1 暮らしの始まり
その人は、反省と懺悔をしているようでした。
その人=A65さんは、名前をサトシさんというようです。
わたしを引き取って新しい飼い主になってくれた野中仁美さんがそう呼んでいましたから。
サトシさんはゴミを拾って歩きます。
なぜそうするのかは分かりませんが、わたしと一緒にフードバンクのお手伝いをする行き帰りの道で丁寧にゴミを拾って歩いています。
いつも哀しげな目をしています。
わたしがフードバンクのお手伝いをするのは、わたしがそうしたいからなのですが、彼の場合はそれが懺悔であるようにわたしには見えました。
だから、彼がゴミを拾うのも懺悔のひとつなのかもしれません。
どうしてそれが「懺悔」になるのか、わたしにはわかりませんが、サトシさんの哀しげな目の中に祈りに似た色を見たからわたしが勝手にそう思っただけです。
わたしは‥‥。とわたしは思います。
わたしは、反省や懺悔をしているでしょうか?
愛や栞ちゃんを殺したことを。栞ちゃんのお父さんを殺してしまったことを。健次さんを殺したことを‥‥。
よくわかりません。
反省って何をすればいいのでしょうか?
裁判長も言っていましたよね。「反省の色が見えない」って。
そうですよね。
わたし、反省なんてどうやってしたらいいのかわかりませんもの。
ただ、栞ちゃんとお父さんには悪いことをしたな——とは思います。
死んでまで愛と仲良くしてもらわなくてもよかったと思いますし、それはきっとわたしのわがままですから。
仁美さんの家の「檻の部屋」にはサトシさんとわたしの檻がそれぞれ1つづつ、部屋の隅に離して置かれています。
仁美さんが仕事に出かけるときには、わたしたちはそれぞれ割り当てられた檻に入って大人しく仁美さんの帰りを待っています。
2つの檻には錠がかけられ、その二つの鍵を仁美さんはサトシさんに預けてゆきます。
仁美さんが留守の時に火事などになったら逃げられないからだそうです。
わたしは別にいいのに——と思うのですが、サトシさんは2つの鍵を渡されるとまるでリュウジのような目でわたしを見て、それからその鍵を2つともそっと檻の中に敷かれた布団の下にしまいます。
リュウジの骨は西田さんという警察官の人が小さな瓶に入れてわたしに渡してくれました。
コルクの栓がしてある親指くらいの小さなガラス瓶です。
そんな優しい警察官にわたしは初めて会いました。
不思議でした。
逮捕されてからずっと、警察官というものはわたしを冷たくあしらい、わたしを責めるだけの人たちでしたから。
なぜ、西田さんはわたしにリュウジの骨をくれたのでしょう。
わたしはそれをずっと手に持っていました。
河原で杉山さんという人がわたしを見つけて食べ物をくれた時も、わたしはそれを手放すことなく片手だけでパンを食べたものです。
そのあと杉山さんから仁美さんにわたしが譲り渡されたとき、ずっと手に握っていたそれに仁美さんが綺麗な紐を付けてくれました。
わたしはそれを今は首にかけています。
瓶がちょうど胸のあたりにきます。
そうしているとなんだか今もリュウジがわたしの胸に頭をあずけて甘えているような気がします。
あの子は最後まで「強い男」であり続けようとしました。
強い男としてわたしを守ろうとしました。
でも、わたしの胸で眠っているときだけは、小さな子どものようでした。
あの子はたぶん愛されたことがなかったのでしょう。
怖れられ、期待もされていましたが、愛されたことはなかったのだろうと思います。
わたしにはそのように見えました。
だからきっと、わたしのような女のわずかな愛を必要とし、それを守ろうと死ぬまで戦ったのだろうと、今はそんなふうに思います。
リュウジはわたしで性的に満足すると、そのあとわたしの胸に頭をあずけて赤ちゃんみたいに丸まって眠りました。
そんなとき、わたしは愛が小さなころ同じようにしておっぱいにくっついて眠っていたのを思い出しました。
愛は‥‥死なせない方がよかったのでしょうか?
生きていたら、何かの幸せに‥‥わたしではない誰かに与えられる幸せに出会えたのでしょうか?
そういえば、あのサチコは逃げおおせたのでしょうか?
どこかで幸せに出会うことができたでしょうか?
わたしは結局わたしの命を捧げていません。
だから、神様は言うことを聞いてくださらなかったかもしれません。
今からでも間に合いますか?
わたしが命を捧げたら、あのサチコを幸せにしてくださいますか?
『アニマル』のサテライト作品です。
A61の目線で「その後」が語られるお話です。
例によって着地点の見えないまま書き出します。
A61=サチコはどこかにたどり着くことができるでしょうか。よければ一緒に歩んでやってください。




