ポテトチップスの袋の中で文字を書く姉
「中学生の頃にさ、漫画のシチュに憧れてね、ポテトチップスの袋の中で文字を書く練習をしていたんだよ」
姉は自慢にならない話を、自慢気に語ることを日課にしている。
特に妹である私の前では、鼻をこれでもかと高く長くして語り出すので、すぐさまその鼻をへし折りたくなる。
まあ、英語を教わる為に姉を自室に招いているので、今回折るのは見送ってあげよう。
そして英語を教えもせず30分が経過している訳なんだけど。
まさか中学に上がったばかりの私より、高校卒業間際の姉の方が英語に疎いなんてないでしょうね。
対面の座布団に座っている姉は、勉強は続けず話は続ける。
「それはもうね、超大真面目よ。ウチ以外の人物が部屋に入って来ないかと耳を澄ましつつ、ポテチと内密に事を進めていたの。これで監視の目からバレることは無い」
と実際にポテチ袋に片手を突っ込んで見せた姉は、口に運んでパリポリする。
勉強机にポテチの欠片がポテと落ちた。
「で、ポテチに隠し入れてたスマホでYouTubeサーフィンしてたところ、サバイバルオーディション番組のライブがやってたのを目にしたのね」
油で光る親指と人差し指を、ティッシュで拭き取った姉は、ここが山場とでも言うように目を輝かせる。
対極的。
ポテチにスマホを入れていた事実を知った私は、目の闇が深まる一方だ。
普通に汚いよポテチスマホ。
結局、勉強してるフリして動画見てただけじゃん。
「アイドルデビューが掛かっているイケメンたちがね、互いにぶつかり合って、汗と涙を流し、そして過去に浸る訳。厳しいダンスレッスン、食事制限、語学講義エクセトラ……それでも届かないものなのかと」
あからさまに、くぅッと悔しがる素振りを見せた姉は、しかしポテチを食べる手は止まらない。
また汚れた指をティッシュで拭く永久機関の完成だ。
「私は思ったね。あぁ、私がこうしてポテチの袋の中で文字を書いている間に、同い年である彼らは夢を追い求めてダンスをし、歌って、ランニングして、努力を重ねているんだって。私はなんて怠惰な人間だろうって……そして私は決意したの」
少しの沈黙を挟み、緊張感を演出する姉に、私は特に唾を飲み込むことも無く聞いた。
「怠惰を極めよう……と!」
「なんでだよ!?」
正直分かっていた。
分かっていたとも。
スプーン曲げに執念を燃やしたり、床に両手をついて錬金術の真似事をしたり、ゲーム世界に転移することを夢見て枕の下に推しのゲームキャラの絵を敷いて毎日スヤスヤ幸せそうにヨダレ垂らして寝ている姉が……真っ当に努力するなんて、絶対有り得ないことを。
私は姉が気に食わない。
何が気に食わないかって、ルックスや知能、運動神経に芸術センスまで備わっていたはずの才能を、娯楽にステータスを全振りしていることだ。
さらに言えば、ルックスだけ奇跡的に機能しているのもまた気に食わない。
もう気が絶食レベル。
なぜ風呂上がりでろくに乾かさず放置した生乾きの長い髪が、テレビのCMの如く黒く光沢を放ち艶めいているのか。
この女は努力値0で男を惚れさせては、告白される前に内面にガッカリされ、セルフで振られ続ける罪な人間なのだ。
そんな黒髪を手で靡かせた罪人は、怠惰発言に思わずツッコミをしてしまった私に答える。
「理由は明白だよ。ストイックな人とウチは天地程の差があるからに決まってるじゃん」
「確かに天地程の差があるよ! もはや次元が違う! でも、尚更差があるのであれば、詰め寄るくらいの努力をする気が起きないのって聞いてるの」
恐らく無気力な性格を除いてアイドルにも向いているであろう姉は、はあ……と嘆息。
ヤレヤレだと言った具合にお手上げポーズを取る始末だ。
それ、寧ろ私がしたい仕草なんだけど。
「分かってないなー。天高く飛んで行ったら最後、イカロス同じく燃え落ちちゃうよ? 傲慢さは己を焦がしてしまうんだ」
「例え方きっっしょ!?」
姉は自慢にならない話を、自慢気に語ることを日課にしている。
それはつまり、この怠惰な姉と毎日こんなくだらない話に付き合わせらることを意味する。
それってほんとにめんどくさい。
ため息が止まらない。
……でも不思議と意心地が良いという気持ちだけは、納得いかないものの事実な訳で──




