花十夜──君と花火をする理由
お読みくださりありがとうございます。
前田奈穗と申します。
名もなき男女の、静かな日常小品です。
お楽しみいただけますと幸いです。
「一緒に花火しませんか!」
「……花火?」
彼女の家で過ごす、とある夏の終わり。
ずいと差し出されたのは、男がもう何年も、目にすることすらなかった手持ち花火だった。
「はい! 夏の終わりといえば、花火でしょ?」
彼女は嬉しそうに声を弾ませている。
お互いもう成人している。
──いい大人が二人でするものではないだろう。
だが、彼女があまりにうきうきした表情でロウソクやらバケツやらを見せびらかすし、花火ももう大量に買って準備してあるようなので、さすがに袖にするのも気が引けた。
正直それほど食指は伸びないが、彼女がそんなにやりたいなら、そばで見ているくらいはいいか。
「夜になったらな」
彼女はその言葉に、目をキラキラ輝かせた。
「やったあ! 線香花火対決しましょうね! 私、結構強いですから!」
……強い弱いなどあるんだろうか。男には、それすらよくわからなかった。花火なんて子どものときに数回やったくらいで、学生時代にもした記憶はない。
普段から、彼女はいろんな遊びを知っている。
トランプ、ボードゲームに始まり、なんだかよくわからない手遊びを吹っかけられることもあるし、階段で突然グリコが始まることもある。
男は時折、自分はなぜこんなことをしているんだと我に返りながらも、彼女の遊びの引き出しの多さには感心していた。
それにいざやってみると、楽しそうな彼女を見るのは案外楽しかったりする。
何にでも興味を持つが故に、人に自然と楽しみを与えられる彼女は、素直に尊敬している。
その夜。
「見てください! これきれい!」
ぱちぱち弾ける火花に楽しそうにはしゃぐ彼女を、男はベンチに座ってぼんやり眺めていた。
自然と頬が緩む。
──確かに、綺麗かもしれない。
「あっ、そうだ!」
彼女は不意に声を上げた。
「今からなんて書いてるか当ててください!」
言うやいなや彼女はむこうを向いて、大きく手を動かし始める。その手を追うように、夜空に光の残像が残った。
“ × × ”
鮮明に浮かぶその文字は、彼女の名前だった。
男が読み上げれば、彼女がぱっと振り返る。
……当たりです。
なんだかすごく嬉しそう。そういえば、名前で呼ぶのは初めてだった。
「×××さんは? 花火、やらないんですか?」
「俺はいい」
「えぇ~やりましょうよ。ほら! これ!」
ご丁寧に火までつけて差し出されたそれを、男は言われるがまま受け取った。
「私は、次はこれ!」
彼女が「火、ください」と男の隣に座る。彼女と肩が触れた。そんなに寄ってくる必要もないのに。花火に夢中な彼女は、気づいていないようだった。
じきに音を立てて、彼女の花火に火がついた。すごい勢いで火花を飛ばし始めたそれに驚いた声を上げながら、彼女はベンチから立ち上がる。触れていた肩が離れた。
「やっぱりいいですよね、花火」
彼女は自分の持つそれをふらふら動かして、散っていく光をぼうっと見つめている。夜の中に照らされた横顔があどけない。
綺麗だと、また思った。
男の口元が思わず緩んだのを見て、彼女が嬉しそうに笑う。
「×××さんと、二人で出来てよかったです」
……そうだろうか。相手が自分じゃないほうが盛り上がったと思うけど。
それでも男も、この時間があってよかったと思っていた。
そう時間が経たないうちに、残っているのは線香花火だけになった。バケツに溜まった花火の残骸と、煙の匂い。花火なんて興味もなかったはずなのに、いざあと二本で終わってしまうと思うと、寂しいような気もした。
「これで最後ですね」
勝負です、と彼女は意気込んで、両手に一本ずつ持った線香花火を差し出す。
「選んでください」
彼女の顔は至極真剣だった。正直、どっちでもいい。
ただ、ふとロウソクの火に揺られて、彼女の左手のネイルが照ったから。
男はなんとなく左手を選んだ。
貴方もこっち、と促されてロウソクの前にしゃがみ込む。
「せーのでつけますよ」
そう、近づいてきた彼女と、また少し肩が触れた。
「せーのっ」
ほとんど同時に火がついた。心もとない光の玉が灯って、そこからぱちぱちと小さな稲妻が弾ける。
彼女が隣で、固唾を呑んで見守っている。
こんな些細な事にあまりに真剣な様が彼女らしくて、男は小さく笑ってしまった。
「えっ、なんですか?」
ぽとっ
「あ……」
ぱっと顔を上げた反動で、彼女の線香花火が落ちた。
「負けちゃった」
呆気なさに拍子抜けしたような、それでも意外と勝負には拘っていないような、よくわからない声。
「強いですね」
すぐに、彼女は男の線香花火に魅入った。
──君が弱いか、運が良かっただけだよ。
彼女が息を殺してすごく興味津々に見つめるから、そう、口に出すのはやめた。
「花火、そんなに好きか」
「だって、きれいでしょ?」
「……まあな」
肯定しながらその実、男が花火を綺麗だと思ったのはその日が初めてだった。
いつもより抑えられた彼女の声は新鮮で、男の耳を心地よく撫でていく。
「そんなに好きなら、夏のうちにもっとやらなくてよかったのか」
こんなに楽しそうにしてくれるなら、男だってあと何度かは付き合った。
「え?」
隣でくすりと彼女が笑った。
相変わらず潜められたその声は、幼いのにどこか、妖艶で──。
「いいんですよ、だって……」
本当は、花火じゃなくてもよかったんです。
暗がりの中、目が合った。
×××さんと何かできれば、それで。
ぽとっ
男の線香花火が落ちた。
お読みくださりありがとうございました。
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※作者は現在、青春長編を連載中です。
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また次回もお目にかかれますように。




