自分は誰かすら思い出せないのだ。意識は少しずつ鮮明になり、それと同時に心臓の鼓動が早くなる。
「落ち着け…落ち着け俺…。まずはゆっくり深呼吸して……」
「って、落ち着けてたまるか?!こんな状態で行方不明になっちゃ死んじまうぞ…」
焦りのあまり思考が直接口からこぼれ出る。とりあえず起き上がり、口にしたとおりゆっくりと深呼吸してみる。…が、当然のように何も思い出せないし、死ぬことすら脳裏をよぎり心臓は余計に早く拍を刻みはじめた。
どこからか女性の優しい声が聞こえてくる
「…か…すか…聞こえますか……」
――どうやら声の主は自分に話しかけているようだ。
「…聞こえる!聞こえるぞ!」
――届くかわからないが恐る恐る声に出してみた。
「よかった…聞こえていたのですね。儀の最中に突然消えてしまったので、間違えた手順を取ってしまったのかと…。」
また聞こえた。優しい声は心配した様子で返事をくれたが、話の内容がまるで理解できない。やはり記憶がごっそりと欠如してしまっていることは間違いないようだ。
「あんた俺のこと知ってるのか?!ここはどこで俺は誰なんだ!儀ってのはなんのことなんだ?!」
「もしかしてあなた…記憶がなくなって…?」
「なんということなのでしょう…この不始末をどうお詫びすればいいか…。」
こちらの様子を理解したようだ。女性もかなり焦っている様子で動揺が伺える。
「待てよ!俺についてなんか知ってるのはわかったから、少し落ち着いてくれ!あんたまで焦っちゃ収拾がつかなくなっちまう!」
一拍おいて会話が再開した。
「お見苦しいところをお見せしました…。しかし、あなたの状況についてどこから話せばいいか…」
「とりあえず簡潔に全部教えてくれ!」
お互いに少しは落ち着けたようだ。先ほどより落ち着いて受け答えができている。
「わかりました…。この場所、この世界についてとあなたの身に起こったことまですべてお話します。」「この世界は"マグス"と呼ばれる世界。あなたが生きていた世界とは異なる場所です…。」
「そしてあなたは大女神”ギア”様の手によりこの世界に呼ばれ、ある使命を与えられるはずでした…。しかし、あなたを呼ぶ儀式の最中に何者かの手によって、ギア様たちが殺されてしまい、不完全なまま現れてしまった…というのが今まであなたの身に起こったことです」
なんともスケールのデカい話だ。簡潔に説明してもらった手前だが、まるで信じられない。
「なるほど…。だいたいはわかった!それで俺は何をすればいいんだ!大女神様がわざわざこの地に呼んだってことは何か重大な目的とかがあるんじゃないか?」
「まぁ!お話が早くて助かります!申し遅れました、私は女神"パトラ”。ギア様に使える女神が一柱。儀式の続き…といってもこの地に降り立った以上は形式的なものになってしまいますが、ギア様の名の元に執り行います。」
「おう!ドンと来い!」
言い切った以上逃げるわけにはいけない、と自分を奮い立たせる。
「大女神ギアの名の元に祝福を与えます。汝、マグスにて新たな命を受けこの世界に光を与えたまえ!」
「そして、祝福を受けし……え~と、お名前はどうしましょうか…?」
「名前……じゃあ、"ソラ"だ。俺の名前はソラってことにしてくれ!」
「こほん……祝福を受けし勇者・ソラよ!そなたに魔導像と導きの紋章を授けます!」
その言葉と共に周囲がきらめき、その眩しさに目をつむる。
光がおさまるとそこには、小さな石像と右手に刻印された紋章がぼんやり見えた。これが魔導像と導きの紋章とやらなのだろう。
「おーい!具体的な説明はないのか~?!」
紋章をさすりながらパトラを呼んでみるも聞こえてくるのは木々のざわめきだけだ。刹那、周囲の茂みからもガサガサと音が鳴り響く。
「なんだ?!」
茂みの鳴る音が止み、現れたのは明らかに人間とも動物とも違う見た目の何かの群れだった。肌が全部緑色で体形も明らかに人間のそれではない。——ヤバい。本能がそう告げている。どこをどう見ても自分の話す言葉が伝わる様相ではないどころか身ぐるみ剥がれて丸焼きにでもされてしまいそうだ。
「なんだお前ら……やろうってのかよ……!」
女神からもらった像を見せつけながら牽制するも退散する気配はない。その間にも何やら呟きながらじりじりと距離を詰めてくる。ピンチの状況に追い詰められてなお聞き耳を立て続けてみると、
「……イマ、タスケル……」
「はぁ~?」
なんとこの生物たちは自分を助けてくれるというのだ。聞こえる声のトーンから察しても嘘を言っている様子ではないので、この謎生物の案内を受けてみることにした。
その先にあったのは村と形容するには規模の小さい集落だった。彼らの住処らしく、その一番奥であろう場所に位置する大きなテントに連れられた。中には彼らのような緑肌の生物が重々しい雰囲気の中でたたずんでいた。
「おぉ……ようこそ、まずは座って茶でもいかがですじゃ……。」
「儂の名はジャルヤ、この森に棲むあらゆる種族の代表としてここに住んでおりますじゃ…。」
そう語る老人は、謎生物と比べてかなり人間に近い見た目をしている。
「儂らは普段から森に息づくすべてを見守っているのじゃ……お主は見たところ迷子のようじゃが……」
「迷子っていうか…記憶がないんだよ。目が覚めたらここにぶっ倒れてて、パトラとかって女神に変な像と刺青もらって張り切ってたらあいつらに助けられて今に至るって感じだ。」
「まさかとは思いますが……。」
ジャルヤの顔色が変わる。俺の身に起こったことになにか思い当たる節があるようだ。
「…間違いない。その右手の紋章は間違いなく、勇者の紋章じゃ……。とするとお主が……。」
そう言い終わらないうちにテントの扉が勢いよく開いた。
「ジャルヤサマ…!マイゴ、ツレテキタ……!」
「デモ、コイツ……!」
さっきの連中が大慌てで誰か連れてきたようだが、何やら様子がおかしい。
全身が血みどろで今にも死んでしまいそうだが、かろうじて息があるらしくこちらに話しかけてきた。
「薬を…薬を取ってくれ…。早く飲まないと……ヤバいことになる……。」
「薬…それどこだ!?探すから教えてくれ!」
「腰の…袋に入ってる……青いやつだ……。」
指示通りに腰につけている袋からそれっぽい筒を取り出し、大急ぎで見せる。
「見つけたか……そいつを飲ませてくれ……。手に渡してくれ……握るくらいの体力は残ってる……。」
「はぁ?わ、わかったけど本当にそれでいいのか?」
「いいから……黙ってよこせ…!」
態度は悪いが、今にも死にそうなこいつを放っておくわけにもいかないので手に持たせた。その瞬間、筒を握りこんだかと思うと次の瞬間には中身がすっからかんになっていた。
「…ふぅ、生き返った。ありがとうな、そこのにいちゃん。」
「元気になってなによりじゃ…。ところで一つ聞きたいのじゃが…。おぬし、シオスの人間か…?」
「……そんな組織に所属している覚えはない。ジジィの見当違いだ。」
今の一瞬でジャルヤはなにか察したようだ。嫌に殺気立ったテントの中で、俺はただ立ち尽くすしかなかった。——しかし、永遠にも思えたマントの男とのにらみ合いは地鳴りのような轟音でその均衡を崩すことになった。
次回に続く…。




